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花かんむりの眠る場所で  作者: 綾取 つむぎ
一章 ルトリア学園編
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五話 天才少女の皮を被った化け物


生徒会の挨拶も済み、テストについてもある程度話がまとまったところで男女それぞれの寮へと私、月乃玲明とのあは戻った。そこからの日々はおおむね安定していて、翌日以降に今までのような突拍子もない情報が出てくる、ということは特になかった。逆に初日の情報量を翌日以降も提供され続けたとしたらそっちの方が堪らない。


そして、朝女子寮の前まで迎えに来るのあと共に学園に向かい、授業を受け、放課後は生徒会に行く前ののあに女子寮まで送ってもらい、寮で本を読んで過ごす……という日常を何度か繰り返したある日。「放課後テストを行うため、のあと共に生徒会室まで来るように」と、伝言が伝えられた。


「思ったよりも早かったですね。まだ一週間もたっていないのに」

「あの人たちはあれで結構優秀な人たちだから、やると決めてすぐに準備しだしたんだろうね。それに、生徒会の一枠を長く曖昧にしておくのも色んな所に歪がでて良くないだろうから」

「なるほど……。ほんとにご迷惑をおかけして申し訳ない限りです」

「記憶喪失は突然のことだし仕方ないよ。それに、テストを提案してきたのは風夜先輩側なんだから、堂々としてればいい」

「ありがとうございます」


そんなやり取りを交わしつつ、数日前にも歩いた別棟の廊下を歩き、何度か階段を上ると、最上階にてまた生徒会室の扉と対面した。といっても今日の生徒会室の扉は開かれているのもあり、前回ほどの緊張感と重苦しさはなかった。


「お、来たな」


生徒会室に踏み入れると先に着いて待っていたのであろう一条先輩に声をかけられた。その隣には、何枚かの紙とにらめっこしている峰先輩がおり、風夜先輩の姿は見えなかった。これから風夜先輩は来るのだろうか?と生徒会室の入り口を振り返る私の考えを察してか、一条先輩が口を開く。


「会長は今、別室で準備中だ。お前には試験の要項を聞いてもらった後、別の空き教室で試験を受けてもらう」

「はいはーい、僕が試験の説明役ね。凜くんが試験監督。採点は華道くん含め全員の立ち合いの上、悠里くんが担当。僕等も全員確認するから公平性と正確性は安心してねー」


ここにきてやっと紙から視線を上げた峰先輩が会話に加わった。何の紙なのか気になったが今の話を聞くに、読んでいたそれが今から私に説明してくれる試験の実施要項なのだろう。


「それじゃあ、試験の説明を始めよう。制限時間は四十五分、出題される問題は言葉や計算など多岐に渡る分野から、君が『ルトリア学園の生徒会会計』を務められるだけの素質があるかどうかを問う内容になっている。配点、合格点は月乃くんには伏せるけど、テストの満点は百点。この百点中、僕等が決めたボーダーを超えたら、生徒会会計として再決定。……以上がテストの要項だよ。質問は?」

「大丈夫です」


そう答えると、峰先輩は満足そうに頷いた。


「よし。それじゃあテスト本番。君の合格を祈ってるよ」


のあと、一条先輩も同じ意を示すかのように力強い眼差しで、私をテストへと送り出した。


* * *


「来ましたね」


伝えられた教室のドアをノックして入ると、椅子に座って待つ風夜先輩と対面した。生徒会室で私に励ましをくれた三人の姿とは異なり、風夜先輩の表情は微塵も動かない。しかし、励ましもしないが、拒絶するような様子というわけでもなさそうだった。氷のような表情というよりも何も温度を持たない鉄の人形のような感じと言った方が正しいような気がする。


(私にテストを持ち掛けてきたのも、私を生徒会からおろしたいのか、私の不安を取り除く意志でただただ提案してくれたのかいまいち掴めないんだよな…………)


今のところ、生徒会メンバーの中で一番考えていることが分からない先輩である。


(まぁそれより今はテストか)


