四十四話 少女の見た景色
私は、月乃玲明、華道のあの二人を見送ってすぐ、その場を去った。
人に見えにくい暗闇の方へ戻るとかつ、かつ、と靴の音だけが響く。
数歩歩いて、完全に暗闇に入り切ったその時、私の目の前に跪く影が見えだす。
「……発言を許可しましょう」
いつも、私からかけるお決まりの言葉を今日もかけた。
「ご許可をいただきありがとうございます。
まずは無事にこの場にお戻りになられたこと、何よりお慶び申し上げます」
「……二人だけしかいないのに社交辞令なんて煩わしくってよ」
「貴方様がそうおっしゃられるのなら」
目の前の跪く影、私の側近たるその男は憎たらしいような笑みを浮かべて笑った。
「それで、わたくしが魔物掃除をしている間に例のあれは調べがつきましたの?」
「はい。確かなデータが取れました。後は貴方様に照らし合わせていただければ」
「帰ったらすぐにでも作業に取り掛かりますわ。ご苦労様」
「貴方様はそんな大したことがないかのように放っておりますが、肩のお怪我、だいぶ酷い有様ですよ。
作業より何より先に治療の方を優先させていただきます」
相変わらず小声が多い側近だ、とは思いつつもそれ以外は実に優秀であり、今回もそれなりに難しい指示だっただろうにこの男のことだから完璧にこなしてくれているのだろう、という確固たる信頼がある。
「どうせもう治療の手配もしているのでしょう?」
「もちろんでございます。……早く治療しないと魔術でも治り切らない後遺症が残りかねませんよ」
「それは遠慮したいところですわね。なんて言ったって数週間後には学園祭を控えていますもの」
「後遺症を残したくないのなら早く移動しますよ」
なんだかこの男の言う通りにしてしまうのも癪な気がしたが、実際後遺症が残るのはごめん被りたいところなので、少し離れたところに手配していた馬車まで歩き、手を借りながら馬車に乗った。
「そういえば……学園祭といえばあの方々は……」
「えぇ、お察しの通り。月乃玲明……黒髪の少女の方は劇の主役を務めるそうですの。隠れて見に行こうかしら」
「……あの二人に対する対応、貴方様にしては甘かったのではありませんか?」
思わぬところを突かれ、へぇ?と眉を顰めてみる。
大抵の者なら怯む表情であることを自負していたのだが、この神経の図太い側近には効かないようだ。
「本来の予定から外れて、怪しさを持たれた時点で記憶の改竄でもするべきだったのでは」
「そうね。本来ならば、上階の謎解きをして魔物たちの気を引いていてもらってわたくしは魔物の意識がそちらに惹きつけられている間に上手く討つつもりでしたのに」
「なんだか言葉にしてみると意識が薄れますがやっていることは囮ですよね?」
「あら、嫌ですわ。本来詰むような所……階段の段をちゃんと上がるようにしたり、青薔薇の絵画も外れるようにしましたの」
出来る限りのサポートはしたのだ、危険に晒すつもりはなかった、と弁明はしておく。
「本来、バイトになる必要などなかったのに、元々集客として雇われていたバイトの方を脅して変わらせて、何がしたいのだろうと思ったのですけど……。
ちょうどいい囮が欲しかったんですね」
ソウデスネ、ワカリマス(棒読み)と言わんばかりの酷い言い草に流石に上司に酷くないかなと思う。
言葉の辛辣さが増してきたし、話題を変えようと口を開く。
「わたくし、賢い人は好きですの」
「は、はぁ……なんですか。藪から棒に」
唐突に私の口から溢れた言葉にこの側近も真意が掴めないような顔をする。
「わたくしがあの二人を呼び寄せたのもそうなのですけれど、賢い人ならば多少のイレギュラーが起きても自分の身を守りつつ行動してくれると期待していましたの」
「二人は賢くなかったと?」
「真逆ですわ。賢すぎるのも考えものかもしれないと今回で思いましたの」
「貴方達にそう言わせるまでにあのお二方は「賢い人」だったのですか?」
「――えぇ。二人とも洞察力、考察力、共にありすぎて何も知らせなくとも館の真実に気づき始めてしまいましたの。そのせいで、吸血鬼の行動も想定と狂った訳ですけれど」
少し、憎たらしいという意味も込めながら微笑する。
「特に月乃玲明。あの子は正直言って化け物、と思いましたわ」
「あの方がですか?」
「魔術を実践として戦闘に使うのは不慣れだと、自分でもわかっているからか実際に魔術で戦うのを見れた訳ではないけれども、火をつける魔術の操作が異様なほどに正確だったのですわ」
私は脳裏にその光景を思い浮かべる。
炎のバリケードを作るとき、少し遠くから正確に紙に火を燃え移らせていた。
近くで見ていた華道のあも、当人も驚いた様子はなく、価値観どうなっているんだ、と切に思ったものである。
「大して難しい操作ではないからこそ、実力が見えるというものですわ。
あの操作だけならば出来る人はごまんといるでしょうけれどあそこまで綺麗に出来るものなのかと感心しましたわ」
「その月乃……様?すごく推しますね」
そう言われて私は胸中で一人苦笑した。
あぁ、少し贔屓してしまっていたかもしれない。
「そうですわね……咄嗟に状況を判断して動くことが出来たり……あぁ、後は自分の立ち位置を履き違えず正確な判断が下せるのも好ましいとわたくしは思いましたわ」
地下でのこと。私は逃げろ、といい月乃玲明を逃がそうとした。あの状況での最善はそれだった。
月乃玲明という存在がいることでそちらを守るのに戦力を割いてしまうことで負ける可能性も高くなる。
最初は渋っていたが、自分が守られるだけの存在であることはわかっていたらしく、押したらすぐに退いてくれた。
下手に残られるより、ずっとそっちの方がいい。
『わかりました。ライ、無事でいてください。誰か、見つけてっ……助けにきますから』
ふと、印象深かったある言葉が頭に蘇る。
その言葉はさっきまで分析していた「何故好ましいか」という理論的な何かを差し置いて、心の柔らかい部分にふわっと埋もれているのを感じた。
(なんやかんやいって、ライは嬉しかったんだ)
外に控えさせた衛兵も、魔物戦には不慣れであることから無駄死にを避けるため中には入るなと言った。
そう、していたのだから普通の学生である月乃玲明なんて尚更「絶対に来るな」と言って追い返すべきだったのだ。
でもライは素直に嬉しかった。
普段案じられることのない身を案じてくれたのも、無事であることを祈ってくれたことも。
「……?どうしたんですか」
「いいえ。なんでもありませんわ」
ふっと、顔が緩んだらしく側近には不思議な顔をされた。
嬉しかった、だからといって優しいお友達の関係に在れる訳でもないけれど、いつか来る再会の時以降も、状況が許す限り良好な関係が築けたらいいな、と思った。




