四十二話 またね
「終わ……った?」
緊張感で強張っていた私、月乃玲明の体がへにゃりと崩れ落ちる。
終わった、本当に終わったのだ。みんな生きたまま朝日を浴びれている。
「あのぉ、見事な決戦の後に申し訳ないのですがそろそろこの結界解いていただいてもぉ?
早く帰って治療したいところでありましてぇ……」
「あ!すみません」
結界の解除すっかり忘れてしまっていたことを謝り、素早く解除をする。
まだ痛むのであろう腕を軽く押さえながらライは立ち上がった。
「さて、そろそろ本格的に夜明けですし、お嬢様たちも帰った方がいいですよね。
とりあえず外まで案内いたしますぅ」
かなりの重傷を負ったのにも関わらず、少し時間が経って落ち着いたのか、呑気な口調でライは話しかけてくる。
「ライ、あの……話してたら傷が開きそうで怖い、です……」
普段見ることが絶対にないような夥しい量の血を前に、私は怯みながらそう伝えた。
「これぐらいじゃ、傷は開かないと思うんですけれどねぇ……」
そう呟き、一応口は閉ざしたものの、ひょこひょことロールされた髪が揺れており、そんなに動いて大丈夫なのだろうか……と心配が絶えることはない。
「あ、お嬢様のお怪我、今の様子はどうですか?」
「今は簡単に手当てもしてもらったのでかなり楽です。……今更ですが、ライの怪我、ここで応急処置だけでもしていった方がよかったでしょうか……?」
「いえ〜、痛みもだいぶ落ち着いていますし、ここで応急処置に時間を割くよりはとっとこ外に出て病院に駆け込んだ方がいいかなーと思いますのでお構いなく」
ライがそう答え終わったところで結局口を開かせてしまった、と後悔する。
もう私も口を開かずにいよう、と決意しながら足をすすめる。
「そういえばお嬢様、今夜は一睡もしてないことになりますが、昼間大丈夫そうですかぁ?」
「え、あー……どうにか頑張って……。…………ライ。喋らないでくださいって言ったじゃありませんか。
私は今後口を開きません」
「えぇ!!つれないこと言わないでくださいよぉ」
ちょろちょろとぶつからないよう、器用に私の周りを回る。……話しても話していなくてもこの様子じゃ変わらなそうだ。
「……体の様子がおかしかったら、すぐに言葉も、足も止めてください。その条件をちゃんと聞いてくださるなら雑談に付き合います」
「やったぁ!」
雑談一つに何を喜んでいるんだろう、とは思うけれど私との雑談にそこまで喜んでくれるというならそれはそれでちょっともどかしく、嬉しい。
「睡眠時間の話をするなら、ライもおんなじですよ」
「あはは、確かにそうなっちゃいますねぇ」
……こうしてライと話しながら思い返すと、私がこんな感じに気楽に話せる「友達」という存在は片手の数しかいないことを思い出す。
のあと、ミアと……先輩達はちょっと別だし……と色々思案する中で一つだけ確固たる想いに気づく。
(……楽しいな)
出会ってほんの半日程度の短い時間だか、ライと協力したり助けられたりして……乗り越えた先でこうしてたわいない会話を出来ている、そこには確かに「楽しい」という感情が、あるのだ。
(のあは、信用しない方がいいなんて言っていたけれど私は、ライのことを出来れば信じたい……)
小さく湧き出る泉のようなその思いは抱えたまま、でも口に出すことはなく、頭の中でふわっと溶けた。
「お嬢様、そろそろ出口ですよぅ」
ふいにライからそう告げられ、顔をあげてみると、私の作った火のような、人為的でない明かり――外の、太陽による明るさがそこにはあった。
「そろそろ……お別れですね」
「そうですねぇ、まぁでもきっとまた会えますよぅ」
ライはのほほんとそう告げた……と思えばすっかり忘れていた言葉をかけられる。
「あ、そう言えば。――脱出おめでとうございます」
にへら、と笑いながら取ってつけたように祝いの言葉をかけられた。
「……なんか凄く、今更感がありません?」
「まぁ、その辺はご愛嬌で」
ライはごそごそと取り出した何かをこちらに差し出す。
「切れることもなくすこともなく、ちゃんと保存できてましたぁ」
「これは?」
「お菓子一年分の券です。このお店に行けば一年分のお菓子を好きな時に、食べたい分だけ引き出して食べれるシステムになっていますので〜
ぜひ行ってくださいねぇ」
白い封筒に包まれた券を受け取り、頭を下げる。
「ライ、色々とありましたが、本当にありがとうございました」
「いーえ。こちらこそ」
「また、どこかで」
「――また会いましょう。玲明」
自分の名前を呼ばれた気がして、数歩進んでいた足を止め、くるりと振り返る。
だか、先ほどまでライがいた場所には誰もいず、その奥には先ほど通ってきた暗闇が佇むばかりだった。
(私、玲明って名前教えたっけ……)
思い返せば、私は自己紹介をし忘れてしまっていたから、ライはずっと「お嬢様」呼びだったし、のあは確かずっと「れい」と呼んでいたはずだ。
「れい」と聞いたら普通、そのまま「れい」という名前だと思うのではないか。
(私の気のせいか)
少し引っかかりは覚えたものの、気にせず歩き出そう……としたところでぐいっと、手を掴まれる。
「え、ちょっと」
何がなんやら、突然のことでよくわからないまま、私は手を引っ張られ、歩いていく。
「……のあっ!」
手を引っ張っている主は私の幼馴染――華道のあである。
黙ったまま、怖いくらいの無表情で歩くのあは緊迫した声でいい放った。
「……今は何も言わないでついて来て」