今後、この先輩とどんな距離で関わることになるのか、それもこのテストで決まることだろう。


「準備はよろしいですか?」

「はい」


風夜先輩に指示された席に着き、筆記用具を用意すると厚い紙の束が目の前に置かれた。そして、風夜先輩は懐中時計を取り出すと私にも見える位置に差し出しながら秒針の動きを目で追った。


「そちらが問題用紙です。中には解答用紙を挟んでありますので試験が始まったら取り出して、氏名の記入をすること。ちょうど五時になるところですので、試験は五時四十五分まで。十分前と、試験終了時に声を掛けます。五…………四……」


小さく揺れる懐中時計から目を外して、問題用紙に向き合い、風夜先輩が数字を刻む声を聞く。そして、数がだんだん小さくなり、ついに――


「試験開始」


静寂に包まれた部屋の中、風夜先輩の声と、大きい針が動く音を聞いた。そして、それと同時に問題用紙の一ページをめくり、目を通しながら解答用紙を取り出した。


(はじめは基礎的な計算問題……)


足し算、引き算、掛け算、割り算をただ使うような難しくもない基礎の基礎が一ページ目の主な問題だった。とはいえ、峰先輩が生徒会会計に必要な素質を確かめるといっていただけあり、桁数がかなり多い数字が続いていた。会計を務めるのならこれくらいの桁の数字の計算はあたり前に出来てくれという意思を感じる。


(これくらいはちゃんと解かせていただきますよー…………)


心の中で唱えながら、ペンを手に取り解答用紙に答えを書いていく。その後も全体の三分の一くらいは同じように桁数の多い数字の計算が続いた。ページを追っていくごとに単純な計算問題から、いくつかの知識と計算の方法を組み合わせるもの、文章題、と難易度や形式は変わっていったものの、さほど苦労することもなく解ききれたように思う。


その次の三分の一は言葉の問題。敬語や、貴族や王族に対して使う敬称の話だったり、少し難しめな言葉の意味を聞かれたりといったところだった。また、報告書のような文章を読み、問題に答えるような形式もあった。幸いにも「知識」の多くは私の頭のなかに残されていたため、こちらもあまり迷うことなく通過。


そして、ここまでの流れで行くなら最後の三分の一もまた別分野の何かが問われるのだろう。そう予想して新たなページを開いたとき、目に飛び込んできた言葉に思わず手が止まる。


『食事においてテーブルに着く際のマナーを答えよ』


それは、思い出と共に失われた一部か、はたまた記憶喪失前の私も身に着けていなかったものなのか、私の頭の中に欠片も知識が入っていない、貴族社会におけるマナーや常識を問う問題だった。


(まずい……この分野に来てまだ一ページ目なのに)


二問目、三問目に目を通しても、同じように知らないマナーを問われる問題や、貴族社会の知識事項を答える問題が続いている。数学分野や言葉の分野に倣っているのなら、今見た問題がこの分野の中では一番に簡単な問題だったはずである。この調子で後ろへと問題を勧めても一問も正解できずに、全体の三分の一の問題を一問も答えられないなんてこともありうる。配点も明かされていない以上、他が出来ていようが、この分野の失点だけで不合格になる可能性も大いにあるだろう。


(いくら考えても、私の頭の中にないものを引き出すことなんて)


そう考え、ふと頭の中を否定がよぎる。


(私に残っていないのは、あくまでマナーの『知識』……それじゃあ、別の人の行動に頼れば?この数日間の記憶から取り出すとすれば――――)


例えば……のあ。私と同じ平民と言ってはいたが、どこで身に着けたのか、何をするにも所作が綺麗で優雅だった。そこまで習慣としてマナーが身についているのなら、のあの行動がそのままこの問題の正解に直結しうるのでは。そう考えて私は少ない記憶を掘り起こす。


(食事の時のあは何をしていた?私に椅子を勧めて……ぎこちなく座る私に笑って…………あ)


そうだ。高級そうな椅子に座るのを躊躇う私を横目にみて、笑いながらわざわざ左側に回って座っていた。それも私の記憶の限り、毎日。


(それが、マナーだったとするのなら……答えは「椅子の左側から座ること」……!)


