二十八話 わっしょい!
『青薔薇?』
私、月乃玲明と隣の華道のあの二人はお互いに首を傾げながら呟いた。
「青薔薇なんてそもそもが存在しない色の薔薇だよ?」
「これも何かあるんでしょうか……?」
青薔薇、というと今日はなんだかその言葉に触れた機会が多かったことを思い出す。
『青薔薇の花言葉は「不可能」っていうじゃないか。いやぁ!浪漫があると思わんかい?』
『まぁ、現実に存在するのだとするのなら赤薔薇よりも青薔薇の方がお似合いな気はしますが』
そして最後にそれに関わるものをみたのは――
「――……かん」
「ん?」
「――たしか玄関に、青薔薇の絵がありました」
「本当!?早速行ってみよう」
先に駆け出したのあに続いて私も駆け出す。ただ、私は青薔薇の花言葉を思い出したこともあり、胸中に燻る疑念がより形を持ってしまっていた。
(青薔薇の花言葉は「不可能」。……疑りすぎて「この館から出さない」ような思惑を感じるなんて我ながら馬鹿らしいとは思うけど……)
やっぱり消すことのできなかった疑念をせめて心の中で飼い殺さなくては、と口を固く閉じながらのあを追いかけた。
* * *
「何故、こんなことを……するのだ?」
「何故?話せる知性がありながらそんなこともわからないのかしら」
濃紺の髪を持つ少女は冷酷に嗤う。
「貴方達にとっての「当たり前」がわたくし達にとっては罰するべき「悪」だっただけにすぎない。それだけのことでしてよ」
人の形をしながらも、その肌は青を通り越して白く、口には長い牙が付いている、この者も魔物と呼ばれる存在で先ほどまでの獣達との変わりはない。
「我らは……ただ生きていただけだというのに」
言葉だけ聞くならば人畜無害な魔物を、魔物というだけで害する残酷な図に思えただろう。
ただ、真相は――
「何もしていない人をじわじわ痛ぶって拷問紛いのことをして、最終的には殺して、喰らってただ生きていただけ?どうしたらそんな被害者ぶることができるのでしょうね」
魔物は毒だ。人間にとっての残酷なことを残酷なこととも思わずに、当たり前だと思ってまわりを害する。
本来ならば人間を食らう必要などない。ある程度知性のある魔物ならば人間の生活と同調し、生きていくこともできたはずだ。
たが、魔物は人肉という極上の味を知ってしまった。
一度知ってしまった魔物は、ただ「食べたい」という欲に駆られ、人を殺した。
それほどまでに、魔物とは理性の弱い生き物だった。
「貴方にどんな思想があろうともわたくしには関係なくってよ。わたくしの生きる法に従った上で歩みに邪魔な障害物は排除するまでよ」
もう話は終わりだと言わんばかりに少女は短剣を振るった。煌めく星の輝きにも見間違えるほどの短剣の輝きは、無情に魔物の首を裂いた。
* * *
「着いたね。着いたよ。着いたんだけどさ……『見えざる見えざるものを見ろ』って何!?」
目の前で打ちひしがれるのあ。もうこれ何度目だろう、と思いながらやっぱり同感ではある。
のあはがっくり項垂れた体制から起き上がると青薔薇の絵を四方八方から見ている。
……側から見ると凄くシュールな図だ。
「……のあは何を?」
「いや、色んなところからみたら見えざるものが見えたりしないかなーって」
さらにのあは絵画をツンツンと触り出す。
「あのー……万が一何かあったら……」
忠告をした次の瞬間――
『ガタン』
絵画が壁から外れ、音を立てながら地に落ちた。
「のあぁぁぁぁぁ!?嘘でしょ!?」
「ままままま、待って!?待って、え、ちょぉぉぉぉ!?」
落ちた絵画を二人で慌てて起こしてみる。
目立った傷や、破損した部分はなく、とりあえず安心した……がそうも言ってられない。
「……傷がなくてよかったけどこれどうしよう」
「引っ掛けるタイプの固定方法でもなさそうですし、まずどういう固定方法なのかわからないことには……あ!?」
下に落ちた絵画から、視線を絵画の元あった場所に向けると、壁にぽっかりあいた空洞に気づいた。
更に中には――
「三つ目の謎カードと時計……!?」
私と同じく絵画から上へ視線を向けたのあも声を上げた。
「『見えざるものを見ろ』って本来なら見えない絵画の裏の空洞のことだったのか……」
「そういうことだったんでしょうね」
私は返事をしつつ胸中で抱いた悩みを呟く。
「絵画を落とさないと見つからないギミックなら、これを咎めることはきっとないはず……ですよね?」
「……れい」
固いような、切羽詰まったような声ののあに、名前を呼ばれた。返事をしようと振り返ったが、私の返事を待たずして冷や汗を浮かべたのあは言った。
「……バレなきゃいんだよ。バレなきゃ」
多分その時見たのあの顔は過去一悪い顔をしてたと思う。
* * *
「わっしょい!」
『ガラガラドンドガンガッシャーン!!』
ものすごい音を立てて二階、やたらと小物の多い部屋に投げ込まれたのは例の青薔薇の絵画だ。
呆然と眺めている私の横で、一仕事終わったと言わんばかりの晴れやかさで汗を拭うのはのあだ。
「いい?れい。僕らは、何も、見ていない。はい」
「僕らは、何も、見ていない」
「青薔薇の絵画なんて見ていない。はい」
「青薔薇の絵画なんて見ていない」
のあの言葉を復唱しながら私は頭を抱えた。
……これって罪に罪を重ねているんじゃないかと思わなくもなくもない。
「さて!次の謎にいってみよう!」
笑顔をやたらとキラキラさせながらのあは言う。
変わり身の速さに驚きながらのあが読み上げる謎を聞き逃さないように耳を傾けた。
「『何も知らない娘は優雅に茶を飲んだ。
訳を知る使用人は涙ながら月が昇るのを見つめた。
館の主人は草木の眠りと共に棺から目覚めた。
何も知らなかった娘は夜明けと共に死んだ。首元に紅い花を咲かせながら
この軌跡を描け』」




