十七話 満たして、満たされて
『あぁ……。何故私はあの方を愛してしまったのでしょうか』
私、月乃玲明の発したセリフに続くセリフが担当の生徒からどんどん紡がれていく。区切りのところまで読み切るとのあ監督から「止め」の声がかかった。
「みんなだいぶ上手くなったね〜!れいもこの前よりだいぶ進化してたよ!」
のあ監督からいい評価をもらえたことにとりあえず安堵する。ミアからのアドバイスであった共感できる感情を探す、という練習は効果絶大だったようだ。
その一環として考え、聞いた「愛とは」という疑問は普段考えることのない議題に気づかせてくれたし色んな人の価値観が知れたのはいい経験になったと思う。
だが、まだ何かが足りない。
「上達したわね!玲明」
休憩時間になり、そう声をかけてきてくれたミアに真っ先にお礼を言う。
「ミアのアドバイスが的確だったおかげです。ありがとうございます」
「そんなことないわ。玲明の実力よ」
「うーん……でもまだ何か足りないような気がするんです」
まだ何か足りないような気がして落ち着かない感覚をミアに打ち明ける。
「そう?……もう少し他の人にも聞いてみたり、自分で考えたこととか、他の人から聞いたことを分析して当てはめていけばいいんじゃないかしら?」
「分析……やってみようと思います」
「頑張ってね」
ほのぼのとした空気のなかミアからそうだ、と別の話題を切り出された。
「生徒会が今度の学園祭で新たに体育の部というものを設立するって聞いたわ。すごい騒ぎから気になっちゃって、実施要項とか聞いたら思いの外楽しそうで……参加してみたいから今日、受付に行こうと思ったのだけれどやっぱり混んでるかしら?」
ミアが懸念しているのはあの異様な人並みに巻き込まれないか、ということだろう。
「うーん……昨日、一昨日と混んでいたので今日もまだ少し混むかも知れませんね……。受付なら明日を越えればだいぶ空いてくるはずです」
これは私の見立てでしかなかったが、少なくとも今日来るよりはマシだろう。
「そうなのね。……なら来週のどこかで行くことにするわ」
「私も整備を手伝ったりしてるのでもしかしたら会えるかもですね。お待ちしてます」
休憩時間が終わり、皆それぞれ持ち場へと戻っていった。演劇練習は次回から行動をつけていくらしく、どういう動きをするかの確認作業に移った。
その確認はしっかり聞きつつ頭では体育の部のことを考える。
生徒会捧心者たちはなかなか厄介ではあったがそこからミアのように興味を持ってくれる人がいたのたらまぁ結果オーライというやつだ。
私はミアが興味を持ってくれたことや、たくさんの人が関わってくれることに対する「嬉しい」の気持ちをしっかりと受け止め、そっと心の奥にしまっておいた。
* * *
昼休みものあは忙しそうだった。
いつもなら頑張って昼休みだけでも空けておいてくれるのだが明日から大ホールを使って動きもつけていくとあって、キャストの指導者たるのあは色々打ち合わせがあるようだった。
そんな訳で私は珍しく一人で食堂へ向かう。
食堂は相変わらずわいわい談笑の声が聞こえ、賑やかさは感じるががやがやしたものではなく、やっぱりお上品さを感じた。
「お、月乃か?」
どこか空いている席はないかとうろうろしていたらこれまた珍しく一人行動の一条先輩がいた。
なんとなく一条先輩は峰先輩や白杜先輩と行動を共にしているイメージだったため一人行動は少し珍しいように感じた。
「あ、一条先輩。お疲れ様です」
「おうよ。月乃もお疲れ」
一条先輩も席を探していたらしく、二人でぶらぶらと席を探す。
たまたま二人一緒に立った人がいたため一条先輩と相席(と言っていいのだろうか……)させていただいた。
「珍しく華道居ないんだな」
届いたハンバーグを食べながら一条先輩がいった。
忘れがちだが一条先輩は六家の出。食事マナーはこちらがびっくりするほど綺麗だった。
「私たちのクラスは演劇をやるんですけどのあがキャストの指導役をやっているので、打ち合わせが多くて忙しい様で」
「あー。メルトリックハーモニーだったな。そういや前華道が言ってた」
のあが既に話していたのか、と思いつつまた口を開く。
「のあにとっても思い出の劇らしくて結構熱が入ってました」
「あいつが熱入れて指導するってどんか感じなんだろうな……。想像つかねぇ。……ところでお前はなんの係にしたんだ?」
「あ、私はメリア姫の役です」
「主役じゃねぇか!?そんなあっさり……」
と、なんだか一条先輩には呆れられた。
劇の話題でふと思い出し、一条先輩にもあれを聞いてみようと口を開く。
「あ、そう言えば一条先輩に聞きたいことがあるんですけど……」
「なんだ?」
「愛ってどんなものだと思いますか?」
「……はぁ?」
質問の意図がわからないといった顔をされる。
「愛がわからなくてメリア姫になりきれないので愛とはなんなのか知るところから始めようと色んな人に聞いて回ってるんです」
「劇に多分そこまで深く考えるのお前だけな気がする。――愛、なぁ……」
少し考え込んでうーん、と唸った後に一条先輩は答え出した。
「きっと欲の一種なんじゃないか?」
「欲」
これまた今までの人たちとも違う新しく、想像もしていなかった答えが返ってくる。
「誰かに満たされたい、満たしたい。どちらも結局自分の欲と言い換えることもできると、俺は思う。
欲って、こうであって欲しい、とか欲しいって字でもあるんだよな。
身近な人が傷ついていたらどうにかしたいと思うのも元気であって「ほしい」という自分の欲を満たすためなんじゃないか?
きっとそれを人は優しさとか、思いやるとか、愛とか呼ぶ」
他人に対する感情が疎い私にとって、それは比較的理解しやすかった。
全ては自分の欲。だが、それを愛と呼んでしまってもいいのかは胸につかえが残る。
「自分の欲を愛と呼んでしまってもいいのでしょうか……」
「お前は愛を崇高なもののように、切り離して考えすぎなんだよ。愛なんて溢れてるんだから、それに気づく気づかないは別だがな」
そこまで聞いたところでふと新たな疑問が頭をよぎる。
「愛の話繋がりで聞きますが恋愛と友情って何が違うのでしょう?」
「まだ難しいことを……。きっと友情や家族愛は自分の欲が満たされた状態を基本としてなりたつ愛で、恋愛は自分の欲を満たすように、追い求める状態を基本とした愛だと思う」
「それって終わりがなくないですか?」
「そうだよ。恋愛に終わりはない。多分、満たされた時……まぁ結婚して夫婦になる時がそれにあたるんだろうがそのときに満たされて家族愛へと変わるんだと思う。
まぁ夫婦になったからといって家族愛へシフトせずもっと、と望む恋愛関係のままってこともあるだろうから人それぞれだと思うけどな」
一条先輩の考えはすごく理解がしやすかった。ドキドキするなんて、不明瞭な言葉で言われるより欲を満たす、満たさないという考え方の方がよっぽどわかりやすい。
「あぁ、あと最後に一つ」
「……?なんですか?」
そろそろ昼休みも終わりに近づいてきたためお開きかな、と考えたところで一条先輩から引き留められる。
「お前は愛がわからないって言ってたが――お前はちゃんと愛されているよ」
誰が、誰からというのは伝えずに、それだけを伝えると一条先輩は去っていった。
(愛されてる?私が?)
一条先輩が残した最後の言葉は、私の胸に引っかかって解けない疑問となったが、その疑問に答えをくれる人は、今はいなかった。




