三十六話 邂逅
ギシギシと音の鳴る梯子を慎重に降りながら僕、華道のあは今後の行動に思いを馳せる。
(……とりあえず来てみたはいいけれど内部の構造もわからないし……)
ただ、ひとまずは下に降りてからだな、と意識を梯子の方に集中させる。
二階で見つけた例の小さい扉は、開けてみると下に向かって梯子が置いてあり、安定感はないながらも下に降りるにはどうしても避けられないため慎重に、安全には気をつけながら梯子を下っている。
いくらか梯子をおりるとふいに、とすっと梯子ではない何か……床に足がつく。
床は上階と同じようなタイルであり、他の部屋とこれといった違いは見受けられないように思えた、が。
(タイルがちゃんと視認できてる)
今までの部屋は窓がなく、光が全く入らない暗闇の中であり、色々なものが見えたのは燭台があったからだ。
ただ、今は梯子を降りるために燭台は上階に置いてきている。
にも関わらず、物が見えるのは――
辺りをぐるりと見渡し、それの存在にやっと気づく。
(――窓がある)
そう気がついて、窓を開けようとするも、やっぱりそう簡単にはいかず、窓はガタガタと音を立てるだけで開かない。
(窓にポイントを絞るなら、壊すのも不可能ではないかもしれない……)
脱出路を確保するために動こうか……そう考えたところで、「この窓がある意味」についてが頭をよぎった。
もしかしたら、これを考えるだけ無駄なことで時間を捨てることになるのかもしれない。
でもどうしても引っかかって……大きな意味があるように感じられて僕は一人思考の泉に沈んだ。
(そういえば、何故か僕はこの館に窓がないことに気づかなかった。窓を見た訳じゃないのに、窓があると信じて疑わなかった)
なんとなく違和感を感じ、少しだけ考え――とあるものに窓の存在を匂わせるかのような記述があったことを思い出す。
「……『何も知らない娘は優雅に茶を飲んだ。
訳を知る使用人は涙ながら月が昇るのを見つめた。
館の主人は草木の眠りと共に棺から目覚めた。
何も知らなかった娘は夜明けと共に死んだ。首元に紅い花を咲かせながら
この軌跡を描け』」
しまっていたカードを取り出し、ぼそぼそと呟く。
そう、これだ。
『訳を知る使用人は涙ながら月が昇るのを見つめた』
一見なんの変哲もない文だが、この行動も館の中の出来事だとするのなら少しだけ不思議なことがある。
月が昇るのを見つめるのには、「窓」やそれに準ずる何かがなくてはいけない。
(この館に窓がここだけしかないのなら「使用人」はきっとここから月を見上げていた)
ただそうだとするなら、何故使用人は泣いていたのか、何の訳を知っていたのか、何故こんな辺鄙な場所にいたのか。色々と疑問が残る。
『……ザッ………………ザッザッザ……』
思考を纏めようとしたその時、何処かで走るような音が聞こえる。
どこからだろう、と辺りを見回してみて、とある壁の奥からその音がしていることに気づく。
『ザッ……ッ……ザ……』
相変わらずの音は壁の向こうから響くようで、不思議に思いながらも壁を触ってみるとグラグラと少しだけ揺れる。
(これは、もしかして扉になってる……?)
『ガコン』
思い切って壁に体当たりしてみれば、音を立てながら扉が回った。
その扉をくぐって壁の裏側に行ってみると窓からの光の恩恵を受けなくなり、真っ暗だった……が、慎重に数歩進んでみると、階段になっていることに気づく。
一瞬迷ったが階段を降りる決断をするのに、そんなに時間はかけなかった。
(敵らしきものが来ているなら動きを封じるだけでもしておいた方がいい)
さっきまで考えていた、窓の部屋の謎は頭に引っかかりながらも、音の原因をとりあえずはどうにかしようと、僕は壁に手をやりながら慎重に階段を降りる。
『バタンッ』
「!?」
今まで走っていたような音が止んだと思ったら、急に何かが倒れるような音が響く。
もしかして……走っていた何かが転んだのだろうか。
(敵かと思ったけどこの妙に人間くさい行動はもしかして……)
ある一つの希望が見えだした僕は少しの希望と心配を胸に、暗闇の中を駆け出した。
* * *
私、月乃玲明は先ほどの絵画や写真の飾られた、不思議な部屋を出て、石で作られた無機質な空気感の廊下に出た。
左右に伸びる廊下は私の手元の小さな火程度では見えないくらい、奥に伸びているらしく、暗闇に染まっている。
(どっちに行こう……)
さっきの部屋でだいぶ時間を使ってしまったし、こんなところで私が迷っている間にもライに何があるかわからない。
少しだけ迷った挙句、私は直感で左側に行くことに決め、走り出す。
石の廊下は火がないと何も見えないくらいの暗闇……という様子からも分かるように全く陽が入らないような造りのため、どことなくじめじめしたような空気感もあり、走っているとなんだか重苦しい空気に足を取られる気がした。
そんなことを考えていたからだろうか。
『バタンッ』
「痛ぁっ!」
なんでもないようなところで、先ほど怪我をした右足がもつれ、盛大に転んだ。
こんなことをしてる場合じゃない、私よりも吸血鬼を足止めしているライの方がよっぽど辛い。
それなのに、なんで私はこんなところで転んで、挙句の果て泣きたくなるような気持ちなのか。
足がじんじん痛い。転んでぶつけたところも痛い。
もう何がなんだか嫌になってきて、自分の思考に囚われそうになったそのとき、聞き覚えのある声……でもここにいるはずもない人の声が響いた。
「……もしかして……れい?」
「の、……のあ?」




