三十四話 わからない
目の前にあるのは朱い焔。
ただ、部屋に帰ってきて真っ先に付けた、照明用の焔。
真っ直ぐ燃えていたかと思えば、途端に不安定になったり、パチッと音を立てる、燭台の焔。
そんな火に、用があった訳でも、何でもなかったのに、たまたま燭台の方を向いて歩いていた私、月乃玲明はその焔に目を奪われた。
(揺れてる)
思ったのは、ただただそれだけだった。
火なのだから、風が吹けば揺れ、消えるのも当たり前だというのに、私はどうしてかその焔に意味のような何かを、見出そうとしていた。
中央から、上にすぅっと上がっていく、朱くて、黄色くて、白い光。
上に伸び切ったその光は、空気に溶けてなくなって、「あぁ……」と、物悲しさを覚えると同時に、ちらっと残滓を見せたりする。
その焔が、いつかと同じく私のように、見えてしまったのだ。
ハロウィンの時だろうか。愛が何だかわからなかった私は、いろんな人に聞いて回って結論を出そうと、焔を見つめながら一人ぐるぐると思考を巡らせた。
その時の私は、目の前で強く燃える燭台の火を、自分の心のようだ、と喩えた。
いつもなら、私はそんな人間ではなかった。と、その言葉を撤回するだろう。
でも、この火は、見れば見るほど私のようだと――
本来は宙に溶けたらそのままなくなるはずの焔。でも最後のあがきとばかりにチラッと見せる残滓の光……その光のような存在が今の私ではないかと。
勝手ならがに重ねて考えてしまったのだ。
「はぁ…………はは」
ため息のなりぞこないが、笑いになってこぼれた。
燭台の上で焔が躍るだけの暗い部屋に、独りの笑い声が部屋に満ちた。
あぁ、くだらない。
こんな火が私のようだなんて喩えても、なんにもなりやしない。
そんなことを考えたって、何も変わらない。
私の、急に何でもないことで落ち込むメンタルも、不安定な情緒も、面倒くさいところも何も、変わりはしないというのに。
…………変わりはしない、なんていったって、そもそも私は本当に変わりたいと思っている?
変わりたいという思考は、正しい?
何もなせないのに。
何もわかっていないのに。
望んだところで何も変わらないのに。
何を、望むの?
――なにが、ただしいの?
思考が、黒く塗りつぶされたその時。
「………………月乃会計。いますか?」
扉を、叩く音がした。
* * *
「こんな時間にすみません。追加で生徒会の確認事項が入ったので伝達に来ました」
「お疲れ様です。すみません、暗いですが……」
「いえ、お構いなく」
突然の来客……生徒会の先輩である、風夜凛先輩の来訪に、私は泥沼のような思考をかき消すと風夜先輩を部屋に迎え入れる。
今まで座っていた、机の元まで案内するとさっきまでと同じ位置に自分が。向かい合った反対位置の席に風夜先輩が、座った。
「早速本題なのですが、反省会でも話題に上った今日の受付での保護者と、生徒の衝突。
あの件を踏まえて、副会長並びに教師陣と話し合った結果、ホールの警備員を増やすという対応をすることになりました」
「警備員はどこからの移動になりますか?」
「魔術回路管理塔から、人員を移動させることにしました」
魔術回路管理塔……?と、聞き覚えのない単語に首をかしげると、風夜先輩は私の様子に気づいたらしく説明を加えてくれた。
「すみません、あまり馴染みのない場所でしたね」
「はい。初めて聞きました」
「魔術回路管理塔は、大ホールの北東側に位置している森の中にある塔です。
基本的には学園敷地内の水道や、普段は使えませんが学園祭期間内ではよく使う、風魔術による音声拡張術なんかの調整をする場所ですね。ここがないと私達の生活も立ち行かない、生活においても大切な場所です」
大ホールの北東というと、今日私が如月さんと鬼ごっこを繰り広げたあの森の中だろうか。
にしてもそんな場所があるだなんて知らなかった。
「聞いた感じ重要そうな場所ですが、そこの警備員を動かしてしまっても大丈夫なのですか?」
「そうですね、できる限り動かしたくない場所ではあるのですが、人員不足、そしてもう一つ」
すっと風夜先輩は人差し指を立てると、残る理由を話し出した。
「塔の認知度が低いことです」
あぁ、と私は途端に納得した。
「そうですね。私も、ここ数か月普通に生活……いや、生徒会役員としての仕事もあって、いろいろな場所に行ったにも関わらず気付かなかったくらいです。たいていの生徒は知らないでしょう」
私は続けて話す。
「そしてそんな、元々認知度が低い場所なのだから何かが起こる可能性はホール以上に少ない……ということであっていますか?」
「えぇ、その通り。
というわけで警備員の配置移動を行いましたので、学園内の見回り時なんかや、平常時からある程度、気にかけるようにして頂きたいというお願いです」
「了解しました。私の学級は大ホールでの演劇ですので尚更ですね。……のあと一緒に気にかけておきます」
きっと今日の、のあは疲れていただけで明日になったら通常通りに戻っているはずで、なんなら、あのぎこちなさを感じたのも私の勘違いだったのかもしれないのに。
……最後の、のあという単語を出すのに少しだけ、ためらってしまった。
そんなんだから、風夜先輩にも、何かを感づかれてしまうのだ。
「月乃会計。……今日、どうでしたか?」




