三話 意外といい人……?
名前を名乗らないかのお方、再登場です。
『只今の結果をお知らせします。
赤チーム連続三十二回、白チーム連続三十九回。
よって、第一競技大縄跳びは白チームの勝利です』
私、月乃玲明のアナウンスによって勝利を知った白組の面々が歓声を上げる。
負けてしまった赤チームは悔しそうな顔をしているが、やり切ったという感覚があるからかその顔はどこか晴れ晴れともしていた。
「白チームお疲れ様ーっ!!」
「まだ赤チームも次がありますよー!!」
退場する出場生徒たちに二階観客席から労いの言葉が飛んでいった。
この体育の部は今年新設ということもあり、まだ未知数なところも多いので、自由参加となっており、開会式だけ終えて寮に帰った生徒や校舎内の展示を見に行った生徒も一定数いる。
だが、生徒会先輩メンバーの影響か、この場で見守ってくれる生徒もそれなりに多く、一人ひとりが労いの言葉をかけるとそれなりに大きな音になる。
騒がしい、という感覚はあれど不思議と嫌な感じはしない。
さっきまで平民風情が……といった様子だった人達も、今は平民を含めたみんなを、一時的であれど仲間と認識して互いに喜び合っている。
貴族社会ではこんな大きな声を出すことなどはしたないと嗜められるのかもしれないが、みんな必死になって声を上げる姿は悪いものではないと思った。
『今から十分後に第二競技、大玉転がしを開始いたします。出場生徒は先ほどと同じく……――』
私の定例の仕事となってきたアナウンスを終え、暖かい気持ちのまま、次の仕事に取り掛かる。
そして準備係への指示を出そうとした――が、ついに問題が起こった。
「準備係の皆さん、次は大玉転がしになるのでそれぞれの大玉に空気を入れて膨らましていただけると……」
準備係の待機場所まで行き、指示を出した。大多数の生徒は渋々ながらも従ってくれようとしたが、一人が不満の声を上げた。
「……なんで貴方に指図されなくては行けませんの?」
「えっ」
「だーかーら。なんで貴方が指示を出しに来るのですか、と聞いているのです」
唐突に投げかけられた、意図のわからない質問に戸惑いながら、説明をする。
「えっと、それは私が生徒会役員として風夜先輩や峰先輩から指示を出す役を頼まれたからです」
「なんで風夜様や峰様が来ませんの?」
「はい?」
もうやだこの人……私が頼まれたって言ってるじゃないですか……と思いつつも生徒会として模範的な行動を取らなくてはという意識もあるため出来るだけ丁寧に答える。
「先ほども申し上げました通り、ご多忙な風夜先輩や峰先輩に代わり指示を出すことを頼まれました。
多忙である先輩方は来られません」
「それでも貴方に指示されるなんて冗談じゃありませんわ。――そこの貴方、この人の指示なんて聞かなくてよろしいわ」
私が風夜先輩の代理的役割であることを理解してくれた数名の人が準備に動こうとしてくれたが目の前の令嬢が余計な釘を刺し、動くに動けないような状況にしてしまった。
「このままだとプログラムに支障が出てしまうので準備に取り掛かっていただけるとありがたいのですが」
「それが人に物を頼む態度ですこと?……そうねぇ、どうしてもっていうのなら誠意を見せたらいかが?」
「……誠意?」
令嬢が何をいいたいのか分からず思わず聞き返した。
「そう、誠意よ。――そこに跪いて頼み込めば聞いてあげないこともなくってよ」
令嬢が、繊細なレースの手袋に包まれた手で、地面を指差した。
ひざまずく。
きっと、それをこの大勢の前でするということは私の尊厳を傷つけたいのだ。
……尊厳が傷つく。
普通の人はどう思うのだろうか。
普通の人なら、おかしいと意義を申し立て、別の策を考えるのだろうか。
――でも私は別に尊厳が傷ついても痛くないし、苦しくない。更に私には、跪く以外にこの令嬢を納得させられる策が今すぐには思い浮かばない。
……その程度のことで体育の部の成功に貢献できるのなら安いものじゃないだろうか?
そう、結論ずけ私が跪こうと足を下げた時――静止の声が掛かった。
「おやめなさい」
よく通る……だか、厳しさを含んだ威圧するような声が響いた。その声は普段聞く誰かの声ではなかったが、私には覚えがあった。
(風夜教教祖様……!?)
数週間前、いかに風夜先輩が素晴らしいかを説いたあの女子生徒だった。
赤茶の髪にオレンジががった茶色の目。特にこれといった特徴はないもののそれなりの美人である。
「貴方如きが、風夜お姉様の采配に不満を抱くなどおこがましいというもの。
それに風夜お姉様はご多忙とそちらの生徒会役員の方も言ってらしたでしょう?そんなことも理解できない頭なのかしら?」
冷静に、突き刺さすように反論をする教祖様に今まで私に不満の声を上げていた令嬢が言葉を詰まらせた。
……なんというか、教祖様らしい反論である。
「それに、この体育の部を失敗させることは企画した生徒会長たる風夜お姉様をも貶めることになりますわ。
……貴方はこの役割を風夜お姉様から任されたのではありませんの?
わざわざ風夜お姉様からいただいたお役目を放棄するなんて愚かしいにも程があるわ」
「――身の程を知りなさい」
「……っ!」
ピシャリといい放たれたその言葉に令嬢はついに走り出し、この場から逃げ出した。
「ほら貴方達も、手を止めている時間なんてなくってよ!!
あの人の言葉に惑わされて手を止めた貴方達も共犯ですわよ。あんな言葉に惑わされずにちゃんと自分の意志で動きなさい!!」
ぴたりと止まっていたその他の生徒たちを教祖様が一括し、慌てた生徒達が動き出した。
……この時間ならばまだ間に合うかもしれない。
「今、峰さんや風夜お姉様はご用事で席を外しているのでしょう?
今のような準備係との連絡くらいならばわたくしもサポートして差し上げますわ」
え、すごい何この方。神様だろうか。ただそんなことこの人に言ったら「神は風夜お姉様ただお一人!」と喉元に扇子を突き付けながら言われそうなので胸中に留めておく。
「時間はありませんが、一つだけ言わせていただきたいことがありますの」
「はい」
妙に真剣な顔で教祖様の視線が私を捉えた。
「――貴方はもう少し自分を大事になさい。
貴方は風夜お姉様に認められて生徒会役員となったのです。それは誇りに思うべきこと。
自分に自信を持ちなさい」
教祖様の言った言葉はよく分からなかった。よく分からなかったけど、妙に引っかかって消えなかった。




