四十話 たまに性格悪い無自覚系天才少女
「たっだいまー」
雑談を始めてからはや一時間。私、月乃玲明が思うより早く時間は経っており、ふわっとした声と共に峰先輩が帰ってきた。
「峰先輩、お疲れ様です」
私たちは、書類を書いていた手を止め、峰先輩にそれぞれ言葉をかけた。
……が、はじめのころにした話題が尾を引いており、すこーしだけ、空気が重たい。
気のせいといえば、気のせいと言えるくらいの微妙な重たさ。
そういう空気に聡い峰先輩は、気づいてか、気づかないでか、中くらいの大きさの紙袋から幾つかの包みを取り出した。
「それは?」
やっとこちらの世界に帰ってきた風夜先輩が、いち早く峰先輩に訊ねた。
「クッキーだよ」
峰先輩はそう言いながら、手のひらより少し大きいくらいの小包を机の上に置く。
「うちのクラス、バザールだからこういうクッキーとか色々作ってるんだけど、ここにあるのは形が崩れちゃってお店としては出せなくなっちゃったクッキー達。
誰かもらってくれないか、探していたらしいし、みんなの差し入れにちょうどいいかなーって」
「いい匂いだし、美味そうだな」
一条先輩が、包みに手を伸ばす。
たしかに、鼻に意識を集中すると、ほんのり香ばしい匂いがする。甘いような、でもさっぱりした匂い。
食べ物は匂いだけでも幸せである。
「これは、何味のクッキーですか?」
匂いからではあまりわからなかった部分が気になり、ふと聞いてみる。
「えーっと、こっちの茶色っぽい包みが、ココア。
こっちのクリーム色の包みがバニラ。後は……」
その言葉を聞いた瞬間、二名がばっ、と動いた。
「俺、バニラ」
「僕は、ココア希望です」
一名は、一条先輩。もう一名は、のあ。
「いいよー。はい、どうぞ」
凄い速さと、迫力で、詰め寄るようにクッキーをねだったにも関わらず、峰先輩はほのぼのとクッキーを渡した。
「どうも。美味しく食べさせてもらうわ」
「ご馳走様です」
……まぁ、ちゃんとお礼をいうところは偉いと思う。
しかーし、二人とも大人気なかった。
「いやー、バニラって美味いよな。多分この世で一番」
一条先輩が、そう呟き出すと――
「なんかほざいている方がいますけど、ココアこそが至高。この良さがわからない人いるんですかね?」
のあが、反撃し出した。
「やんのか?」
「お相手させていただきます」
………………そして、今に至る。
* * *
「ココアのどこがいいんだよ!?!?」
「バニラのどこがいいんですか!?!?」
お互いが叫ぶ。
……いや、もうこれ本当にどうしよう。
まだ、時間的な余裕はあるものの、この勢いで論争が続いていたら、万が一出発時間になっても続いていた場合に困るし……。
そんな、私の心配をつゆ知らず、二人は白熱した議論を交わす。
「バニラはシンプルでいいじゃねぇか!!甘ったるくもない程度の程よい甘さが上品で、何にもあう。
シンプル、イズ、ベストだ!!」
「どの口が上品を語るんですか」
不覚だが、のあのその言葉には、微妙な顔になってしまった。
……なんかわかる。わかりたくないけどわかる。
あの一条先輩が、上品とか言い出すと、基準が狂う気がする。と、言ってもご本人は、名家の出なので多分舌は肥えてるだろうし、上品は、本当に上品なのだろう。
「ココアはいいですよー!?ほんのりある苦味が、クッキーの生地をより引き立てて、バニラ以上に上品、かつ苦味というのが、また大人向けの味わいを生み出しているんです!!」
「はーん、甘党がなんかほざいてやがる」
…………一条先輩が、すかさずちゃちゃを入れたのだが、こちらもなんかわかってしまうのが悔しい。
のあは甘党だ。それもかなりの。
そんなのあが、ほろ苦を語ってもなんかあまり説得力がない。……あ、でも甘党だからこそ苦味がよくわかるのはあるだろうか。
主張を聞くかぎり、どっちも引けをとらない戦いだ。
……と、一人なぜか審判をしている内に、マウント合戦が始まった。
「だいたい、ココアなんてチョコと何が違うんだよ」
「うぐっ!!」
「そ、それならバニラとプレーンの何が違うんですか」
「ぐはぁ!!」
……本当に、これ決着つかない気がする。
この時の私はそんなことを呑気に考えていたのだ。
さっさと逃げればよかったものを。
「よし、こうなったら他の奴らに決めてもらおう」
「そうですね」
おっと?
おっとぉ?
「月乃、お前はバニラだよな?」
「れい、ココアだよね?」
飛び火した。完全に飛び火した。
二人はギラギラとこちらを見つめており、圧が凄い。
下手なこと言ったら殺される気がする。
誰か、誰か……と、視線を漂わせていると、端っこでポツポツと会話をする峰先輩と、風夜先輩の二人が。
「峰副会長、他には何味がありますか?」
「えーっと――が、あるけど」
「それなら私はそれで」
これだと決意を固めぱっ、と目を開いた。
「私は――」
二人が、じっとこっちを見る。
「私は――いちご味が好きです!!」
『いちご味ぃぃぃぃぃ???』
二人が全く同じ言葉を吐いた。
「いちご味は、ココアとチョコ、プレーンとバニラのように被るものも何もありませんし、王道です。
好きな人も多いと思いますよ。
風夜先輩、峰先輩は何が好きですか?」
私も巻き込まれるのなら、二人も巻き込んでしまおうと、話題を振る。
「私、ですか。……バニラ、ココアも好きですが強いていうなら、いちごが好きですね」
「僕もいちごかなー。普通に美味しいし」
勝った、と一人心の中でガッツポーズをした。
「…………と、いう訳ですので負け陣営お二人が論争する必要はどこにもありませんよ。
せいぜい、いちご味という第三陣営を潰せるよう、頑張ってください」
『ま、負け陣営……』
それだけ言葉を放ち、いちご味のクッキーを峰先輩から受け取ると、「のあ、先に行ってますよ」と声をかけると、一度だけお辞儀をして生徒会室を出る。
「……あいつたまに性格悪くなるよな」
「言わないでください。毒を吐くのも無自覚なんですから」
先に出てしまった私には聞こえないとわかっていながらついた悪態は、やはり私の耳に伝わることなく静かに地に落ちた。




