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花かんむりの眠る場所で  作者: 綾取 つむぎ
三章 学園祭準備編
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三十一話 おかしな館


「この部屋が……九九表?」


のあの発言を私、月乃玲明は反芻するように呟く。

よくわかっていない私を察してか、のあは解説を始めた。


「この部屋、床が一階と同じようにタイルなんだよ。そんでもって正方形。

確認は時間がかかるからやらないけどたぶん九×九なんだと思う」


のあの解説を聞いて私も意味を理解する。


「この場所が九だとするなら、この位置は縦九番目、横一番目の九×一の九の位置。

六十四の位置となると縦八番目、横八番目の一つの位置に絞られますね」

「そういうことー。だからその位置のタイルを探せば何かそれらしいものが見つかるはずだよ」


(あれ……?)


私は少し前に抱いた疑問が、また頭の中に舞い戻ってくるのを感じた。


この部屋の小物を下手に動かしたら詰んで、解けなくなる。……にも関わらず、忠告はない。


『主人の部屋で、眠る娘を呼び起こせ。九九の部屋、九の場所を入り口とし、六十四に、娘は眠る』


主人の部屋「で」?主人の部屋「に」ではなくて?


些細なことだけれど、私にはその一言の違いによってこの文に二つの意味があるように感じられて仕方なかった。


一つは謎の通り、眠る娘――と呼ばれる何かを、時計などのように何かの動作を起こして、「起こす」ことを表す。もう一つは――


主人の部屋「で」何も知らない娘を呼び起こす。「呼び起こす」というのは何も知らない娘に何かを教えるという意味にもなりえるのではないか。

そして、今までの仮説通りに話を進めるのなら娘に教えるような真実は娘が吸血鬼の餌である、というその部分ではないだろうか……。


と、そこまで考えて私は妙な既視感と、眩暈と、嫌な感覚が頭を掠めた。


――今、館の中をぐるぐると巡る私たちもまた、無知な娘と同じなのでは?


「……れい?」


不安げな顔でこちらの顔を覗き込んできたのあに私の考えを伝えようと口を開く。


「……おかしなことを言ったとしても、信じてくれますか?」

「う、うん、もちろん!」


なおらさ不思議な顔をしながらも、力強く答えてくれたのあに安心し、声を出した。


「のあ。この館は――」


それを伝えようとした瞬間、私は――()()()


* * *


「え」


突如として、私の下の床が開き、ふわっと体が舞ったかと思えば急降下して落とし穴とも呼べない箱のような空間に放り出された。


髪に挿していたライから貰った紅い薔薇も髪から外れて私と共に宙を舞う。


(まずいまずいまずい。このまま落ちたら間違いなく大けがするっ!!)


頭で考えることができたのは立った一瞬だが、ほぼ無意識のような感覚上で掌に魔力を集め、着地する直前する同時に地面に放つと落下の衝撃を相殺した。しかし唐突な落下に完璧に対応出来るはずもない。


「うっ、い、っつーー!?」


私は、右足に全体重が乗るような変な形で足をつき、ごきゅりという聞いてはいけない音と共に訪れた痛みにくぐもった声を上げた。


右の足首がじんじん、ガンガン痛み、あまりの痛みに時を戻せないかとすら思い始めた。ただそんなことは考えても痛みは治らない。無駄なことを考えるよりも状況整理や痛みをどうにかする方法を考えよう……と半ば現実から逃げるように思考を回し始めた。


(まだ足だけの被害で済んだだけよかった……)


不幸中の幸いという言葉が正しいのかはわからないが意識を手放したり大出血やどこぞの臓器を潰すといった重体にならなかっただけましと言えるだろう。


骨は折れているの折れていないのかわからない。ただ、今の痛みや感覚からして恐らく骨の異常ではあるだろう。となると骨の魔素配列が崩れたか歪んだか……。そこまで考えてふと気が付く。


(崩れたのなら、ある程度は修復可能なのでは?)


