三十四話 行き止まりに歓喜したのは初めてでしたby天才ポンコツ少女
『誰も館から、出すつもりはない』
その一言を見るなり、僕、華道のあは絶望するでも膝から崩れ落ちるでもなく――嗤った。
「……そういうこと」
もう、この館に対する意識は「敵」それだけだった。
謎に示されていた数々の要素が繋がり、目的……意図が明らかになり始めていた。
この館は――餌場だ。
* * *
「餌場、にしていたのでしょう?」
吸血鬼を前にして、この場に二人きりになった少女は嗤った。
「――へぇ、私の食事を邪魔しにきたのは君だったのか」
「邪魔?そんな無粋なこといたしませんわ。――ただ掃除をしようとしただけにすぎませんのに」
すぅと、細まって威圧感を与える吸血鬼の瞳にも怯えることなく不敵に笑う少女の表情は、いっそ暴力を受けたかと思うほど冷たく、鋭利で、それでいて美しい。
「ただ同胞たちに食い扶持を与えてやっただけだというのに。……君には、血が通ってないのかな」
「人を食わずしても生きていくことはできますのに、それを選ばなかったのは貴方達でしてよ。
……加えてこの館、人間を誘い込んで謎を解かせて、狂わせて愉しんで最後は喰らって眷属にして……殺す施設として運用していたのでしょう?」
まぁ、悪趣味。と吐き出した言葉は空虚に響いた。その言葉を受けて目の前の吸血鬼は妙に人間じみた仕草で肩をすくめて答えた。
「それが私たち吸血鬼だ」
その言葉が、決別の言葉だった。
もとより分かり合えるとも思っていないが、大人しく会話を続ける意志もなくなり、お互いが地面を蹴り出す。
「金の刃が私たちに効くとでも思っているのかい?」
「わたくしのこの剣は、魔導具ですの。貴方の眷属を切って吸血鬼に効くことも立証済みですわ」
明らかに気分を損ねたような黒い空気を纏わせながら吸血鬼はちらりと視界を掠めた少女の腕を食いちぎろうと顔を向ける。
だが、ある言葉に、ぴたっと時間が停止したかのように吸血鬼はとまった。
「行儀がなっていなくてよ。それでも「王宮官」を名乗っていた人物ですの?」
* * *
「レティア国、中級王宮官京残星」
だれに聞かせるでもなく呟いた僕、華道のあの声は嫌に良く響いた。
そう、思い出した。
京残星は三年前までレティア国で中級王宮官をしていた人物だった。だが、とある中級王宮官の娘が嫁に行った日の翌日、二人とも消えてしまったのだ。
世間では事件に巻き込まれただとか二人で一緒になることが叶った今、重苦しい身分を捨てたくなった、だとか色々考察はされていたが終ぞ二人が見つかることはなかった。
そして、その人物がどう繋がるかといえば――
この館が、二人が最後に目撃された場所なのだ。
(今考えれば色々おかしいところはあったのに)
この件も、娘の失踪事件も、犯人は主人――京残星として生きていた吸血鬼。
動機はおそらく「餌」を食べるため。
そう、つまり今度は僕らが「餌」として狙われている。
『誰も館から、出すつもりはない』
その言葉の通り、この館に帰り道は用意されてない。
(それならば――)
「……防御式結界、構築準備。空間内、異次元転移指定……指定座標二四六九……――」
「防御式結界、構築」
細かい指定を終えた僕はそう呟き、防御式結界を構築した。一、二、三……五秒経つ頃には、目の前に広がっていた小物たちの姿は跡形もなくどこかへ消え去った。
そう、僕にとって目の前の小物は邪魔で邪魔で仕方がなかった。
――今度の防御式結界で壁に穴を開け、外に出ようと目論む僕にとっては。
壁に最大限近づき、防御式結界の質量と勢いで穴を開けようと詠唱を始めたその時、何かを踏み、ガタンと音が響く。
「……!?」
変に床とも言えない、何か少しズレた板のようなものを踏んだ感覚に足元を燭台で照らしてみる。
すると、そこには小さな、でも人が通れるギリギリの大きさのある扉があった。
「こんなとこに扉……」
行くか、行かないか、迷って迷った挙句出した結論は――
* * *
私、月乃玲明は、ライと別れ大急ぎで走っていた。
目の前には魔物や吸血鬼の眷属たちの群れ。
「が、っがぁぁぁぁ」
「キケケケケ」
耳障りな叫び声や、笑い声、隙あらばこちらを喰らおうとしてくる魔物の間をすり抜け、時には魔術で小さな火を出して怯んだ隙に逃げたりと、とにかく必死で自分の身を守る。
「ぜぇ、っ、ふ、はっ」
記憶を失う前もそれなりに体は動かしていたのか、急に走っても不思議と辛くなかった体も、ここまでくると限界が見え始めた。
空気が足りず、そんななかで必死に空気を取り込もうと自分の肺が動き、震えているような感覚が嫌に伝わってきてしまう。
足もじんじん痺れ始め、もう無理だ――と、崩れ落ちそうになったその時、少し奥に行き止まりの壁があるのが見えた。
「やっと、行き、どっ、まりっ……!」
多分こういう状況で行き止まりに喜ぶのはこれが最初で最後だと思った。……こういう状況遭遇すること自体が最初で最後であってほしい。
もう無理かもしれない時諦め始めていた足をこれで最後だと思い切って動かし、勢いのまま、飛び込んだ。
「っ……!!」
ガコン音と共にぐるんと回った壁が閉じ、回った扉を背もたれにするようにして崩れ落ちた。
外からはガンガンという音やうめき声が聞こえ、まだ魔物がいる気配は感じられたが、壁を押して回し扉を開けるほどの知能はないらしく、ひとまずは魔物と距離をとることができた。
「ふぅっ、は」
思いっきり息を吸い、落ち着くと、埃を払いながら立ち上がる。無くした燭台代わりに魔術でまた小さな炎を灯すとぐるりと辺りを見回した。
実は自称不良より不良思考してる華道のあくん十五歳。




