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花かんむりの眠る場所で  作者: 綾取 つむぎ
三章 学園祭準備編
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十五話 そこに愛はあるんか?


「……疲れた」


寮に帰ってそうそう制服も着替えずに寝台に倒れ込む。ふわふわした布団にうずめた顔を横向きにし、カーテンを閉め忘れた窓から覗く空はもう濃紺色に染まっている。


本当ならこのまま寝てしまいたいところだがそうもいかないのでお風呂に湯を溜める間、夕食を食べ、その後は湯浴みをした。


(……共感できる感情)


湯船に浸かりながら今日を思い返すと、一番に浮かぶのは先ほどあった生徒会室前の騒動より、劇の練習時にミアと話していたことだった。


あの時は早速試そうとメモ帳を開いたがあのメモ帳はまだ限りなく白紙に近い。


姫が王子に恋焦がれる気持ちがわからない。その苦しさを私は経験したことがない。

……恋焦がれる気持ちどころじゃない。



私には愛がわからなかった。



家族に向けられる親愛も知らない。恋をする恋愛も知らない。……気づいてはいるのだ。きっと私を産んだ「親」という存在はもういない。

これだけ過ごしてその単語が一言も出てこないのだから。


寂しいとは思わない。思えない。

私にとって親という存在はただ、名前だけの存在だ。これだけ普通に学校生活を送れているのなら親という存在はいらない。

必要、不必要でいうのなら私には不必要な存在だった。


でも、人と私が違っていることも最近の私はちゃんと気づいている。

他の人にとって、親という存在は絶対的で「必要」な存在だろう。きっとそれはのあも同じだ。

だから、なのだろうか。

私を気遣っているからなのか、何なのか。のあは私に親の話や過去の話を、全くと言っていいほどしない。


(出来ることなら、のあの口から……ちゃんと聞きたいのに)


そう思ってしまう私は、我儘だ。

それをのあに話してもらいたい、というのはのあの、なんらかの傷を揺さぶる行為だろう。


だから私は、のあが話せるまで待つしーー私の為にも、先延ばしにする。


私は、今のあに何を話されてもきっと悲しめない。強いのではなくて、わからないのだ。そんな私を出来るだけ隠したい。


(本当に、愛って、一体なんなのだろう)


それさえわかれば、のあに聞くことも恐ろしくはないのにな、と思いながら私は湯船を上がった。


* * *


「ミア、愛ってなんだと思いますか?」

「考え込んでいたかと思えば急にどうしたの?」


今日も学級活動は劇の練習をしていた。なにかと多忙なのあとは今日は朝から別行動であり、変わりにミアと行動を共にすることが多かった。


「演劇を成功させるためにも聞いておきたくて」


半分本当で残り半分は単なる私個人の疑問だが、あながち嘘でもないもそう聞いておく。


「うーん、愛ねぇ……。ありきたりな感じだけれどその人のことが大切だから生まれる感情、とか?」

「大切って気持ちから生まれるんですか?」

「そうね。ペットとかに対しても大切だから愛情が生まれてくるし恋愛も底にあるのは大切にしたいって感情なんじゃないかしら」

「それなら王子は何故姫と身を投げたのですか?」


身を投げるということは全てを諦めたということだ。それも恋愛で、相手のことを大切に思う気持ちがあるというのだろうか。


「んー、それは姫を大切に思ったからこそ姫の願いを叶えようとしたんじゃないかしら」


私はそう解釈するわ、と付け加え、ミアは話を締めくくった。


(大切だから願いを叶えようとした――)


その気持ちは理屈でいうなら筋が通っていて私にも理解できる気がした。


(ラストシーンの身を投げたわけは王子が姫のことを大切に思っていたから願いを叶えようとした)


