五話 仲直り大作戦プランB
『……大失敗だね』
『……うん』
そう、私、月乃玲明と幼馴染の華道のあは今昨日と同じく空中庭園に集まり反省会をしていた。なんの反省会かは言わずもがな。
『……まぁ仕方ないって。あの状況じゃうまく引き合わせられたとしても気まずくなってただろうし』
自分も作戦失敗してしまったという意識はあれども仕方ないかなという思いもある。
『作戦、立て直しますか?』
『うーん……とりあえずプランBやってみて失敗しちゃったら作戦立て直そう。というわけでプランB行ってみよー』
『おー』
もうこの際この作戦でうまく行くのかは置いておくことにした。多分どうにかなるだろう、多分。
と言うわけでプランBへの移行が決まったのが昨日。そして今現在、私たちは図書室へ来ている。プランBの実行場所はここ、図書室。
「あ、白杜先輩いたっ!」
声をひそめながらのあが呟く。遠目から見ただけだがこの前と同じく茶色の髪を後ろで結っている上品な雰囲気の女子生徒は白杜先輩で間違いないだろう。私も白杜先輩の姿を発見したところで新たに二つの声が図書室に響く。
「だからさー苦手な歴史学教えて欲しくって」
「お前自分で勉強してどうにかなるだろ、このアンポンタン」
一人はそもそものターゲットである一条先輩。そしてもう一人は――
「峰先輩、うまく連れてきてくれたみたいでよかったー」
そう、生徒会の先輩でお馴染み峰叶斗先輩だ。
今回の作戦にあたり峰先輩には事情を説明し、協力してもらった。
この作戦の概要はこうだ。
峰先輩に一条先輩を図書室まで連れてきてもらい、勉強している白杜先輩の前に座り適当に話を振ってもらったところで峰先輩は退室してもらう。二人きりに近い状態で話せばどうにかわかだまりも解けるだろうという作戦。
やっぱり雑で仕方ない気のする作戦に不安は覚えつつ、目の前の光景を見守ることに専念する。
「というかお前の成績下がれ手強いライバルが一人減るわけであって俺が手伝う理由には――」
「とか言いつつも手助けしてくれるところが悠里くんのいいところでもあるよねぇ。あ、あそこ座ろう。あそこ座りたい、あの席じゃないと嫌だ」
「はぁっ?別にいいけ、ど……」
初めはハキハキ答えていた一条先輩だが席ーーの前に座る人物を見るなり言葉が途絶えた。
ただ、別に構わないと言質を取った峰先輩は一条先輩の様子なんかお構いなしに席の前まで引きずっていく。
「あ、白杜く―――」
さも偶然かのように峰先輩が話しかけようとした時、またもや事件は起こった。
「っはぁ!平民風情がまたせっせと勉強してんのかよ」
今まで図書室を利用してい人など一人二人しかいなかったがその一人二人の誰かの対して厄介なお客人が来てしまったようだ。
本棚の陰から様子を伺っていた私とのあだが私はまた居てもたってもいられなくなってしまって陰から飛び出そうとする――が、その気配を察知したのあから咄嗟に押しとどめられる。
「のあ」
「いい、わかってる。れいがやることを止めようとしてるわけじゃないから。でも一人で飛び出さないで今回は僕に一先ず任せてくれない?」
僕の方がこういう分野はきっと得意だろうから、とそう言って笑うのあの眼差しを心強く思い、私はのあを頼ってしまうことに迷いながら結局はこくりと頷いた。
「努力なんて意味ねぇんだって!所詮生まれだよ」
のあが柱の陰から移動している最中も謗りの言葉は絶えない。
……なぜこの学校はこんなにも性悪しかいないのだろうか?
「お取込み中のところすみません、少々尋ねたいことがありまして」
「……なんでしょうか?」
のあがにっこりと柔和そうな笑みを浮かべ、男子生徒のもとに声をかけた。
昨日の人たちよりも丁寧な言葉を使ってくるあたりまだまともなのかもしれないと一人胸中で呟く。
それはそうとしてこの切り口でのあはどう会話するつもりなのだろう、と不思議に思ったがこちらに目配せしてきた様子から読み取るに「大丈夫だから任せて」ということのようだ。
「生命魔術学に関係する魔術書が見たいのですが、お恥ずかしながらあまり図書館を利用しないものでどこにあるかわからなくって……」
「あぁ、それは……えーっと……」
男子生徒は壁に貼り付けてあった図書室の地図を見ながらさも知っていたかのように図書室の構造を答える。そうして何度か言葉を交わしたところでのあはまた微笑んだ。
「どうも、ご親切にありがとうございました。やはり見立て通り勤勉で図書室の構造についても詳しいのですね」
まんざらでもなさそうな顔をして、にやついた男子生徒を見て「え、え?それでいいの?」と思わずにはいられなかった。褒めちゃっているけれどもそれであの高飛車な行動を諫める何かになるのか?と私の頭は疑問符で埋め尽くされた。
「やはり図書館を使って努力なさっている方だからでしょうか……努力って大切ですよね」
「……そうですね。貴族ならばもとの素材の良さに加えて努力して己を磨くべきでしょう。平民は元があれなので……言わずもがなですが」
その言葉に対しても反論しないまま愛想笑いで流すのあにやきもきしだした頃。のあが一瞬薄く微笑んでこちらを見た。
そして、その視線の真意をつかみ切るより先にのあの行動で何を意味したかったのか私は理解することとなる。
「さて、それでは私もそろそろ教えていただいたスペースに行ってみることにしますそれでは……ってああ!!」
「!?」
