八話 保護者兼、幼馴染
「もう噂も出回ってしまっているので華道書記と月乃会計も大枠は知っていると思いますが昨日から今日にかけて決まったことをお伝えしておきます」
今私、月乃玲明と華道のあは生徒会室で風夜先輩から事件後の簡単な説明を受けていた。
「とりあえず主犯の立花隼人の動機から。あの人は三年で美術クラブの会長――なのですが、何というか……ちょっと熱が入りすぎていて……」
言葉を濁らせた風夜先輩に続き一条先輩が説明を続ける。
「クソほどくだらねぇがクラブの予算を減らされた腹いせに困らせてやろうっつう動機らしいぜ」
何だそれは。くだらない、くだらないにも程がある。
「結局主犯は一ヶ月の謹慎処分。怪我の療養に努めるって意味でもちょうどいい期間だろ」
怪我させた張本人が何か言ってる。怖い、超怖い。
「あれ、主犯って……」
一人ならば「犯人」で良いはずだ。
その言い方だとまるでーー
「そうだよ。立花隼人は主犯だ。
――鍵場所の情報を流した共犯者がまだいる」
鋭い目をしてそう告げた一条先輩。風夜先輩や峰先輩につられて私たちも顔が強張る。
「……とは言ってもまだそれ以外は分かってねぇ。今後そこについての調査やら仕事も入るから覚悟しとくように」
話も一区切りをついたため私は仕事に戻った。そんな私の耳には聞こえないつぶやきがぽつりぽつり。
「美術クラブの予算と言えばれいが会計になって一番最初、あまりにも予算の無駄が多いのが美術クラブで怒りながら予算減らしてたねー」
「そんで忠告もしたのに美術クラブの一部がまた無駄に使い込むから最近になってさらに減らしたんだっけー」
「あいつ容赦ないとこはほんとに容赦ねぇよな……」
世界の全てをシャットアウトする風夜先輩と仕事に熱中する私は知る由もない会話であった。
* * *
私は風夜先輩達からクラブの予算調整のための聞き取り調査を任され、のあに先導されながらクラブ棟へと向かっている。歩きながらクラブ棟の説明をしてくれていたのあはふと問いかける。
「ねぇ、れい。この前も同じこと聞いたけど生徒会役員についてどう思ってる?」
大枠は前回と変わっていない。なんとも思っていない、という部分が大半だ。だけど……。
「まだなんとも。っていうのが本音ですけど生徒会室で一週間ほど仕事をしてみて、なんだかあそこの空気は私に馴染むような気がするんです。だからちょっと頑張ってみようかなーなぁんて」
まだ一週間しかいないのに馴染むというのもおかしな気がして、おどけたようにちょっとだけ口角を上げてへにゃっと笑った。
「――そう。辛かったら、やりたくなかったら、いつでも助けるから……。れいは、れいの思うように頑張ってみて。何か得られるものもあるはず」
のあも同じようにへにゃっと笑う。たまに出るよくわからないのあの笑顔だ。寂しそうでもあり、嬉しそうでもあり――不安そうでもある。
「ありがとうございます。頑張ってみますね」
これが今の私に言えた精一杯の答えだった。いつでも肯定して助けようとしてくれるのあがいるから頑張ってみようと思えた気もする。そんな思いも含めたありがとう、だ。
一歩目であるクラブの聞き取り調査も頑張ろうとクラブ棟を見上げた。
* * *
(頑張ってみる……か)
さっきのれいの言葉を反芻しながら自分の気持ちを確かめる。正直に言ってしまうとちょっと不安なのだ。れいが記憶を失った理由がわからない今、何がよくて何がよくないのか。また、故意の可能性も消えないことからこの行動によってさらに悪い事態が引き起こされたり――最悪死に至るなんてことがあったら。
悪い想像は考えれば考えるほど泉のように湧いてくる。そんな思考を振り払うように生徒会室への帰路を急ぐ。
――不本意ではあるがこの後、生徒会室にて行われる話し合いに参加しなくてはいけない。
