八話 正反対で隣り合わせの二人
「とはいえ共犯者っていい方なんかアレですね……」
「だって僕らは二人の知らないところで悪巧みするんだ。共犯者だろう?」
ニヤリとほくそ笑んだ共犯者こと、峰先輩。
少しだけ緩んだ空気をまた硬らせて峰先輩は口を開く。
「――早速だけど、二人が一番聞きたいであろう問題についての話をしようか」
「……白杜先輩と、一条家先輩に何があったのか……」
「そう。その問題は二人の人生そのもの。単純な話じゃないよ。――それでも聞く?」
試すような口調で問いかけてきたが私たちの中で答えは決まっている。
チラリとのあと目線を合わせ、最終確認をすると口を開いた。
『はい。よろしくお願いします』
「じゃあ、見てもらおうか。――二人の過去を」
* * *
このレティア国の中でも多大なる権力を持つ六家、その一角一条家の三男として生まれた一条悠里はたくさんの才能に恵まれた。
剣技、勉学を始めとし、なんでも出来るくらいに才があった。
――ただ一つを除いて。
一条悠里には「努力の才能」だけが手に入らなかった。
自分の好きな絵画だろうと、勉学だろうとなんだろうと、上手くなるための「努力」だけが出来なかった。それでもたくさんの才を持ったが故、何でも人並み以上にできてしまう。
そして、人並み以上の才を持ったものを放っては置かないのが世間というものである。
「なんでもできる天才」
「それでこそ一条家」
褒めて取り入ろうとする声もあれば、それと同じくらいに粗を探し、引き摺り下ろそうとする声もあった。
「女顔の三男坊」
「出来すぎていてまるで作り物」
何もしていない――何も出来ていないのに。一条悠里の身は空っぽのような気がしていた。才能も生まれ持ってしまったが故に、身に詰まっているような気がしなかった。
自分が持っている意識のないものを勝手に褒められ、持ち上げられ、出来なくなったら失望される。何もないのに僻まれ、疎まれ、妬まれる。
もし、いつか見向きもされなくなるのなら、いっそのこと始めから見向きもされなくなればいい。
身に余る羨望と期待と悪意に晒された一条悠里は、己の身を守るために誰も触れたくなくなるような不良であることを選択した。
一条なんて家の者であることは忘れ去られるように。あまりに酷い行いで、家から縁を切られるくらいになれたのなら上々。……だが現実はそう上手くはいかなかったし
そんな一条悠里は高等部に上がったある日、図書室で人知れず勉強していた白杜留紀に出会った。
相も変わらず努力など何も出来ない日々であったが彼女の姿を見るためだけに図書室に通い、勉強をするフリをしていた。
彼女に一目惚れしていたとか、恋をしていたとか、そんな理由ではなかったけれどもただ尊敬していたのだ。
毎日図書室に通って黙々と勉強をするその姿を、綺麗だと思った。
「……わからないとこ、教えられるけど」
ある時悩んだ様子の彼女に思わず声をかけたことがあった。
上から目線で、どこまでも不器用だったが彼女は怯むことなく教えを乞うた。
ただ、そうして図書室で二人が話すことが増えるにつれ一条悠里の耳にはある噂が入ってくるようになる。
「才も何もないのにこの学校に通う平民の娘」
「親のような能力をもたない」
「出来損ない」
「親にも見放された哀れな娘」
誰だろう、と最初は思った。よくよくみてみるとその声が、悪意が向けられる先は彼女だ。
あいつらは何を言っているのだろう。
あるじゃないか、努力という立派な才能が。
平民?それがなんだ。家柄だけが無駄にいい一条悠里よりよっぽど素晴らしく尊いものではないか。
そうして一条悠里は衝動のままにあたりの悪意を一掃した。幸い、人を下に見てどこでも陰口をいうような阿呆は大抵煽れば乗るような奴らであったため同じ土俵に引きずり上げるのは容易かった。
じわじわとではあるが、そうして表立って陰口に走る奴等はいなくなっていった。
穏やかになった図書室で、ある時彼女は言った。
「……知らないかも知れないけれど、私って何も出来ないのよ。魔力も一般人より少し上なだけ、能力も持たない。あなたが構うような価値を持つ人じゃないのよ……」
「魔力のことも、能力のことも知ってる。けど何も持ってないわけじゃないだろ」
「……何を」
「――努力の才能。……俺はお前のこと凄ぇと思ってる、よ」