「こんなところに古い地図が張ってあったもので、これを見て思い出したのです。そういえば少し前に棚の位置を整理して変えたとのお話があったな、と」
その言葉を聞いた瞬間男子生徒は恥ずかしさで赤いのか青いのかわからないような顔で顔をひきつらせた。
「あ、ああ。そういえばそうでした。そちらの棚にはあまりいったことがないので忘れていました。そういえば確かに棚の整理をしていました」
「あれ?でもそのあと元に戻していたんでしたっけ?」
「なっ!!」
「すみません、あまりご存知でないことを聞いてしまって。こんな方あまり人もいきませんから、相当な勉強家でないとわかりませんよね。自分で歩いて散策してみることにします」
にこやかに諦めの言葉を告げたのあだが、持ち上げられていい気になっていたあの男子生徒にとって、実質として知ったかぶりがばれ、わからないことを晒すというのは相当堪えることだろう。
「あぁ、それと先ほどは大きな声を上げてしまってすみませんでした。ここは図書館ですから、大きな声を上げてはいけませんでしたよね?」
そして仕上げにそう含みを持たせて言えば、男子生徒はとうとう居たたまれなくなって足早に何処かへ行ってしまった。
こうして見ているとのあは本当に敵に回したくないと思わされる。
総評、流石のあ。
暴言を受けていた生徒と何か言葉を交わしているのあに駆け寄ろうとしたところ、別の方から聞こえてくる聞き馴染みのある声に私は再び棚の陰に身を潜めた。
「……あ、一条さん!ちょうどいいところに!あなたのご友人のご友人があなたのことを探していると……」
「ん?あ、おう……」
知り合いと思わしき人物に言われるがまま二つ返事で答えた一条先輩は席を立ち、引きずられて行ってしまった。ふと気が付いて周りを見渡しても白杜先輩はどこにもいなくなってしまい唯一、残っていた峰先輩だけがこちらの存在を認識してちらりと申し訳なさそうな視線を送っただけだった。
* * *
「……まーた失敗だね」
私たち以外、誰もいなくなった図書室でのあはポツリと呟いた。
「また、ですね」
「……上手く行けばよかったのになぁ」
といいつつも、私にはこの作戦がいまいち革新的に何かを変えられるようなものには、あまり思えていなかったのだ。
でも、これでできるかもしれない。そしたらいいな、なんて思いながら。
しかし失敗を悔やむ様子をみて、のあはもしかして作戦が雑なことに気付ずかず本気でやってたのだろうか?と私は頭に疑問符を浮かべた。
しかし、それを話すか話さないか悩み始めたたりで意外な形で答えは出された。
「――れいは不思議に思った?杜撰な計画だ、って」
「気づいていながらどうし――」
「あんまりね、本人達の深い心情に関わるべきじゃないと思ったから」
私の疑問を遮るようにのあは言った。のあの答えに何も言えなくなる。
「……あの二人、何かありそうでしょ。他の誰かに踏み入れられるの嫌かなって」
僕もそうだから、と呟く声は聞こえない。聞こえないし、そんな陰なんて感じさせないくらいに穏やかに言っているのに、そんな様子を感じ取ってしまったのは、なぜだったのだろうか。
しかし、のあの体験と今の言葉の意味が関係あろうがなかろうが、確かにのあの言う通りなのだ。他人に踏み入れられたくない領域というのは誰しもあるのだろう。
細かく詰めた作戦にはそれ相応の情報が必要になる。のあはそれをよしとせず簡単な計画ばかりを立てたのだろう。
「簡単な作戦で仲直りできるならそれがよかったけどね」
のあにはのあの考えがある。やっぱり人には人の考え方があって推し量るだけじゃわからない。
でもきっと自分の思い描いたものが絶対になるの先輩達が愚かだ、とかそう言う話じゃなくて人間誰しもあるものだろう。
今回の件、先輩達はそれが頑なすぎるのだ。
「時が解決する問題もあれば逆に溝を深めていく場合もある。――今回はきっと放っておいたら溝が深まる方の問題、と僕は思う」
「……同意見です」
「――ねぇ、ちょっと今更なこと聞いてもいい?」
こちらを見ようとはせずぽつりとのあが問いかけてきた。
「……?かまいませんが」
「人の問題に関わるって実際とってもしんどいと思う。だかられいが苦しい思いするならこっから後は全部僕がどうにかできるように――れい、玲明さん?ちょっとそのじとっとした目をやめていただけるとありがたいのですが……」
のあの主張を聞き、思わず半眼になっていった。
「のあは私を幼子か何か勘違いしてるんじゃありませんか?私だって記憶がなくて思い出せないこととか頼らなくては行けないことは沢山ありますでも――」
「ちゃんと自分の責任ややるべきことはわかっているつもりです」
のあはゆっくり目を見開いていった。そして緩く眉を下げ、頼りない笑みを浮かべた。
「しんどかろうが自分の責任からは逃げちゃだめです。今回の件を引き起こしたのは元はと言えば私のせいですし落とし前をつけるのは私です。なんならのあが私に全部任せてほっぽってもいいくらいです」
「この前も言った通り僕はれいに恩返ししたいんだかられいの荷物は半分どころかなんなら全部持つつもり。僕にも手伝わせてって言ったらなんていう?」
のあはちょっとズルい気がする。そんなこと言われたらやっぱり頼りたくなってしまうではないか。
「……協力してくれますか?」
「もちろん!――てことでラウンド二開始!!」
――と、気合を入れ直し心持ちを新たにできたことで問題解決に向けた新たな戦いの火蓋は切られた。




