三十一話 対一条先輩講義、第一弾
「…………」
「…………」
私、月乃玲明と誰かの間には沈黙が落ちた。
ここに、この人が居たとて、何が問題がある訳ではないのだが、お分かりいただきたい。この不思議な局面に、知ってる顔の人がいたらなんとも奇妙な心地なのだ。
「えーっと、なんだっけ……月……」
「月乃玲明です」
話に割って入った時の自己紹介を少しだけ覚えていたのか、目の前の青年が沈黙を破り、月乃玲明の「月」の字を言葉にした。
「月乃さんね……いや、貴族のご令嬢なら、月乃様とでも呼んだ方がいい?」
令嬢なら今までの発言で僕の首飛んでるから今更だけど。と、青年は笑った。
「いえ、私はただの平民なのでお気になさらず」
「へぇー珍しいね」
今更ながら、目の前の誰かさんが貴族ならば、丁寧な口調だとか、失礼がないように気を付けたほうがよかったのだろう。
しかしもう、私は出会った瞬間から叫び声を上げて走り出したのだ。これ以上ないほど失礼な行動を、口調やなんやらで挽回できるとも思わないし、もう開き直り、普通に接することを決めた。
「そういえば、貴方は?」
「あぁ、まだ名乗ってなかったっけ。僕は如月由良」
名前を告げた後、如月さんは、はぁ、とため息をつきつつ、自己紹介を繋げた。
「一応貴族階級の出ではあるんだけど、いろいろ訳ありでめんどくさい立ち位置だから階級も一概にどことは言えないんだよねー。
まぁ、生活は平民と大差ないからふつーに、気兼ねなく接して」
本人からもふつーに、とのことだし、本当に普通に接していいのだろう。色々と事情はありそうだが何より思ったことは……なんか軽い。
貴族がこんなんでいいのだろうかと思わなくもなくもないのだが、こちらとしてはそっちの方が楽だし、ありがたくあやかることにしよう。
「……お互い自己紹介も終えたことですし、戻ります?」
「まぁ、うん。走った時の汗が冷えてきて、寒いし風邪ひきたくないんで、できるだけ最短ルートでお願いします。あ、あと出来るだけ人通りが少ないところで、でも森近くはなんか怖いから……」
ちょっと注文が多い気がするのだが、いちいちつっこんでいたらキリがない。
こういう時は……あれだ。気にしないもん勝ち、気にしないもん勝ち。
「あーでも、もうあと数分で学園祭が終わるから出来るだけ早く、ってのは外せない――」
前言撤回。その言葉だけは丁寧に拾おう。
「おいていきますよ」
「え、急に辛辣じゃない?」
時間の話が出たことで「とあること」を思い出してしまった私は冷や汗が背を伝うのを感じ取りながらもと来た道を足早に進みだした。
* * *
「ねぇちょっと待って、これついてかないと本当においてかれるやつ?」
「もちろんその通りですが」
「うぇぇ、怖ー」
鬼だの悪魔だの、後ろからついてくる足音に混ざって散々な暴言が飛んできている気がするのだが、この程度で鬼と呼んでいられる如月さんは幸せだな、と思う。
「如月さん」
「え、急にかしこまって何……」
「本当に鬼と呼べるような人を、見たことはありますか?」
足は止めずに、少し振り返ってみたら如月さんは、は?という顔していた。
この様子だと本当に見たことがないのだろうか。……この学校にいて、鬼を見たことがないというのなら如月さんは運がよかったのだろう。
「月乃さんもたいがい鬼と呼べると思うんだけど」
「甘いですね」
如月さんの言葉をぴしゃりと切り捨てながら、脳裏に浮かべるのは――
「如月さん、木に吊るされる人を見たことはありますか?」
今度こそ如月さんは「は?」と声に出して疑問を形にした。
「……普通に生きていたらそんなもの見る余地ないと思うんだけど」
私もそう思う……そう、思いたかった。
「如月さん、貴方は運が良くてこの学園にいてもまだ見たことないのかもしれませんが、このルトリア学園では、割とある光景なんですよ……」
「…………ここ、貴族とかが通う学校じゃなかった?ある意味下町より酷い気がするんだけど」
私は、下町の様子を知らないため、その言葉の全てに同意することは出来ないが、前半部分には完全同意したい。
「……で、人を木に吊るすような問題児がいると。まぁ、そりゃ鬼だなとは思うし、その人のなんかやった残骸を見ることにはなるかもしれないけど、そんな問題児と関わり合いになる機会なんてそうそうないだろうしお互い気を付ければ――」
「……輩」
「なんて?」
「その人が!生徒会の先輩なんですよっ」
一瞬だけ、がばっと後ろを振り向くと、あっけにとられた顔をしている如月さんがいた。
できることならば、この恐怖が伝わるように、そして餌食にならないようにじっくりと話をしたいところではあったが、立ち止まった先には恐ろしい未来しかないため、必死に歩きながら熱弁をふるう。
「先輩ときたら、面倒見はよかったり心根は優しいんですけど、逆鱗に触れるとこの上恐ろしいことになりかねないんですよ」
「えぇ……というか、生徒会に入れるってことはそれなりに高位の……」
「ご明察です。一条先輩と言いまして、六家の中の一条家の出だそうです」
その言葉を言った瞬間後ろからうわぁ、と呻き声にもにた声が発せられた。こちらからでは見えないが、如月さんの顔はこれ以上ないほどに歪んでいることだろう。
「そんな人に権力持たせちゃダメだって神様ぁ……」
「いえ、あの人実力でねじ伏せに行くので権力ほぼ関係ありません。あぁ、でも権力はないほうがよかったですかね」
私は遠くを見ながら呟いた。
「ぼこぼこにされてすべてが終わった後で、名を知ることになったりするとやられた側は精神も死にます」
「うっわぁ、えげつない」
「当人の意図しないところですがね。……ただ、あの先輩、妙に真っ直ぐなので、売られた喧嘩や周りの人に危害が及ぶ時、または一条先輩の唯一の逆鱗に触れた人だけと喧嘩してるんですよね」
「え、それじゃあそこまで怖くない……?」
違う、違うんだ如月さん、それは罠だ。
と、言いたくなりながら、真の怖さを丁寧に解説した。
「いいですか、如月さん」
「はい」
「自分はやられないかもしれない。ただ、それでも割と近くで過ごしていれば何度もしょっぴかれる人を見ることになります」
「はぁ……」
「そして、普通に柄が悪い、度々睨まれる……となるとその先輩の印象は?」
「ふつーに怖い」
「はい、正解」
いくら自分がやられることがなくとも結局は怖いのである。
「……という訳なので、普通に過ごせば安全ですが、怖いのでお気をつけください。
尚、私みたいな生徒会役員は、この後ある反省会なんかに遅れると簡単にしょっぴかれる未来があるのでお気をつけください」
「のろのろしてすいませんでした。早急に校舎に戻りましょう」
つまるところ、恐ろしい未来とは、反省会に遅れてしょっぴかれる未来である。
如月さんにもわかっていただけたようで何よりだ。
「さて、対一条先輩講義もこの辺にしてちょっと走りますよ」
話していて、遅れたときの未来が本当に恐ろしくなったため、走り出す選択をした、とは如月さんにも言えないまま、私は風を切り出した。
初回は一条先輩の何が恐ろしいかについてでした。
第二弾はいずれあるのかもしれません。
多分本人に抗議の内容が知られたら埋められます。
お気をつけて。
※しょっぴく→しばかれる、ひっぱたかれると同じ漢字の意味で使っております。フィーリングで感じ取ってください。




