十話 え?
「……ぁ」
なんと情けなくて頼りないのだろう、と自分でも痛感する。
目の前の人物、白杜留紀に見つめられる俺、一条悠里は自分で赤子のようだと思った。
何か、何か言わなくては。でも、何も言葉を発せない。
こんな格好悪いところ誰にも見せたくない。ましてや目の前に知る人物には一番見せたくないというのに。
「あの、ね」
何度も何度も破ろうとした沈黙を、先に破ったのは白杜留紀の方だった。
「私、この前酷いこと言ったと思うの。私がそれを感じたのは本当だけど……一条の考えも聞かないまま決めつけるのは違ったかなって。一条はどういう思いで言ったの?」
わからない。わからないんだ。何に怒っているのか、何に傷ついたのか、今だって何の話をしているのか。
でも聞くことなどできない。何を、どうして、どうすれば。息が詰まるような感覚にもがきながら必死に考えを巡らせた。
そんな沼から掬い上げたのは掛けられた言葉だった。
「わからないことがあったら聞いて?私も説明するから。――わからないのが当たり前なのよ」
わからないのが当たり前。そう言われたのは初めてだった。
六家は「わからない」が許される立場じゃない。常に人の前を行き、「わからない」に答ええる立場にあると教育される。
――だが、目の前の白杜留紀は違った。
誰も彼もわからないことは当然だといい、一条悠里にも「わからない」を許してくれる。
一条悠里の金箔じゃなくて、その奥にある普通の一条悠里そのものを見てくれる。
いつだって光をくれるのは白杜留紀なのだ。
やっぱり白杜留紀と話す時間を、居場所を、一条悠里が一条悠里であることを許される空間を失いたくない。
――だから、一歩踏み出そう。
「俺は、正直なこと言うと白杜が何に怒って今も、なんの話をしてるか、わかってねぇ……から教えてくれると、ありがたい……」
やっぱり堂々ということは出来ずしろどもどろになりながら、でも言い切った。
そろりと俯いていた視線をあげ、顔を見ると留紀は言った。
「わからないなら教えるわ。いくらでも」
そう言う白杜留紀の顔は真剣ながら、笑ったように見えた。
* * *
「私は、父親と折り合いが悪いから交渉は無理だっていったところに一条が別にいいじゃねぇか。って言ってとりあえず白杜家の娘なんだから説得してこいって言われ怒ったんだけど」
「え?」
「え?」
「誰がそんなこといった……?」
「一条だけど」
立ちっぱなしも疲れたため地べたではあるもののとりあえず座ること数分前。
白杜に聞いたはいいものの想像を絶することを言われこちらが聞き返し、あちらも聞き返す、というのを繰り返している。
「待て、それって実際の言葉だとなんて言ってた?」
「えーっと「私に才能がないからお父様は見向きもしてくれない。会いに行けないわ。説得は諦めて」そこに対して「別にいいじゃねぇか」」
「え?」
「え?」
これをどうしたらさっきの解釈になるのだろうか。
「ただ才能がなくても会いに行っていいだろって言ったのがなんでそうなったんだ……?」
「え?」
「え?……」
『あー!!』
思わず引っかかっていたところが繋がり二人で同時に声を上げる。
「そういうことね!一条は前半部分に言ったのに対し……」
「白杜は後半部分で受け取った……ってことか」
蓋を開けてみると単純すぎるほど単純で馬鹿馬鹿しい問題だった。
「それはそうとしても家の事情を知っているのにお父様に会うのを進めるなんて……貴方にしては珍しい気がするのだけれど」
「あー、その……」
「何よ」
「この前全然家の様子を知らないから会いに行きたい、けどなんて言って会いにいけばーってぼやいてたのを聞いたから玲明の件を口実に会いにいけたら、と思って……」
ふと見た白杜が目を丸くしていたことに驚き思わず言葉が止まる。
「そんなこと……覚えてたのね」
「?……あぁ、白杜が家に帰ろうかなんていうのなかなかないから……」
そっかぁ……そっか。と、何やら一人納得して噛み締める様子の白杜。
「……なんだよ」
「いーや。またまた気を遣ってもらっちゃったなと思って」
「別に」
気なんか使ってないし、そんな大層なもんでもねぇのにな。と思うがちょっと嬉しそうな白杜を前にしたらわざわざ指摘しなくてもいいか、と思った。
「――にしても一条の言葉、あれ結構誤解を生むわよ?」
「……」
ふと話題を切り替えて白杜はじとっとした目を向ける。
実際、自分も白杜に言われたら白杜と同じようにとる人が殆どなのだろうとは感じているし返す言葉がない。
「……語学の授業は苦手なんだよ」
「知ってる。――今度図書室で一緒に勉強する?」
一拍おいて言われた言葉と共に右手が差し出される。
「……おうよ」
そういって手を取ったのが、この喧嘩騒動の決着だった。
* * *
「うまくいったかな〜」
時計塔の上でさっきまで一条先輩と白杜先輩がいた空間を見つめる人影の一人は幼馴染、華道のあ。
「かなり大きな賭けですが上手くいくと信じましょう」
のあの言葉にそう答える私は月乃玲明。言わずもがなこの作戦の犯人二人目だ。
「……にしても結界維持の魔力が尽きないの本当凄いね……」
「ほんとどうなってるんだろ」とじとっとした目で見ながら言ってくるのあに言えることは一つだ。
(解せない……)
そんなこっちの気も知らずのあは結界を張った位置を飽きずに見つめている。しかし私に見えるのは白杜先輩も一条先輩もいなくなった、ただただ普通の空間だ。
結界を張った瞬間に時空を含め、空間を切り取り、別次元に移したため、結界は管理者であるのあにしか見えないのだろう。
あの日、会議室で仲良し大作戦プランファイナル(命名のあ)を決行すると決めてから主犯二人と共犯者一人による準備はそれはそれは忙しいものだった。
まず、防御式結界という能力に関わらず大体誰でも使える結界の魔術をのあの「守護」の能力により強化させることを基盤とし、その後は私の魔力を結界維持に当てるため私が術に介入する方法やらのあに魔力を流す方法を試行錯誤したり……と、言葉にならないほどの下準備をした。
とは言え――
「この作戦、実際には一条先輩がカギを握ってるからねー」
そう、この作戦を端的に言ってしまえば一条先輩が「白杜先輩を害そう」という意識はないというところに頼り一条先輩任せにしたのである。
「「一条先輩の言動の不可解なところにも白杜先輩を害そうという意思がなければ話してどうにかなる」って峰先輩が賭けに出たのは驚きました」
他でもない一条先輩の友人たる峰先輩が丸投げ作戦を立案したのだ。成功確率は高い……と、思う。
じーっと空間を見つめていたのあの顔がぱっと綻びこちらに状況を知らせてくれた。
「なんか二人上手くいったっぽいよ!」
「そんな軽く言っちゃっていいんですかね……?」
音声こそはきって聞こえないものの、姿が見えるのあは作戦成功の雰囲気を感じ取ったらしい。
緊張の面持ちだったのあの顔も次第に緩む。
「……なんか締まりはないけど良かったよね」
「はい。上手くいったなら」
二人が結界を出た後、笑って話している姿を私も見たいなと密かに思う。……あれ?
「……のあ、その結界のあじゃないと解けないんじゃ……」
「あ、ヤバい!!一条先輩が怒り狂って最終手段に出ようとしてる!」
その後すぐに結界を解いたものの出てきた一条先輩にしこたま怒られたのはいう他ない。
しかし、怒り狂う様子の一条先輩も、まぁまぁと嗜めてくれた白杜先輩も、もう迷いの色はなかった。