最後になった恥ずかしさを覚え、歯切れ悪く言った言葉だった。
だが一瞬固まりもう、と言うように笑った彼女は言った。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
泣きそうな顔で笑った彼女の顔と夕焼け空を、一条悠里はきっと忘れられない。
* * *
王宮官などという高貴な身分ではないながらも王宮官に並ぶような力を持った大病院の医院長の一人娘。白杜留紀は能力を持たない。
魔術による治療を大々的に認められたのは父の経営する病院のみ。何代も前から能力を使った治療を確立してきた白杜の一族の後継者たる存在。
一人娘であった白杜留紀が能力を持たないことを人々は嘲笑った。
「白杜の娘なのに」
「これまでこのようなことはなかったというのに」
「白杜も終わりか」
「哀れ、哀れ」
本来ならば能力を持たない方が普通であったのに何故自分ばかりがこのように蔑まれることに悲嘆した。
中でも一番は父の自分に対する扱いが辛かった。
褒めもせず、怒りもせず。これが諦めというものかと痛感しながらも諦められなかった。娘と認めてほしかった。
だから努力をした。能力が開花すると言われるようなことは全て試し、魔力操作の練習をし、知識を身につけた。
努力をしていたらいつか褒めてくれるかも、と叶わぬ願いを抱きながらも。
――だが、その努力が願ったような形で実ることはなかった。褒められるようなことはなく、能力も開花せず。
それでも小等部の時から成り行きで在籍していたルトリア学園には変わらず通わせてくれていたのは父のせめてもの温情であったと思っている。
とは言え学校は王宮官やら六家やら高貴な身の上の子女が通う学校。平民、しかも飛び抜けた才を持たない白杜留紀は学校でも蔑ろにされた。
それでも最先端を行く魔術師養成機関とあって学べることも多かった。
嘲笑う人達の声を聞きながらも、身体にぶつけられながらも得られる知識を大事に拾いながら歩いてきた。
――それが、前を向いて歩けるようになったのはいつからだっただろうか。
高等部に上がり、図書室で勉強をするある時から彼はいた。
クラスメイトだとは知っていたが特に何といって気にする間もなく、ただひたすらに勉強に打ち込む日々。いつしか彼が六家の人間だということも知った。
六家の人間だと知り、話したこともないながらに嘲笑う機会を見計らっているのだとはじめは警戒していた。
「……わからないとこ、教えられるけど」
しかし、はじめて話しかけられたあの時から徐々に印象は塗り変わっていった。
――彼は酷く不器用だった。
人の期待を裏切ることや悪意を普通の人のように恐れ、嫌がり、そしてもう放っておいてほしいと願うようになるような真面目で真っ直ぐすぎる人。
白杜留紀の貴族感は塗り替えられた。
ある時から聞こえなくなった侮蔑の言葉も、それは彼のおかげだと知っていた。
しかし彼はそれをどうするわけでもなく、ただ今までのように話来るだけ。
不器用で不器用で、この世の誰よりも不器用で――誰よりも優しい人。
それが彼の印象になっていた。
だがしかし、心に巣食う黒いもやはいつもふとした時に顔を出した。
白杜留紀は誰かに何かをしてもらうような価値などない。
彼は私に何の価値もないことを知らないのではないか。
なんだか彼を騙しているような気すらしてきてある時、ふと口に出た。
「……知らないかも知れないけれど、私って何も出来ないのよ。魔力も一般人より少し上なだけ、能力も持たない。あなたが構うような価値を持つ人じゃないのよ……」
「魔力のことも、能力のことも知ってる。けど何も持ってないわけじゃないだろ」
「……何を」
「――努力の才能。……俺はお前のこと凄ぇと思ってる、よ」
努力の才能。そんなこと誰にも言われたことなかった。当たり前、義務のようなもので才能だなんて考えたこともなかった。
(そっか、凄いと思っていいんだ)
文武両道でなんでも出来る彼が認めてくれた言葉はすとんと胸の中に落ちた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
珍しく素直に感謝を受け取った彼と、彼の薄茶の髪を赤く染めた夕焼けは白杜留紀の目に焼き付いて離れなかった。