咄嗟に思いついた方法での解き方で、不正解の可能性だって全然ある。でも、私は視界も心もぱっと晴れたような感覚を感じながら正解を確信していた。そして、一度答えが浮かばずに挫折した二問目、三問目に再び挑む。


(上級王宮官の家の数は、思えば昨日読んだ本に小さく書かれていたし、握手……は、この前峰先輩と私で交わしたあれだ!礼も、風夜先輩がとっていたあの時の角度、目線、足の引き方を考えれば……)


「知識」だけに限らず、まだ積み重ねの少ない「思い出」も含めて脳内に残る情報という情報をフル活用し、最後の分野の問題も制限時間からある程度の余裕をもって解ききった。そして何度も何度も、時に記憶の片隅を掘り起こしながら見直しの作業を繰り返し、ついに風夜先輩の口から試験終了という旨の言葉が発せられた。


* * *


れいのテストが終わった後の生徒会室にて。僕、華道のあとれいを除く生徒会メンバーは赤い丸で溢れる一つの答案用紙を囲んで沈黙していた。


「…………化け物だろ」


長く続いた沈黙を、初めに破ったのは今回のテストの採点代表者こと一条先輩だった。答案用紙に丸を付けた張本人だが、信じられないものを見たように、顔をしかめて答案用紙をにらんでいる。うちの幼馴染をなんて言葉で称してくれているんだといいたいところだが、いい得て妙だな、とも思ってしまって言葉は継げなかった。


「あのテストで、満点なんてことあるか?計算と言葉の問題はともかく、最後のマナーと貴族社会の常識の問題、仮に月乃が記憶喪失してなかったとしても、貴族社会で生まれ育ったわけでもないあいつが完璧に解くなんてまず不可能だろ……」

「それに、凜くんの話だと三十分かからずに解き切ったんでしょ?残りの十五分はひたすら見直ししてたとか」


それに、と呟きながら峰先輩は折り目がついただけの綺麗な問題用紙を解答用紙の横に並べる。


「はじめの計算問題、桁数かなり多かったはずだよね。なのに、書いた後が問題用紙のどこにも見受けられないってことは、月乃くんはこれをすべて暗算で解き切ったってこと…………」

「いよいよわけがわからねぇ。あいつの頭がいいことなんざ元からわかってはいたが、実際にテストなんてしたことなかったからな……ここまでとは思ってなかった」


あまりに超次元過ぎるテストの結果に絶句する二人の先輩と、何を考えているのかよくわからない、沈黙を貫く風夜先輩。恐らく三者三様に驚き、戸惑いに揺れているのだろうが、僕はその状況を俯瞰してみていられるほどに凪いだ感情だった。驚くどころか、あぁやっぱりという納得の気持ちすら浮かぶ。


大方、予想していたのだ。風夜先輩がテストを提案して、れいがそれを受けた瞬間から。れいがなんの問題もなく会計を再び務めることになると確信していたからこそ、あの場で何も口を出さなかった。


この様子からすると先輩たちとしては、五分五分か、もっと低い確率での再任になると踏んでいたのではないだろうか。


「あいつ本当にどうやって解いたんだ……?華道が答えを教えようにも、そもそも問題作成に関わっていない訳だし……」


まだ、テストの謎に頭を悩ませ続ける一条先輩を横目に、そろそろネタばらしをしてあげようかと小さく息を吐く。


「一条先輩。どうしてれいが満点を取るに至ったのか、どういう方法で解いたのか……聞きます?」

「月乃、お前に話してたのか」

「話された、というかお礼を言われる中で教えられたことですが」


「お礼」という突拍子もない言葉に、一条先輩と峰先輩はわけがわからないとでもいうような不思議そうな顔をした。その顔を見て、思わず笑ってしまいそうになった。それは先輩たちに対する失礼な感情からというより、同じ感情に同調したくなる気持ちから。


