七話 誰より愛に狂った人形
競技場へ入場した私、月乃玲明や他の赤チーム、白チームはそれぞれ目の前に転がる小さな布の玉を肉食獣が獲物を狙うかのような鋭さで見遣る。
待ちに待った第三競技の種目は――玉入れだ。
始まりを告げる火薬の音が鳴り、皆一斉に駆け出す。
「はっ!!」
「入らないぃぃぃぃ!!」
「よっしゃ入った」
各々狙いを定めた玉を手当たり次第投げる。
私も私で玉を拾ってはカゴに向かって投げているがなかなか入らない。
「うわぁ……」
「何をどうやったらあんなんなるの……?」
白チームの面々が何故かこちらを見ている。
その視線に気づき、周りをぐるりと見渡すと二名、目にも止まらぬ速さでカゴに玉を投げ込む生徒がいる。
「白杜先輩……!?」
「あ、月乃ちゃん。赤チームだったのね」
涼しい顔して高速で玉を拾い、カゴに投げ込むその人は白杜留紀先輩。
……そういえばリレー対決、一番速かったのは白杜先輩だったか、と思いだした。
どれくらいのレベルの運動神経なのか、比較対象が少ないため判断はつかないが拾ってジャンプして投げて……という一連の動作を息切れなくやってのけるあたりかなり規格外な気がする。
対してもう一人は……
「……出るつもりなんてなかったのに。なんでお兄様は勝手に届出出すのかしら、そして何故それが受理されるのかしら」
鬱屈とした、気怠げな雰囲気を纏う金髪の美少女がペースはそこまで速くないながらも、物凄い正確さでカゴに玉を投げ入れている。
……なにやら「お兄様」とやらに勝手に出場届を出され、受理された模様。
受理した生徒会側からしたらなんかすみません、という感じである。強く生きて欲しい。にしても……
「どうやったらこんなに正確に入るんでしょう……」
「軌道」
私から溢れた言葉に重なる様にして単語が返ってくる。
「ある程度軌道を計算すれば入りやすいわ」
その声は、少し遠くで超正確に玉を投げ入れていた金髪の令嬢だった。
「あ、ありがとうございます!」
(失念していた。たしかに軌道を計算すれば入りやすいはず……!)
足下に落ちている赤い玉を拾うとカゴに入る軌道になる様に風向き、力加減、位置、角度を手早く調整する。
(……ここ!)
ころんとカゴに入った玉を横目に、カゴに入る軌道の感覚を掴んだ私は、玉を掻き集め、ぽんぽん投げる。
(留紀先輩ほど、早くとはいかずとも、金髪のご令嬢みたいに正確さでなら貢献できるかも)
決意を新たにして更に玉を投げ入れようとしたとき、辺りから向けられる視線に気づく。
(この視線は……)
その視線に、私は覚えがあった。
のあやミアに度々向けられる呆れじみた、信じられない何かを見るあの視線。
俗に言う「ドン引き」の視線。
『あ、あー……白チームの皆さん、及び一部を除く赤チームの皆さん、言いたいことはわかるんだけどそろそろ残り時間が三分を切りますよー』
実況の峰先輩による(今のを実況と呼ぶかはとりあえず置いておく)言葉のおかげでみんな元のように玉を投げ入れ始めた。
みんな峰先輩の言葉に「わかってくれるか!」とでもいうかのような反応を示していたが、何のことだったのだろう。
「軌道計算とはいかなくてもある程度予想つけるとやりやすいかも」
「あ、入ったわ」
「まだ入らないんだが……」
「……どんまい」
終盤になって感覚を掴んだ人も出てきた様で、楽しそうな声、まだ入らないと嘆く声など、様々な声が聞こえだした。疲れてきた人も多いのか、息切れの声もある。
でも、みんな浮かべる表情は満足そうで、楽しそうで。
この景色を白チーム側から、風夜先輩も見れているといいな、と思った。
* * *
『只今の結果をお知らせします。赤チーム、総数一〇六個、白チーム総数七十二個。よって第三競技、玉入れは赤チームの勝利です』
第三競技の終了を告げる、峰副会長の声を聞きながら私、風夜凛は周りを見渡す。
少し遠くの赤チームからは歓喜の声と、笑顔の人々が。
こちらの白チームは負けてしまったとあって、多少残念そうな顔をしていたが、皆満足そうな顔で、晴れ晴れとしていた。
「次だ次!」
「次の最終競技で巻き戻しましょう!」
