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花かんむりの眠る場所で  作者: 綾取 つむぎ
四章 学園祭編
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五話 私の救い


「うんざり……ですか」


私、月乃玲明はその言葉の、さらに奥にある何かを知りたくて反芻するように呟いた。


「そう、うんざり。人間って貴方が思うより醜いのよ。

面ではどれだけいい顔をしていても裏では嘲るなど日常茶飯事。貴族社会ではより顕著でもあり、しかし耐えなくてはいけないという苦行。

父も母も、私に優しくしてくれてはいたけれど、将来利益をもたらすことに期待していることが感じ取れて、わたくしは上手く甘えることが出来ないまま、幼少期を過ごしたわ」


そう語る教祖様の表情はやはり読めなかった。

しかし、その口から語られることの残酷さや、それに傷ついた心は想像出来てしまった。

どこをみても黒い感情しかなくて、信じられるものがないだなんてどれだけ苦しくて孤独なのだろう。


「……でも、ある時わたくしが出会った風夜凛様という存在はただただ高潔でしたの」


その瞳は唐突に光を浮かべた。


「初めてお会いした時、……忘れてくださいと言っておきながら掘り返すようですが、お姉様は体調が優れずに寝台の上で上半身だけ起き上がった状態だったのです。

普通の人がその状態であったのならばただ痛々しく、同情するでしょう?」


教祖様は静かに目を伏せて語った。


「――でも、風夜お姉様は違った。

私が見たのは確かに強く、気高く咲く花でしたわ」


開かれた、煌めく瞳に魅入られるようにして私はその話を聞いていた。寝台に横たわるという風夜先輩の想像はつかなかった……が、なんだかそんな環境下でも気高くある風夜先輩の姿は容易に想像できた。


「風夜お姉様はただ高潔であり、見ているこちらの心が洗われるような力強さがただ、心地よかったのです。

もちろん、貴族に生まれたあの方は誰かを利用しなくてはならないこともあるのでしょう。貴族社会(ここ)は優しい世界ではない」


教祖様の言葉に少しだけ驚いてしまった。

暗い何かはきっと風夜先輩にもある。でも、それをわかった上でも教祖様(この人)は風夜先輩を崇拝しているのだ、となんだか崇拝することに対する覚悟のようなものを感じとった。


「風夜お姉様がこの貴族社会で黒い感情を抱いたとしてもあの方の高潔さは……本質は変わらない。

風夜お姉様の表面が黒いように見えてしまっても、わたくしの特技で暴くとそこにあるのは変わらぬ高潔さ。

もう……笑えてきてしまうほど凄いでしょう?」


そう笑う教祖様の顔は綺麗だった。

この人は、救いを見つけられたのだ。風夜先輩という存在に出会うことができて、崇拝する……のは周りから見たら突飛だとしても、そこに光を見出して、救われたのなら――それはきっと、すごく幸せなことだ。


