三十五話 残る謎と向かう最終章
小さな火の灯から見えた部屋の内装に私、月乃玲明は不思議な感覚を覚えた。
今までの長い廊下や一、二階の床は石であったり、それで作られたタイルであったりと、何処となく無機質な感覚を感じさせる風貌であった。が、この部屋だけは何故か違う。
濃紅色の、黒にも近い色の厚いカーペットや、部屋の至る所に飾られた額縁は重厚感があり、今までのどの部屋よりも大事な部屋のようにも感じさせた。
柔らかなカーペットを踏みしめながら少し歩き、壁に飾られる額縁を見に行ってみるとその中に守られたものが垣間見える。
(これは……絵?いや、それとも写真……?)
時に重々しい、厚みを感じさせる色合いで。時にその場を切り取ったかのような色合いは絵と写真、どちらのものもあるようだった。
(でも、写真なんて高価な……)
写真とは特殊な方法で、物に魔術を刻み、魔術と同じような効果を比較的手軽に再現することができる「魔導具」と呼ばれるものによって作ることができる特殊な絵のようなものだ。
とは言えその魔導具は作り手も少なく、非常に高価であることから魔術師養成機関であるルトリア学園のような場所でもなければ、目にすることは滅多にない。
一番近くにある額縁に意識を集中して見てみると、その絵はまだ少女とも言える年の女性と、その女性より少しだけ年上に見える男性が寄り添い合う写真だった。
(二人とも、幸せそう……)
ふと、隣の写真に目を向けると、そちらはそちらで、また同じ二人が幸せそうにお茶を飲む写真が飾られていた。
ほかの額縁を見ても、だいたいはその二人の写真であり、その顔はいつも幸せそうであった。
でも、ふとしてとある規則性に気づく。
この二人のいる場所は、いつも日の当たらない場所だ。
(となると、やっぱりこの二人があの文の主人と娘……?)
でも、そうするとどうしてもおかしい。
のあと、私の考えた結論は主人は「吸血鬼」娘は「餌」だった筈だ。
捕食者と被食者の関係で、こんなに幸せな顔をするだろうか?
(まだ、私が知らない何かがあるのかもしれない……?)
私が思っていたよりずっと深くて複雑な問題なのかもしれないと、どこか引っかかりながらも今は急いで誰かを呼ばなくては、と私は再び走り部屋の扉を抜けた。
* * *
『行儀がなっていなくてよ。それでも「王宮官」を名乗っていた人物ですの?』
その言葉を聞いた吸血鬼はピタリと動きを止めた。だが、そんな隙を少女が見過ごす筈もなく、素早く金の刃を吸血鬼の喉元へと舞わせた。
「っ、ぐっ」
完全に当たると思ったその瞬間、吸血鬼は間一髪で体を反らせ、結局金の刃が切り裂いたのは僅かな皮一枚程度だった。
「ふっ、ははは」
何処からか漏れ出た嘲笑のような、弄ぶかのような笑い声は先ほど切られた場所から薄らと血の伝う吸血鬼の喉から出た笑い声だった。
「よく覚えてたね」
「わたくし、これでも記憶力はいいほうでしてよ」
すっと、目を細め今まで見たことなかったような厳しい顔をした少女は独白のように言葉を漏らした。
「……だから不思議でなりませんの。京残星は貴族階級にしては珍しい、恋愛結婚だと噂されるくらい目に見えて奥方を愛していらっしゃいましたもの」
「アレは餌だ。それ以上の思いなど何もない」
「……京残星は奥方の子供好きを受けてか、下町の子供たちのもとに、夜ひっそりと現れては食事を配るような人だったと」
「……それも、餌として食べるために肥えさせただけのこと」
少女はその言葉を吐きながらじっと吸血鬼を見据えていた。
「……奥方を愛することが幸せではなかったのなら、貴方の幸せは何処にありますの?」
「そんなの決まっている。
――我、主のために尽くすこと」
その瞬間、少女はニヤリと唇を持ち上げた。
「――やっと、その存在がいることに確証を持てましたわ」
「へぇ?」
今まで留めていた足を動かし、するりと吸血鬼の死角に回り込んだ少女は吸血鬼の頭に短剣を突き刺した。
「わたくし、不思議でなりませんでしたの。下町の子供の行方不明事件、この館で開かれる不思議な脱出ゲーム……その他色々な要素が行き着く先が京残星だったのですけれど――
もとの人柄から考えて、こんな行動を自ら企てるようには考えられませんわ」
ついに短剣がグサリと肌を突き抜け、吸血鬼の肉を抉った。
痛みはそれなりにあるであろうはずなのに、苦しみの声をあげるでもなく、戦意喪失するでもなく、吸血鬼は嗤う。
「……軽率だな。私の性格が変わっただけかもしれないではないか」
「全くもってその通りですわ。でも、貴方一人が全てを企てたと考えるより、誰か協力者がいると考える方がよっぽど現実的ですの。
表舞台から退いた貴方にこの館の維持費を払える収入源などない。……そう考えたら協力者かいると考える方が自然でしょう?しかし、不確定要素が大きい。
――だから言質が取りたかったのです」
「はははははっ!」
一瞬、力が抜けて倒れる寸前かのように体の力を抜き――頭に大きな傷口が出来たとは思えないほど、しっかりとした足取りで少女を見据えた。
「私は自分で墓穴を掘ってしまった訳か」
「その割には晴れ晴れとした顔をしていますのね?」
「――情報が外に漏れなければ何も問題はない」
吸血鬼がすらりと右手を持ち上げ、私の奥を指した……かと思うと言葉を紡ぐ。
「私の眷属や同胞は血に敏感だ。……さっき駆け抜けた少女を追った眷属たちがそろそろこちらに惹きつけられるだろう」
「……」
吸血鬼の余裕の理由を知り、少女はぎりっと刃を握りしめた。
「さぁ、そろそろ最終章と行こうか」
場違いなほど、晴れやかな声は魔物たちの、近づく喧騒の中でもよく響き渡った。
すみません、多分四十話超えます……(小声)
三章最終局面になりますのでゆるっとお付き合いいただければ幸いです。