――僕だって、全くもってわからない。彼女(れい)の頭の中など。


「……れい曰く『私はマナーを知らなかったんですが、のあの所作や先輩方の振る舞いから導き出して答えを書けました。だからもし合格出来たのなら、のあや先輩方の力があったからこそ』だそうですよ」


なんでそうなったんだ、とズレを指摘すればよかったやら、笑ってしまえばよかったやら、未だに正解のわからない会話を思い出して苦笑した僕の目の前で、先輩たちは絶句しているようだった。無理もない。というか僕だって、理解は出来ていないのだ。ただ、今までの経験則から、れいならやりかねないと納得しているだけで。


「そんなこと人間に出来るんだ……」

天才(れい)はそういう生き物です。記憶力、理解力、そういった一つ一つもさることながら、それらを組み合わせたときに真価を発する――応用力の天才」


天才という、時と場所によっては安物にも思える言葉だが、皆その言葉の価値を正しく図った上で、何も言わなかった。あの存在を、そうまとめるのが安直ながら一番正しいのだと思ったのだろう。また、少し沈黙が続いたが、今度は今まで一言も発さなかった風夜先輩によって沈黙の間が破られた。


「……テストの疑問点は、一先ず解けました。また、この結果を以て約束の通り月乃玲明に再び生徒会会計の任を与えます。ですが、記憶喪失の謎もありますので一週間は内々に仮内定期間として様子を見たいと思いますので、気になる行動があった際は報告を。また一週間後同じような時間を設けます」


これで、話すことは話し切ったと言わんばかりに、帰り支度をはじめる風夜先輩を見て、峰先輩が少し不思議そうに言葉をかけた。


「テストの時から思ってたんだけど……今回の月乃くん再任に関して、凛くんにしては珍しい念の入れ方するよね。何重にも再任までの砦を設けて、そんなに月乃くんを会計から降ろしたかったの?」


静かな声音だったが、思いきったところまで切り込もうとする、強い言葉の問いかけだった。峰先輩のことだから、あえて挑発するような言葉選びをして、真意を引きずり出そうとしていたのかもしれない。だが、峰先輩が手慣れているように、風夜先輩だって貴族社会の中で生き抜いてきたご令嬢だった。峰先輩の静かながら射抜かれるような視線を、細い糸をふわっと切るような自然な流れで躱すと、生徒会室の扉へ向かう。そして、僕らに背を向けたまま、ぽつりと言った。


「…………今回の件は、あくまで私なりの温情ですよ。身の丈に合わない期待を背負って、望みもしない場所で生きることほどの苦痛はありません。彼女はまだ逃げることが許される立場ですから――逃げるのなら、逃げてしまえばいと。そう思ったまでです」


誰も何も言えないまま、生徒会室の扉は風夜先輩の手によって、ぎいと重い音を立てて開かれた。そして一度大きく開け放たれると、開かれたときとは逆に、あっけないほどに軽い音を立てて、閉ざされる。遠ざかる足音が、この話はこれでおしまいだと語っていた。


「僕等も解散しよっか」

「……あぁ」

「そうですね」


珍しく饒舌だった風夜先輩の言葉の受け取り方は、風夜先輩を昔から知る二人と僕と……もしかすると、二人の間でも感じ方はバラバラで三人全員とも違ったのかもしれない。僕なんかは特に風夜先輩のその言葉の重みになにがあるのかなんて知るよしもないが、れいに対しての言葉の数々は思っていたよりも僕の色々な感情を湧き起こした。僕の幼馴染、月乃玲明。


風夜先輩は許されているのだから、逃げるのなら逃げてしまえばいいと言った。けれど何もかも規格外な彼女が運命の綾から逃げることは、はたして許されたことなのだろうか?


どのような綾の中にれいがいるのかはわからない。けれどその綾はきっとまた彼女を否応なしに巻き込んでいってしまうのだろう、と思いながら、僕は過去の彼女とただ想像することしかできない彼女の未来を想った。


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