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花かんむりの眠る場所で  作者: 綾取 つむぎ
四章 学園祭編
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三十六話 先輩からのちょっとしたアドバイス

「今から、ですか?」


風夜先輩の言葉を、私、月乃玲明は反芻した。


「えぇ、記憶を取り戻したところでどうなるのかわからないのなら、記憶に全てを期待するよりも、「今から」精神的な成長が得られるように、意識的に生活してみてはいかがですか?」


……確かに、風夜先輩の言うことは説得力がある。


目に見えないものに期待するより、自分で作り、積み上げていく方が堅実だ。


「でも、精神的な成長って言ったって……」

「特段何をした方がいい、なんていうものはありません。人間なんて生きているだけで成長する生き物ですから、そのままの月乃会計でいいと思いますよ」


風夜先輩は、またそう返した。


本当に、言う通り。しかし――


「浮かない顔ですね」

「…………はい」


風夜先輩にも、指摘されてしまった。


「なんだか、ただ生きているだけで自分如きに成長があるだなんて思えなくて。

それ以外に何か出来ることがある訳でもないのは分かっているんです。けど……」


「しかし、自分に自信が持てない、と」


その言葉に、こくりと頷いた。


本当、なんで折角提案してくれたのに、「はい」と素直に頷くことが出来ないのだろう。面倒くさいにも程がある。


なのに、こんな私に向かって風夜先輩は、まだ未来に向けての提案をしてくれるのだ。


「それなら、自分を信じることは諦めましょう」

「え、えぇ……?」


提案に対してうだうだ言ったのは私のほうなのだが、そんなに簡単にあきらめていいものなのだろうか……?と疑問に思ってしまう。


「今日の月乃会計は、驚いてばかりですね」

「まぁ……。なんだか自分の考えていたことと違うことが多かったので……」


また、風夜先輩は、ふぅと呆れるような、でも仕方ないなぁともいうような息を零すと言葉を紡いだ。


「それはそうでしょう。先ほど言ったように皆、それぞれ生まれ持った気質が違えば育つ環境も違う。

同じ考え方など、何一つとしてないものです」

「……そう、ですよね」


自分を普通でないとわかるならば、普通だと思う基準の考え方がある。


やっぱり、風夜先輩の言う通り、同じ考え方などない。


「色んな人に聞いて回るって、あんまりしないことのようにも思いますけど、大切なことなんですね」

「子供は、気になったことをなんでも聞くでしょう?

結局は、あれが成長の原点ではないかな、と私も思います」


なんでも人に聞くな、という人もいますけれど。と風夜先輩はぽつりと呟いた。


そういう人もきっといるのだろうとは思うけど何だかちょっと悲しいな、と思った。


「……それで、自分を信じないというのは」

「あぁ、話が逸れていましたね。自分を信じられないというのなら、他の誰かの言葉を信じればいいんですよ」


他の、誰かの言葉。


「誰でも彼でも信じればいいという訳ではありませんが、月乃会計が信頼するに足る、と判断した人の言葉なら、きっと、大丈夫」


それは、風夜先輩にしては、珍しい、感情的な話の混じった言葉であり、理論のように信憑性がある、ないだけでは語れない話。


でも、そんな言葉に、私は暖かさを覚えた。


「「今から」それに、実践してみようと思います」

「頑張ってください」


少しだけ、風夜先輩の口角が、上がった気がした。


* * *


「さて、長居しすぎましたしそろそろお暇させていただきますね」


幾らか、雑談をした後に、風夜先輩は立ち上がった。


「すみません。何も出さないで」

「気にしないでください。勝手に来たのはこちら側ですから」


そんな社交辞令じみた、ある意味いつもの風夜先輩らしい言葉を交わし、ついに扉まで辿り着く。


校舎よりは幾らか簡素だけれど重さを感じさせる扉。


そんな扉のドアノブに風夜先輩は手を掛け、引こうとした、その瞬間――


「………………あぁ」


ふいに、風夜先輩はこちらを振り返った。


「月乃会計」

「はい」


風夜先輩は、いつもと変わらない口調、調子で、私を呼ぶ。だが――


「今日は、色々語りすぎたので、これ以上語ると言葉が薄くなる気がして嫌なのですが……最後に」


「――()は今日、楽しかったです」


いつもは言葉にすることのない、直接的な感情を、風夜先輩は、語った。


「……!」

「色々、楽しかったんですけど……特に、体育の部、意外と楽しかったんです。ちょっと色々あったりもしたんですけど、楽しかったのも()の本音。

だから、やっぱり、楽しいとかそういう感情っていいなと思いまして」


「楽しいに正解なんてないので、難しく考えず自分が楽しいと思うまま、それを享受してください。……先輩からのちょっとしたアドバイスです」


その音の余韻が、断ち切れる前に、風夜先輩は「今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします」と言葉をつなげ、扉を開けると去っていった。


私が残るこちら側の空間には、風夜先輩が来る前と同じ、暗闇だけが残っていた。


でも、こんなに違うのは、なぜだろうか。


(色々話しすぎて、理解していないこともあるけれど)


風夜先輩のアドバイスやらほかの言葉を信頼するなら。




きっと、今。私は嬉しい。




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