七話 合掌
(何で生徒会室が開いている……?スペアの鍵?いやでも情報によるとスペアの鍵はないと……)
偶然を装って通った生徒会室の前で俺は立ち止まってしまった。
一昨日生徒会室の鍵を盗み、昨日は右往左往して困っていたというのに今日は生徒会室が開いている。
(何故だ……?)
理由はわからない。理由はわからないが鍵が見つかったのかスペアがあったのか鍵が使えるようになっているのが事実だ。同じところにあるのなら盗めばいいしなかったらまた情報を貰えばいい。
そのまま時間を潰し、生徒会役員がいなくなったことを確認したら周りを見つつ資料室に入る。資料室は物置のような役割になっていて、対して重要でもないため鍵はなくすんなりと開く。扉を閉めて花瓶の下まで向かう……が鍵はない。
(流石に位置を変えられたか……)
見当違いで少しイライラしつつ資料室の扉を開け……ようとした。が、扉が開くことはない。
(入った時は普通に開いたのに!?)
事故かなんなのか扉は開かない。やたらと重い扉に体当たりをしてみようと扉から下がり、実際に勢いよく扉に当たってみるが開くことはない。
もう一度試そうと扉から引き下がったところで――扉が開いた。
ほっとしたのも束の間……だって自分は無断でこの部屋に入ったのだから。
「こんな簡単に捕まるとは思わなかったなぁ?」
扉の前にぞろぞろと並ぶ影を見上げると、そこにいるのは生徒会役員たち。髪の長い――女子にしては低めな声を持つ美少女が眉を吊り上げ、ニヤリと笑う。
「えぇ。うまくいったようでよかったです」
黒髪に、赤みがかった瞳の少女も無表情ながら口角を少しだけあげ――嗤った。
* * *
「貴方はハマったんですよ。私たちが仕掛けた罠にまんまと」
目の前の少女は喋り始めた
「まず、資料室の扉に魔術をかけました」
「…………魔術?」
「えぇ。魔術です」
あそこに使える万能な魔術などないだろうと思いつつ耳を傾ける。
「――通りゃんせの法。通りゃんせとは異国の童謡の題名らしく内容に「いきはよいよい、かえりはこわい」とあるらしいですよ。ピッタリだとは思いませんか?」
自分でも気づいているのか気づいていないのかさながら悪役のような顔でくすりと微笑んだ。
「私のオリジナル魔術なので知る由もありませんが室内に入ったことを魔術で認知すると扉の前に小さな暴風域を作り、扉が開かなくなります。その暴風域を解除できるのは最初に登録をしておいた生徒会の皆さんのみ」
なんなんだ。何が起こっていたのか、理解が追いつかない。
「先生方にも事情を話して当分入らないようにするか私に声をかけるようにしてもらえば閉じ込められるのは不審者のみ。
とは言ってもこんなに簡単に捕まるなんて思っていませんでしたがね?」
「人を認知させておく術なんて……」
「風によってその人の背丈、体格、その他諸々を記録し、内側のドアノブに触れたら確認するようにしておけばいいだけです」
歌うように告げた少女を俺は凝視した。理論は理解した。――だがそんなこと出来るはずがない。
小さな範囲の暴風域など莫大な魔力量と操作の技術が必要だ。しかも特定の者を判断する術だって恐ろしく高度だ。
それを目の前の少女はやってのけた。そんな様子など化け物と言う他ない。
「……化け物だ」
「それは俺も同感するな」
呆れたように呟くのは長髪の美少女。「俺」発言や言葉遣いに引っ掛かりを覚えながらこちらに近づき手を伸ばしてくる様を呆然と見つめる。
「さっさと行くぞ。現行犯で取り押さえられたんだ、変に言い逃れようとせず素直に全部話すことだ」
呆然としていたのも束の間、美少女のふとした言葉で怒りが再燃した。お前らが勝手なことをしなければ。俺らを蔑ろにしなければ……!
そう思案して、何も返事を返さない俺に痺れをきらしたのか美少女が手を伸ばす。――瞬間、ふと思ってしまった。少女なら抵抗のしようがあるのでは?と。
「おい、そろそろいい加減に……っ!?」
結果として、罪に罪を重ねるだけなのだが伸ばされた手を俺は思いっきり捻り上げてしまった。
『あ』
少し後ろに控えていた銀髪の女子生徒と焦茶の短髪の男子、癖っ毛の男子は目を見開き揃って哀れな者を見る目をした。
「へぇー……いい度胸じゃねぇか」
先程とは全く違う、男性のような重低音で目の前の人は呻いた。と、同時にふと思い出す。
「あれ?生徒会の女子生徒は二人だったような……?」
『…………』
またしても生徒会一同が揃って反応を示した。と、言っても今回は驚きなどなく、ただただ悟ったような憐れみの視線があるだけだ。
「なんで火に油を注ぐかなぁ……」
「無知なのでしょう。……改めて思いますが、無知は罪ですね」
貶しながら憐れむ声も聞こえてきた。言葉は何もないながらも一番小柄な癖っ毛の生徒など目を瞑り、ただただ手を合わせている。
「何がそんなに……ヒィィィィィッ!?」
いつの間にか目の前に迫ってきていた美少女は鋭い目でこちらを睨む。
「俺は一条悠里」
「…………おと、こ?」
思わず漏れ出た呟きに、チッと盛大に舌打ちした美少女――改め美男子、一条さんの顔はすぐに表情を切り替えて獰猛に口角を上げた。
「あぁ。逆になんだと思った?」
「…………」
これは答えを間違えたらすぐ死ぬと、流石に俺でも理解できる。いや、もうすでに地獄行きは決まっているため、今死ぬか後で死ぬかの違いではあると思うのだが。
「俺を別の何かだと舐めてかかって喧嘩を売ったのか、単純に喧嘩を売ったのかは知らねぇが、売られた喧嘩は買う主義でな。思う存分、喧嘩しようぜ?」
次の瞬間、耳を掴まれた状態で引きずられた。耳が裂ける。超痛い。
「……あれ、私怨だよねぇ」
俺のことを横目に見た焦茶の髪の生徒は呟く。
「成仏してください……」
ガタガタ震えながら俺のご冥福をお祈りしてくれている生徒を見て、生きて帰ってこれるかが不安になる夕方のことだった。
* * *
「三年生の先輩が何か問題起こして謹慎処分になったらしいわ」
翌日、教室に着いた私とのあのもとにミアがそう声をかけた。
「あ、ごめんなさい。生徒会だもの、知ってたわよね」
実をいうのなら私たちはまだ処分について、正式な通達は得ていない。昨日はだいぶ日が暮れてしまったこともあり、簡単な後始末は先輩方がしてくれることになっていた。
「後ね、何故か知らないけどその先輩全治一ヶ月の怪我負ったらしいわ」
「そうなんですねー……」
「へー……」
「二人とも様子おかしいけどどうしたの?」
のあと私の顔が強張る。結局あの後喧嘩になったのか、一方的な喧嘩というなの何かだったのかは知らない。知りたくもない。だが、どうしたって脳裏には昨日の光景がよぎる。
「悪いことすると天罰が下るよね」
『…………』
……天罰でも何でもありません。ただの私怨ですと言いたい。だが、事件の概要について詳しく話すわけにもいかないので私とのあは、乾いた愛想笑いで誤魔化すしか術はなかった。