そう胸中で呟きながら、台本のラストシーンにすらすらと言葉を書き連ねたところで、ミアから言葉がかけられた。


「うーん、でも玲明は色々考えすぎな気がするわ」

「考えすぎ……ですか?」

「そう。玲明は色々理論で考えようとするでしょう?それは頭がいいとも言えるけれど、同時に無駄を削ぎ落としてしまってるわ」

「無駄って削ぎ落とした方がいいのでは?」


ふはっ、とミアにしては珍しく吹き出して言う。


「玲明のそういうところは馬鹿ね」

「ばっ、馬鹿ぁ……?」


急にミアの口から出た暴言に、今度はこちらが首を傾げる。

不服であることを隠そうともせず……というよりなんなら伝われ、と思っているような顔を作った。


「人生なんて無駄を楽しむものよ。たまには何故とか、なんで、とか置いておいて目先のことだけに集中してみるのもいいんじゃないかしら?」


ミアの言葉を聞き――やっぱりわからないな、と思いながらも心の大事な所にしまっておいた。


* * *


「そこー!列を乱さないでくださーい!」


演劇練習が終わり、放課後になると今日も今日とて生徒会室前にたくさんの人が押しかけた。


とは言え今日は元から準備ができているため指示を出し、一条先輩とのあのペアを中心に私たちも整備を手伝っていた。


「たくさんの人が新しい試みにも参加してくれるのは嬉しいところだけど、ここまで来られるとちょっと複雑だね」


隣で整備を手伝う峰先輩はそう言った。

今は振り分けられたペアごと動いているため峰先輩と行動を共にすることが多い。

隣にいるのが峰先輩というのはなんだか新鮮な気がする。


「アンポンタンと月乃!そろそろ人が少なくなってきたからお前らは自分の仕事戻っていいぞ」


(あ、アンポンタン久しぶりに聞いた)


生徒会に入った最初の頃はそればっかり聞いていたな……と思うと少し感慨深い。

ここ最近は一条先輩と白杜先輩の喧嘩騒動やら学園祭の準備で忙しかったためなかなか聞かなかったのだろう。


「じゃあ、僕らは生徒会室で自分達の作業やってるから。何かあったらまた呼んで」


そう言って生徒会室の方に向かっていく峰先輩を私も追いかけた。




「月乃くん、新調備品のリストアップできた?」

「はい、一応。どこに頼むかにもよって変わりますが大体の相場で予算案も作ってみました。

確認した感じだと年度内予算にちゃんとおさまってます」


生徒会室に入り、少し前に作成した資料を峰先輩に手渡す。


「……うん、すごいよくできてる。次はどこの商会に何を頼むかのピックアップ作業やるよ」

「了解です」


二人で棚から商会の取り扱う品物、値段、商会の特徴等色々がまとまっているファイルを持ってきて新調備品のリストと照らし合わせながらどこの商会に頼むかを決めていく。


「……峰先輩、愛ってどういうものだと思いますか?」

「……急にどうしたの?月乃くんがそんなこと考え出すなんてだいぶ驚いたんだけど」


個人個人の作業になり、幾らか続いた沈黙を破ったのは私の疑問の声だった。


「ただのいつもの雑談とそうかわらないので軽く考えてください。……劇で、主人公たちは恋愛をするのですけどそれがよくわからなくて」

「そっか、メルトリックハーモニーは恋愛劇だもんね」


うーん、と言って少し峰先輩も考え出す。


「一緒にいるのが心地よくて、目が離せない相手……とか?」

「目が離せないものなんですか?」


それは恋愛だけにしかあてはまらないのではないかと思いつつ口を開く。


「うん。多分愛は全部目が離せないものだと思う。

僕にも兄妹がいるんだけどね。

小さい時からずっと自分の目に見えないところにいるときは大丈夫かな、楽しくやってるかな、怪我してないかな。ってつい心配しちゃうんだ」

「そういうものなんですか?」

「そう、仕方のないものだよ。多分僕じゃなくてもみんなそう。親愛でも恋愛でもなんでも。

僕が妹に抱くのは正真正銘の家族愛だけど目が離せないって感覚はこれからもずっとだろうね。父様にたいしても母様に対しても、ペットの福にたいしても」


そう言って峰先輩は顔を上げふんわりと笑んだ。

その笑みだけで先輩が家族をどう思っているのかは一目瞭然だった。


(離れていると見えない。見えないと相手がどういう状況かわからないから心配、目が離せない)


峰先輩の言ったことがまた心のパズルの一ピースとなりカチリとはまる。

なんとなく劇の登場人物たちの行動を理解しつつある気がした。


また帰ったらこの言葉も台本に書き留めなくては、と思いつつ仕事を早く終わらせるため手に持ったペンを動かした。





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