三十七話 二日目の始まり
あまり音の響かないカーペットをありがたく思いながら私、風夜凛は、女子寮の廊下を歩く。
「…………はぁ」
余計なことを、言ってしまったのではないかと少し我に返った。
いつもの「風夜凛」は、わざわざ人に感情を悟らせないようにしているし、月乃会計とも一定の距離を保つようにしている。
私は、月乃会計のことを、知っているかと言われれば、そうだとも言えるし、そうじゃないとも言える距離感。
何故、数々の助言もどきをほざいたのか、アドバイスなんていい出したのか、私のことなのに、私じゃないみたいにわからない。
だけど、どうしても伝えたかったのだ。
今日が、楽しかったことを。
――のことに、悶々と考えたりもしたけれど、楽しかった。生徒たちが喜んでいるのが嬉しかった。
私が、私でいられる時間であった気がした。
月乃会計への情とか、それはあったかどうかもわからない。けれど。
月乃会計にも楽しんでいてほしかった。
ただ、それだけの私の我儘。
そうこう考えているうちに、足は自然と自室の前で止まっていた。
さっき、出てきたのと同じような扉。
出来るだけ、控えめにドアノブを引いても、ぎぃという音が鳴った。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
扉の音が鳴ったからではないだろう。
恐らくその前から、私が帰るのを待っていたのであろうメイド数名が、頭を下げて帰宅した主人に挨拶をした。
「こんな時間まで待たせてしまってすみません。生徒会の確認に回っていたのですが、ことの他時間がかかってしまいました」
「お気になさらないでください。私どもはそれがお役目なのですから」
私の家に勤めて長くなる、メイドがそう言った。
「……何か、私がいない間に連絡は」
「お屋敷の方より「明日、旦那様が学園祭にお越しになられる」との、言付けを預かりました」
「そう、ですか」
バレないように、少しだけ服の裾を握った。
……やっぱり、私が私でいられる時間は少ない。
だから、あれくらいの我儘なら、許されるだろうか。
そう、私はどこにいるかもわからない神に問いかけた。
* * *
昨日と同じくらいの早朝に目覚め、今日は珍しく私、月乃玲明一人で一番初めに集まる生徒会室まで向かった。
「あ、おはよ~。ちゃんと眠れたかい?」
どこからか、声が掛かった。と思えば私より早くに来ていた峰先輩だったらしい。
「おはようございます。結構ちゃんと寝られたので、頭もすっきりしています」
それはきっと昨夜、風夜先輩との話で気持ちが安定しているのもあるだろう。
ミアとのことやら、のあのことやら、色々考えたいこともあるけれどひとまずは大丈夫、とだいぶ前向きな気持ちになれている。
「それならよかった。一日目に来賓枠の人達はほぼ皆来たから、今日は僕らも裏方のほうに回れそうだしちょっとずつ学園祭回れる時間とれるらしいよ」
「それは楽しそうです」
昨日は凄く視野が狭くなってしまって考えている余裕がなかったのだが、他の学級の出し物はどうなっているのだろうか。
いわれてみると、途端に気になりだすものである。
「回る時間をとるためにも仕事、頑張らないとですね」
「そうだね。今日も頑張ろう」
そう、話していたところでこんこん、とドアの向こう側から音が響き、のあ、風夜先輩、一条先輩の三人が入ってきた。
「……月乃会計と峰副会長はもう来ていましたか」
もう、昨日のような風夜先輩ではなく、いつもの淡々とした風夜先輩だった。
けれど、風夜先輩に、支えになる言葉をくれた事実は変わらない。
「お……おはようございますっ!」
少しつっかえてしまったが、昨日はありがとうございました、という意味を込めて、いつもより幾らか元気に挨拶をしてみた。
「おはようございます、月乃会計。元気そうでなによりです」
風夜先輩が態度を変えることは、やっぱりなかったけれど、「元気そうでなによりです」という言葉が、風夜先輩なりの返答のようにも思えた。
「峰副会長も、おはようございます」
「おはよう、凛くん」
ほかの面々も軽く、挨拶をかわしだし、それもひと段落つくと風夜先輩が次の行動の指示を出した。
「全員そろったようですし、確認会を始めましょう」
* * *
「――……と、いう訳で昨日伝言が回ったと思うけど、警備員の位置変更につき管理塔を気に掛けること。これ結構大事だから忘れないようにー」
「お前が一番忘れそう」
「悲しいけど全くもって同感かなー」
確認会が始まって早数分。相変わらず、生徒会ときたらにぎやかである。
「一条庶務、いちいちつっこんでいたらことが進まないので、次行きますよ。そして峰副会長、忘れないよう努力してください」
『…………』
そして怒られる二人の構図。なんだか改めてみてみると、にぎやかというよりうるさくて……でも、大切な、楽しい日常。
「……峰副会長だと埒が明かないのでここからは、私が引き継いで話します。
今日も昨日ほぼほぼ変わりはありませんが、今日はは少しずつ自由時間を取れるようにスケジュールを組みました」
「やったー」
また、峰先輩に冷ややかな視線が向けられた。…………これも日常である。
けれど、今から確認するのは「非日常」のこと。
「それぞれ学級の方での担当もあると思いますので、事前聞いておいた、学級の方との兼ね合いも合わせて一名から時には二名程度、同時に自由時間を作ってあります」
ひらり、と風夜先輩は紙を取り出し、こちらにも見える位置に差し出した。
「八時から活動開始なので、人の出入りが多い最初の十五分くらいは誰も動けませんが、八時十五分から九時十五分、その時間は最初に峰副会長が回ってきてください」
「え、僕行ってきちゃっていいの?」
「大丈夫だっつーの。お前ひとり抜けたぐらいじゃ何ともなんないって」
それなら……と、峰先輩は少し困った様に笑いながら了承した。
二人から進められたらやはり断りずらいものなのだろう。
「そして次に、月乃会計と華道書記。おふたりの学級劇は二度公演があり、それなりに時間もとられることになるので二回に分けてになりますが……」
「全然大丈夫です。わざわざありがとうございます」
「僕も大丈夫です」
「よかったです。それなら、お二人は峰副会長が戻り次第……――」
こうして、昨日の終わりとは真逆の、爽やかな「今日」が、始まった。
しかし、今日、この二日目。
多少のトラブルを想定していた者はほぼ全員……だったのだが、あそこまで大変なことになる、とは誰も予想できないまま、この二日目は始まった。