「凄い……ですね」

「でしょう?それにしても不思議ですわ、なんだかスラスラ言葉が出てきてしまいましたの。

こんなことただ一回顔を合わせただけの貴方に話してしまうとも思いませんでしたわ。

……貴方の一種の才能かもしれませんわね」


ふわりと少し笑みながら教祖様はそう言った。

自覚など到底ないし、そんな才能あるだろうか……とは思ったが、とりあえず返答だけはした。


「そんな才能ないと思いますけど……ちょっとだけ、あったらいいなって思ってしまいました」


はた、と動きを止めた教祖様がこちらを覗き込んできた。


「誰かに、話してほしい「何か」があるような感じですわね」

「まぁ……そうと言えばそうなんでしょうか」


私が一番に脳裏に浮かべたのは幼馴染――華道のあだった。

いつも、本心に触れさせてくれなくて、寂しそうな笑みを浮かべて、でもやっぱり私に優しくして、きっと私のことを――大切に。親愛の情を抱いてくれている人。


私ものあに何かを返したい。


そう思うからこそ、のあが触れさせてくれない何かに触れたくなってしまったのだ。

……私に本当にそんな才能があったのなら、もっと簡単に聞き出せているのだろうか。


「きっと、今はその時ではないだけなのでは、と思いますわよ?」

「……その時ではない?」


少し、思案していた教祖様ははたと顔を上げてつぶやいた。


「えぇ、才能も何かの道具の効力も、魔術だってしっかりと条件の揃ったあるタイミングでしか発動しないものですわ。

それを話してくれないのなら、今はまだその時ではないのかと。……きっと、いつか知ることができますわ」


そこまで令嬢の言葉を聞いて私はちょっと失礼で、余計なことが頭をよぎった。

……割と私の悪い癖だと自負しているが思い立ったことをすぐ口にしてしまう(これ)は近いうちにどうにか対策を練った方がいいかもしれない。


「……もしかして、慰めてくださったんですか?」

「別にそういう訳でもありませんけれど。

なんだか暗闇をもがき続けているような感じがした貴方に勝手に同情していただけにすぎませんの」


ツンケンした態度だが、ようはやっぱり慰めてくれようとしたようだった。


「わたくしは風夜お姉様一筋で、風夜お姉様がそこにいることだけで十分ですので何かに思い悩むなんてことありませんがね」


やっぱり教祖様だなぁ、とも思ったが、私はそれよりさっき聞いた昔の話と重ねて「今何も悩むことがない」と「風夜お姉様がそこにいるだけで十分だ」と教祖様が言えていることが、かけがえのないものだと実感して私は頬を緩めた。


そうしてところで、競技場が目に入り、やっと第二競技中であったことを思い出す。

現在はアンカーの一チーム前で白チームが赤チームに追いつき、次に渡されるアンカーで勝敗が決まる、といったところだった。


「話している間にだいぶ面白い戦況になっていましたわね」


ぽつりと呟いた教祖様に頷きながら私はじぃっと競技場を見つめた。

たった今、アンカーにボールが繋がったところであり、なんと両チームのアンカーが知り合いであった。なんという偶然。


「この大玉さえなけりゃ単純な足の速さだから勝てる気がすんのに……華道、これ置いて走っていいか?」

「馬鹿じゃないんですか?一条先輩。最終局面でふざけるのはやめましょうって。それじゃ「大玉転がし」の見る影もないじゃないですか。

あ!ほら赤チームに越されますよ!!」


なんだか騒々しいこちらは白チーム。

お馴染み一条先輩と、たった今脳裏に浮かべていた、のあだ。


なんだか、騒がしいこのチームを見ていたらさっきまでの少し暗かった空気も吹き飛ぶようだった。


…………それはそれとして、のあは最終局面に冗談はやめてください、と言っていたがさらっと自分もツッコミを入れていることには気づいていたのだろうか。

戻ってきたらツッコもうと密かに思った。


「なんかすっごいくだらないこと言ってるわね……」

「ある意味平常運転で安心するけどね」


大人びてるこちらのチームは赤チーム。

峰先輩と白杜先輩とかいう謎の安心感があるチームである。


そんな大玉転がしもついに障害物の周りをぐるっと半回転し、自分達のチームの列まで戻るだけ――となったが、ここで戦況に変化が起こる。


「留紀くん、行くよ!」

「了解!!」


二人で声を上げたかと思えば障害物の周りでゆっくりと減速した。


「えぇ?なんで減速しちゃったんでしょう」


ポツリと言葉をこぼすと、隣で教祖様も呟いた。


「……あぁ、そういうことね」


納得している教祖様の方を向いて「どういうことだったんですか……?」と聞けば競技場の方を指差した。

指を差した先は白チームだ。


勢いをつけて曲がろうとしたら上手くコントロールが取れず、玉が外側に転がる。

白チームは玉の勢いを止めるのに必死になり、動いた距離、時間としては数秒程度の微々たるものであったが赤チームが差をつけるには十分な時間が出来てしまった。


「ラストスパート、行くよ!」


さっきの減速の面影はどこにもなかった赤チーム二人はラストの直線を全速力で走り、見事白チームを出し抜いてゴールした。

やがて白チームもゴールを果たし、競技が終わった頃審判係の方から正式に結果が届く。


『只今の結果をお知らせします。

一位赤チーム、二位白チーム。よって第二競技、大玉転がしは赤チームの勝利です』


その瞬間、わっと赤チームの声が上がり白チームはぐぬぬと唇を噛み締めた。

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