ギィと生徒会室の扉を開けると机を囲むようにれいを除く生徒会役員が座っていた。
「案内お疲れ様でした。さて、華道書記も戻ってきたことですし一週間の選考結果についてを聞きましょう」
今から行われるのは何度目かになるれいに関する話し合いだった。れいについての選考を行うことに対するもやもやとした感情は拭えないがいざという時に先輩に対抗できるよう先輩側の考えをできるだけ知っておきたい。
「では峰副会長から聞きましょう」
皆の視線が峰先輩へと向けられる。いつもはお気楽な先輩だが洞察力や思考力は一般人の上をいく。
「うーん。僕はこのまま月乃くんに任せて大丈夫だと思うよ。仕事ぶりは変わらないし、とりあえず身辺を調べてみた感じだと怪しい影もない」
峰先輩はれいの再任に賛成なようだ。
「次に一条庶務、よろしくお願いします」
「あー……あいつでいんじゃね?なんやかんや言って仕事早いし機転も効く。逆に逃しちゃいけない人材だろ」
一条先輩も賛成らしい。みんなしてれいの有能さというか凄さを評価するのはいいのだがれいがいいように使われそうでちょっと怖い。
「で、保護者兼、幼馴染の華道は?」
次は僕に一条先輩が問いかける。あまつさえ保護者兼、幼馴染なんて言われ出す始末だ。
「……過保護なのは認めますが保護者って……。
――僕の最優先はれいの意思ですが、まぁそれを抜きにしてとりあえず適任かどうかという話をするなられい以上の適任はいないと思います」
なんやかんや言ってれいと仕事をするのは楽しいしそれだけでなく的確なアドバイスまでくれるから自分自身も成長できる。やっぱりれいと生徒会役員をできたら嬉しいな、というのが僕の本心である。
「私もみなさんと同じ意見です。――まぁ私の意見がなくとも賛成多数で可決ですが」
ちょっとだけ風夜先輩の顔が緩む。あまり表情の変化がなく、何を考えているかわかりずらいところもある先輩だが一緒に仕事をする生徒会役員ということもあって思うこともあるのだろうか。
「――では、この場を以て月乃会計を正式に再任命とします」
風夜先輩のその一言でみんなの肩の力が抜ける。堅かった場の空気も緩み、世間話を始め出す。
「にしても月乃くんの記憶喪失、一体何が原因なんだろうね。見てる感じ結構本当らしいし」
ほのぼのと峰先輩が呟く――が、それは単純にして一番大きな謎である。
「この前校医には診てもらったんでしょ?」
「はい。この前、学校指定の病院に行き、検査してもらいました」
「結果は?」
喉の奥で何かがつかえて変な間を開けたのち、僕は答える。
「……原因不明。脳に異常が起きているわけでもないのに記憶だけがない、らしいです……。そもそも状況もよくわかってないんです。深夜、れいが女子寮の前に倒れていたというだけで事故なのか事件なのかさえも」
どんなに難しい病気だろうとなんだろうと何かあった方が治療やらやり方があったのに、と思ってしまうほどには進展がなかった。暗闇の中を灯りも持たずにぐるぐる回っているような感覚で、気が狂いそうになる。
――でも、一番不安なのはれいだろう。なんで何もしてあげられないのだろうと自分の不甲斐なさを感じる。
「なぁ」
不意に一条先輩から声がかかる。さっきから何やら考え込んでいたようだがなにか決断をしたように力強く言葉が発せられた。
「魔術病院に行ってみないか?」
その場の空気が幾らか強張った――
一章ルトリア学園編、これにて終了です!
変なところで切ったのは本当申し訳ありません
今日の八時にまとめ編と登場人物紹介を挟んで明日から二章に入ります。
ぜひお楽しみに〜
ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。今後も頑張ります!