白チームの面々は第二競技の時の赤チームみたく、次で逆転しようと目論み、瞳の奥がメラメラと燃えている。
(峰副会長が見せたかったのはこれでしたか)
やけに第三競技に出るように推してきたのはおそらくこの光景を私自身にも見せたかったからだ。
峰副会長はのらり、くらりとしていて掴みどころのない人だが、それと同時に誰よりも人の迷いをよく見ている人であると、私は知っていた。
そんな峰副会長にはきっと見透かされていたのだろう。
出ようか、出まいか、揺れる私の心を。
出たかったのも本当だ。しかし出たくなかった……出ない方がいいだろうと決断付けようとした理由は――
「げほっ」
肺が、大きく震えた。
近くにいた人たちはどこからの声か、不思議そうに辺りを見回している。
繕え、息を押しとどめろ。
死なない。これくらいで死にはしない。
担当医も言っていた。これくらいの運動ならばまだ大丈夫だと。
自分にそう唱えながら私はゆっくり、自分に言い聞かせるように押しつぶすように息をし、顔を上げた。
私がそんな様子であり、周りにも具合が悪そうな人がいる様には見えなかったからか、周りの生徒たちもどこからともなく聞こえた咳を、気のせいとし、前を向いて退場の列を進める。
この息も、早く整えて通常通りに戻らなくては。
このことも、――にバレてはいけない。
……それは、私が出場を渋った理由の一つに関わる人物だ。
――は、私に余計なことはするな、余計なことに使う体力を社交に使えと言う。
――は、私にただ役目を果たせと言う。
――は、私をただの人形と見る。
幼いころは起き上がるのがやっとだったほど、弱い私の体。
ある時――が呼び寄せた医者により勧められた魔術が上手く作動し、日常生活くらいならば普通に送れる……ようにはなっているが、実のところ魔術の使用を止めればすぐに起き上がれなくなる。
そんな私に――は言うのだ。
「余計なことはせず、魔術で補った体力、体は全て社交のために、ひいては家のために使え」と。
表向きはそれを遵守する私だ。しかし、今実際、その言いつけを破り、私は競技に出場している。
「色々な環境に押しつぶされても、どうか凛らしく在って」
遠い昔、私にそう願って『 』を教えてくれた人がいた。その人は、「私らしく」在ってと願った。
本当に「私」が「私」のまま生きるのなら、社交だってやりたくないし、静かに本を読んでいたい。
しかし、私は一度知ってしまった『 』に縋り、本来ならば私に『 』を与える存在である――からの『 』が欲しくなってしまった。
やっぱり、『 』は毒だ。
一度触れてしまえば毒されてまた『 』を求める。
……私の立場ではそんなもの、いつ得られ、失われるか、わかりもしないし、――にそれがあるかどうかも知りはしないが。
――の願いである「余計なことをしない」ことを、表では守り、「余計なこと」をしている。
あの人の願いである「私らしく」を、裏では守りながら表では「私らしく」を殺す。
――の願いを叶えつつ、――の願いに逆らい、あの人の願いにも逆らいつつ、あの人の願いを叶える。
どちらの『 』も、欲しいがために。
「……ふふっ」
まだ、整い切らない息が、笑い声になって堕ちる。
惨めで狡い人だ、私は。
退場後に駆け込んだここ、第二入場口の裏側にあたる廊下で、誰にも見えない私は、――の望む人形である風夜凛であり、でも風夜凛とは違う「私」だ。
また、少しだけ自嘲に笑い、その笑いの声も宙に溶けて消えるとゆっくりと立ち上がった。
遠くからバタバタ走る音が聞こえ、徐々に近づいている。その足音は、そろそろこの場所に辿り着くだろう。
大方、いつまで経っても戻らない風夜凛を探しに、生徒会の誰かから指示を受けたのだろう。
「……そろそろ戻りますか」
生徒会に。そして、風夜凛に。
結局、何もなく無事に。と言う訳にはいかなかったが、生徒たちの喜ぶ姿を見られて……私らしく競技に参加できて、楽しいと思えたのだ。結果は上々だろう。
(もし、あの人が競技に参加した私の姿を見ていたのなら――)
――なんと言ってくれるだろう。
幼い時の、あの一度しか会えてないあの人を脳裏に描きながら、風夜凛は廊下を歩きだした。




