三十三話 痛み
「ギリギリも何もなくアウトだけど月乃、言い分は?」
私、月乃玲明は、目の前の机に座る一条先輩から死刑宣告を受け、解せぬ、と心の中で唱えた。
「…………今、学園祭が終わったところなのでギリギリセーフなはずだったんですけど」
「阿呆、できるだけ早く戻ってこいよ、っつたろ。
華道が帰ってきてんのに月乃が帰ってきてないとあって、危うく捜索隊が組まれるとこだったんだぞ」
それは……なんか本当に申し訳ない。
のあは、明日の打ち合わせが入るから先に行ってと言ってくれたのだがその、のあよりも遅くなってしまったとは。
「すみません。ちょっと色々ありまして。今後気を付けます」
そういうと一条先輩はため息をつきながらがっくりうなだれる。
「はぁ……、なんかもう慣れたわ。華道、これどうせなにした所で治んねぇだろ?」
「まぁそうですね。れいは昔からこんな感じに、目を離せばすぐどっか行くので」
「どこの猫かな?」
「なにしたところで」って一条先輩は、のあが「どうにかすれば治るかもしれません」とか言い出したら何をするつもりだったのだろう。
そしてその場合私はどんな目に合うのだろうか。
そして峰先輩、私は猫じゃありません。
「私の扱い散々じゃないですか…………」
少々抗議の意味を込めてぼやいてみたが。
「まぁ月乃だから」
「れいってそういう人だから」
「月乃くんだからねぇ~」
おわかりいただけただろうか。これがみんなの憧れる生徒会役員の裏側である。
今日に限っては、のあまで参戦しだした……いや、意外と前から半眼で見てくることはあったし今更か。
しかし、のあまであちら側にわたってしまったとあれば勝ち目は……いや、まだあの人が……。
「……月乃会計、それどういう目ですか?」
「いえ、特にこれといった何かがあるわけではないのですが、風夜先輩は三対一の後輩に味方してくれるような優しい先輩だよなぁって思っている目です」
うちの生徒会の最高権力者、風夜先輩を味方につけられれば形勢逆転も夢じゃな――
「月乃会計の扱いについては今更です。それより反省会始めますよ」
あっけない夢であった。
というよりこちらに味方する、しない以前に風夜先輩は反省会を始めたいようだった。
「まーそうだな。これ以上月乃の扱いについて話し合っても変わるものは何もねぇし、さっさと反省会始めようぜ」
「そうだね。はじめよっか」
のあも含め皆、息をそろえてコクコクと頷いた。
「のあくらいこっちに味方してくれたって……」
そう呟きながらのあに抗議の視線を向けた、が目は合わなかった。
というより、こちらがのあの方を向いた、偶然とも故意とも呼べるタイミングでのあがふいっと別の方を向いた気がしたのだ。
(思えば、演劇の後から事務的な話しかできてないな……)
恐らく偶然だと、自分に言い聞かせる。
これくらいで、落ち込んでしまったら相当面倒くさい人だ。
「月乃会計?」
「あ、すみません。ちょっと疲れちゃってぼーっとしてました」
気にしないのが一番、とまた自分に言い聞かせるようにして、私は心の中の、ざわざわに蓋をした。
* * *
(あぁ、いけない。取り繕うのは得意なはずなのに)
生徒会室での反省会を終えた僕、華道のあは幼馴染の月乃玲明と共に、暗い夜の廊下を歩いていた。もう、他生徒はみんな寮に戻った時間であり、明かりは一つもなく、ただただ暗い。
「今日の体育の部は……」
れいの話に雑な相槌をうち、話を聞くフリをしながら、僕の頭はミアに言われたことに引っ張られていた。
(僕は、今のれいを……)
どう、思っているのか。
自分でも、よくわからなくなってしまった。
ミアに「れいに何を見ているのか」と、そう問われて一番に浮かんでしまったのはあの人のことだったのだ。
今のれいに、似て非なる人。
その人のことを頭に思い浮かべてしまった僕は、目線の位置は正面から変えずに、ちらりと隣を見ると、闇の帷の合間から、赤い目が見える。
見えてしまったその色に、抱いた感情は気まずさと、後悔と、罪悪感と。とりあえず、いい感情ではい。
暗闇が僕とれいを隔てる壁になっているから、何も見えないと思っていたのに、隣で歩いていれば、相手がどこを向いているのか、などの様子も多少は見えてしまうものなのだな、と知った。
『のあ』
れいの口からは、つらつらと今日あった出来事の、なんてことない雑談が紡がれているのに、その目はまるで僕の名を呼び、咎めているような、見透かすような瞳だ、と一人勝手に感じてしまった。
そんな瞳も、あの人と同じ。
「……のあ」
今度は、れいがちゃんと音に出して僕の名を呼んだ。
いつもなら、無意識にでも振り向いてしまう声。
でも……なんだか今は、目線を合わせちゃいけないような、僕にはその視線に応える資格がない気がしたのだ。
あの人と、れいを重ねている僕には。
そんなこと気にしないで、普通に取り繕って、いつも通り接すればいいものを。
「……今日、遅れたのって何があったの?」
目線を合わせることも、れいのその声に応えることもしないまま、出来るだけ「いつものように」というのを心がけて、れいに話題を振ってみた。
「…………えーっと、如月さんに出会いました」
「うん、誰?」
少し重たいようだった空気をほぐすためなのか、素なのかわからない、ズレた返答をれいは寄越した。
しかし、れいのその調子に引っ張られて、僕もちょっとずつ、いつもの調子に戻って来れている気がした。
「ホールを出た後、人が多すぎて吐きそうになったので、非常階段から外に出たんですけど、その後森沿いの道から迂回して生徒会室に戻ろうと思ったら茂みから這いずり出てきたのが如月さんです」
「えーっと、それ大丈夫だったの?」
「まぁ、色々ありましたがなんか校舎の位置がわからなかったらしかったです。ちゃんとここの生徒らしいですし、廊下で会ったりしたら、紹介しますね」
多少は、れいの声も明るくなった。あぁ、よかった、繕えた。
僕が、れいに何を見ていようとも、こんな感じに繕ってしまえばいい。今まで通りでいい。考えを改める必要もない。今まで通りが一番安全……。
……そうも、思うのに。
僕の頬を打った友人は、その結論では許してくれないであろうことも、なんとなくわかってしまうのだ。
(何を、考えればいいんだろう)
なんとなく、打たれた頬に手をやると、もうあの時の熱は、衝撃は、残っていないはずだったのに、あの痛みが、まだ残っているような気がしてしまった。
今更ですが、四章このままだと、三章以上の文量になります。うわぁ……。
歴史は繰り返されるものですね。
出来るだけくどくならないようにがんばります。お付き合いくださる方、どうぞよろしくお願いします。