人体は地属性の魔力が占める割合が多いため私の魔力との相性の問題で完全に治すことはできない。ただ、適正である風と火も含まれていることには含まれている。その魔力をベースに、他の異常部を風と火の魔力で補えば――


「っ……ふふ」


思わず口角が上がり、小さく笑いが漏れた。


骨折のような怪我を魔力で応急処置しようだなんて我ながら無茶苦茶なことを考えた、と思った。理論上できるかもしれないが、途方もなく繊細な魔力操作と計算が必要になるこの上なく難しいものだ。

だが、やりたい。やってみたいとおもった。可能性があるのではないかと。


すっと目を細めると周りのことを忘れるくらいに自分の足元と魔力の流れに意識を集中させた。痛みの根源で何かが渦巻き滞っている感覚がした。その部分の緻密な魔素一つ一つを読み取り正しい位置に直したり正しい骨の形を描くよう軌道を修正させる。


どこからか零れ出た魔力が淡い薄緑色の光を帯びて漂うだけしかなにも現象の起こっていないそれは、傍からみたらとても地味な作業であっただろう。体の中の崩れた一点を体内で余る魔力を使って補い、形を整えるだけの。


魔術とも呼べないその作業を何分も十何分も続け、零れた魔力の光も少しずつ潰えだしたころ、私はふっと何かに触発されたように顔を上げた。


あたりは真っ暗で、何があるのかよくわからないようなありさまだった。だが、残っていた魔力の明かりで「何か」があることだけは認識ができていた。奥の暗闇の中でうごめいている何か――それがこちらに近づいていることを知り、身構えると同時に。


「……あれぇ?お嬢様ですか?」


ライの声が聞こえた。


* * *


「ライ!」


奥の方からこちらに歩いてきた人物はやはりライだった。姿を確認するとなおさら知り合いに会えた安堵から、ついつい大きい声で叫んでしまった。


「お嬢様、なんでこんなところにぃ?」

「よく、わからないんですけど急に床が開いて……」


そう言ったところでライからばっと頭を下げられる。


「お嬢様、ごめんなさい」

「え」

「この館、危ない館だったらしくて、でも私知らずに二人を連れてきてしまって……」


泣きそうな顔で、「さっき衛兵さんが来て言われたんです」と言うライに私は声をかけた。


(あぁ、やっぱり)


私は、床が落ちる直前のあに言おうとした言葉を思い出した。


『この館は――おかしい』


謎が、元々解かせるように作られていない。簡単に矛盾は起こるし、今まで解けてきた謎だって後から誰かが手を加えていたのか「偶然」解けた、といったような気すらした。

何故そんなことをしているかと言われたら確信はないが足止めや時間稼ぎといったものではないかと思う。


思えば私たちはただお菓子が欲しかっただけなのに、いつの間にかすごいことになってしまった……と思いながら、罪悪感からか顔を歪めていたライに返事を返した。


「まだ、私も怪我だけですし最悪の状況には陥っていませんし、上ののあもきっと無事です。だからそんなに気にしないでください。事故のようなものですから」

「そう、ですか」


ほっと、安堵の声を上げるライの表情はわかりやすく緩んだ。


「お嬢様は私が責任を持って外へお連れしましょう。どうぞはぐれないようにお手を」


そう言われた私はライに手を差し伸べられ、立ち上がった。


「……っつ」


先ほどよりだいぶマシになったとはいえ、立ち上がる瞬間はやはりずきりと痛みが走った。

流石にライも気づいたらしく、心配そうな声を上げる。


「……お嬢様、足にお怪我が……」

「だい、じょうぶです。先ほど足首の魔素配列を自分の属性で出来るだけ整えて補っておいたので」

「え」


途端に目を丸くしたライはもう一度聞き返してきた。


「すみませ。魔素配列を、整えて、補ったって言いました……?」

「あ、はい。そうです?」


遠い目をしたライは「へー、魔素配列を整えたんですかー。安心ですねー」と呟き、その後は一人で「骨の魔素配列を覚えてる……?それでもって組み直した?補った?え……?」とぶつぶつ呟いていた。ライも魔術の知識があるのだろうか?まぁ、それはそれとして、信じられないものを見る目で見てくるのはやめてほしい。……気にしないもん勝ち、気にしないもん勝ち、と胸中で唱えておく。


「お嬢様、それではいきましょうか」

「はい、お願いします」


ライの手を少し強く握ると、ライはあぁと何かを思い出したように口を開いた。


「……最後に一つだけ。この先の道は荒れていますので嫌なものを見たくなければ、目をつむっていることです」

「……わかりました」


あくまでライは私に委ねる形で声をかけたが、何故だか目をつぶっていなくてはいけないような気がしてすっと目をつむった。


「足のこともありますし、ゆっくり参りましょう」


そう声をかけられながら私は恐る恐る一歩を踏み出した。


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