二話 恋心か親心か
僕、華道のあは一条先輩に例の提案の答えを伝えるべくれいの意思を確認した翌日の昼休み一条先輩の教室へと向かっていた。
「じゃあ明日、明後日にでも会えるように約束取り付けとくわ」
そう一条先輩は答えた。要件は済んだし立ち去ろう、と教室の反対方向を向くと一条先輩に呼び止められる。
「せっかくだしたまには一緒に昼飯でもくわねぇか?」
「……わかりました」
なんだか珍しい、と警戒もしつつ食堂へ向かう廊下を歩く。
「お前の警戒心強いところはいいところでもあるがそんなに気を張りすぎると疲れると思うぞ」
「警戒させてる張本人に言われたくはありませんね」
ただ逆に今のところ、この学園である程度警戒せず話せるのはれいぐらいかもしれない、とも思った。
「というかお前の警戒って大体あいつを守るためだろ?あいつだって子供でもあるまいしそこまで警戒しなくてもいい気もするが……そもそもお前らってどういう関係なんだよ。生徒会にきた時からイマイチ掴めねぇ」
「……正確に言えば少し違うような気もしますが、言うなれば家族に近いでしょうか」
「へぇ……家族。てっきり恋人のようなものかと思ってた」
僕たちの関係を言葉にすると言うのはなかなか難しい気がした。
僕は基本的に褒められたりこの前の間接キスみたいなことに照れるには照れるけど別にれいだからってわけじゃない気がする。恋心……と言うのはまた別だろう。この感覚はそんな燃え上がるようなものではない。
「少なくとも恋人ではありませんね。ただ異性で距離が近いとどうしてもそう思われがちな気はしますが」
「そういやお前らから家族の話聞いたことなかったな。お前らの家族は元気に――」
「僕たちに家族はもういません」
静かに目を見開いた一条先輩に続けて説明をする。
「僕は八歳の時に、れいは翌年の九の時に。僕や、れいの両親は死にました」
そうか。と悲しそうな顔をしながら一条先輩はつぶやいた。ところどころに見える相手を気遣う姿勢はきっとこの人の素の優しさ故だろう。打算高かったりガラが悪かったり警戒はする相手であるけれど底根にある優しさは本当のものだと思っている。
「――両親のいない僕たちはお互いがお互いの生の証明だったんです。どこで、どうやって過ごしたか、なんて記録に残らないものでも本来親や周りの人が覚えておいてくれます。
……でも僕らにはそんな存在、お互いにしかいなかった」
話しながら自分で自覚する。たまに胸の中を占める不安の感情はれいの記憶が戻らなくて――自分の生の証明が消えることだ。
れいに助けられた恩が占める部分も多いが、きっと大部分は自分のためだ。れいが死んだら、記憶が戻らなかったら。自分だって所詮打算で動いてしまう人間なのだ。
恋するなんて、汚れた自分にはおこがましいと思う。一条先輩の予想した恋人なんて尚更だ。れいは高潔で、綺麗で、でも純粋故にそのままにしておいたらあっという間に暗闇に飲み込まれてしまう危うさもあるのだ。だから僕は過保護になる。
「醜いでしょう?れいのため、れいのため、と言って貴方がたを警戒しながら一番れいに価値をつけているのは僕だと言うのに」
少し考えるようにして、今まで聴き役に徹していた一条先輩は口を開いた。
「……多分、お前は自己肯定感が低すぎる、んだと思う。だから自分を責めるばっかで勘違いして本当に思ってることとか相手の意思とか色々ちゃんと見ずに全部投げ捨ててるように見えなくもない。少なくとも俺にはそう感じた」
「一条先輩に励まされるなんて不思議な感じですね」
「うっせ。俺は思ったこと言っただけだからな」
ふんとそっぽを向いた一条先輩だがきっと先輩なりに励ましてくれていたんだろう。
「にしても先輩って割と人をよく見てますよね」
「……ただ今回のお前に似てるようなやつを知ってるだけだ」
自分に似てる人が知り合いにいるのだろうか。ふと聞こうとしたが食堂につき、この話は打ち切られたまま誰なのか聞けることはなかった。
* * *
「よし月乃、華道。白杜に会いに行くぞ」
そう告げられたのはのあが返答を伝えに行ってから3日後の生徒会室にてだった。
「え、まだみなさん作業……」
そう私が呟いたが一条先輩は言った。
「なあ会長、今日のノルマは全部終わってるし行くなとは言わねぇよなぁ」
挙げ句の果てに会長を脅し出す始末である。
「どうせ行くなと言っても行くでしょう。今日の分が終わらせてあるなら言うことはありません」
峰先輩との打ち合わせ中だったため、珍しくこちらの声が通った風夜先輩はそう答えた。いや、いいのだろうか、とは思うがとりあえず許可はおりた。
「じゃあ行くぞお前ら」
気がつくと押し切られたのあと私は一条先輩の後に続き、廊下を歩いていた。
「そういえば白杜先輩ってどういう人物なんですか?」
そうのあが問いかけた。確かに聞いたことなかったが気になるところだ。
「えー……。お淑やかな見た目に反してクソ真面目でうるさい」
全く想像つかない。申し訳ないがこの説明で分かるわけもない。
「他に情報ないんですか……」
「合ってるかはわからない俺の主観だが努力家。後は――多分優しい、と思う」
私ものあも目を見開いた。この一条先輩が他人に対してそんな評価をするなど想像もつかなかったのだ。割と失礼だがそもそもこの先輩が他人のことを考えるところから意外だ。
「ぼんやりとなら想像できた……ような」
のあが無理やり捻り出したように言う。最後の二つの情報なら割とイメージつくのだが最初の情報が邪魔してくる。
「そんなに考えなくても当の本人に会えば掴めることだろ。ほら、ついたぞ」
そう言って立ち止まった場所の目の前にあるのは大きな扉。何度も感じた感覚だが初めての場所に入るときはいつもこの扉が重く、重圧感のあるものに見える。
――ギィィィッ、と扉を開ける音だけが響く。
扉の先の空間は静まり返っていて一人の少女だけが座って読書をしていた。
窓から見える夕焼けが照らす人物は茶色い目と髪を持つ人物で長い髪は後ろでまとめて結われている。パッと目を引くような華や可憐さはないが、上品な雰囲気と芯のある美しさの少女だった。
風に髪を掬われ顔をあげ、こちらの存在に気づいたようだった。
「一条。事情も詳しく話さないまま呼び出してーー……!あら、ごめんなさい。そう言えば私にお客さんがいると聞いていたのに。貴方たち二人が一条のいうお客さん……よね?」
一条先輩事情説明してなかったのか!?とのあと私は見合って落胆する。この案件について説明不足なのは非常によくないのではないか。慎重に行こうと決意すると――
「突然だがこいつらがお前の親父に会えるように場を作ってもらえないか?」
一条先輩がオブラートも何も用意せず直で言いに言った。やばい、やばい!と焦る私とのあ。
「え、私に……お父様の説得を……。一条、あなたなら知っているでしょう。私とお父様の関係。私に才能がないからお父様なんて見向きもしてくれない。そんな私に交渉なんてできると思ったの?」
少し悲しそうに呟く白杜先輩に私はすみません、と断ろうと口を開いた――がある言葉にかき消されて聞こえなくなった。
「え、別にいいじゃねぇか」
一条先輩が完全に地雷を踏みにいった瞬間であった。




