第八十九話 おじさま、国を整備する。
――ユグドウェル城下町、喫茶店“エトランゼ”。
昨晩は危うくニオの貞操を奪われそうになったけど、シルモアというか幽霊ちゃんの事情を話して、一週間抱き枕になる条件付きで場を収めたんだ。
もちろん、昨晩からしっかりとアエカの抱き枕にされたから、悶々と眠れない夜がしばらくの間は続くこととなってしまった。
まあ役得ではある。それでも手を出せないのは、やはり彼女が嫌う俺の実父のやらかしたことがどうしても尾を引いてしまうから。
ただ、いい加減この複雑な感情には決着をつけなければ……。
「ニオさま、本日はお越しいただきありがとうございます」
「気にするな。いずれは土地ごと買い上げてくれるのなら、よき契約者よ。これほどの立地だ、領主としては税収に期待せざるをえないが」
「いやだわニオさまったら、現金なんだから♪」
「はは、国を治めるとはそれほどに要りようでな。ほかに食材や調理器具などの欲しい物があれば、リスト化して届け出るがよい」
「そうですな、やはり日本人としては“米”がなにより欲しいですな。ゆくゆくは特製オムライスを店の名物にしたいと考えておりますので」
「それはよい。稲が見つかった暁には、余も通わせてもらうぞ」
「はい、その時を心待ちにしておきます。では、公務の邪魔をしてもなんですので、ごゆっくりおくつろぎください」
「ああ、オープン準備中に邪魔をした。こちらは気にせず続けてくれ」
そうして、気のいい夫婦はカウンターの奥へと戻っていく。
いま俺たちがいるのは、噴水広場の一角にある喫茶店“エトランゼ”。
ここは、壮年の夫婦がユグドウェルと賃貸契約を交わした物件で、この最高の立地をいずれは上物ごと買い上げたいと契約したことから、本日オープンというところで先んじてもてなしを受けた次第だ。
時刻は朝八時、店を開くまでは仕込みの時間だから俺たちこそ邪魔だけど、そんなことはお構いなしに朝食をご馳走になっている。
「このワッフル、紅茶で味つけがされているんですね……。何もかもが絶妙な塩梅で、やはり長年のたしかな知識と技術で作られた料理は、私のようにスキルに頼った物よりも一味も二味も違います……」
喫茶店の片隅で、テーブルの対面に座るアエカがワッフルを口にしながら、出された軽食に舌鼓を打っていた。
なんでも、ご夫婦は現実でも喫茶店を営んでいるというから、スキルによるブーストでよりいっそうおいしくなった料理が堪能できるんだ。
さすがに、料理という一点だけなぜか不得意とするアエカには、たとえ師事しようと残念ながらこのレベルにはいたらないと思う。
「ホットケーキもおいしいよ」
「おじさまは、ニオの姿でも甘い物が好きなんですね」
「ニオの姿となって余計にかな……」
「ふふっ、口の周りにはちみつがついていますよ。お拭きします」
「んぅぅ……。く、口も小さくなったせいで食べにくいんだ……」
「はいはい、そうしておきましょう」
「くぅ……」
喫茶店内とはいえ、いまいるテーブル席は壁で仕切られた奥まった場所だから、ちょっとした個室のような空間となっていた。
オープン前でまだ客足はなく、夫婦がカウンターに引っ込んでしまえば特に気を遣うことなくくつろげるのは、外にいて貴重な時間だ。
「それはそうと、次は予定どおり“軍事工学”に進むべきか……」
“機械工学”の研究が終わり、ほかにも“火薬技術”なども進めていたため、これに伴い補助武器として“マスケット銃”の生産が可能となった。
さらには、ユグドウェルの領域では銃種のシードクリスタルもドロップテーブルに追加されるため、主に“皇国大隊”が必死になって狩りをするだろう。
とりあえずはイースラにマスケット銃を装備させて、さすがにマルチロック式だと環境によっては撃てないから、ホイールロック式にしたいけど……。
「国を基礎からより豊かにするのなら“経済学”などもおすすめですが、≪冥い根の領域≫が氾濫を起こせば真っ先に脅威に晒されるユグドウェルでは、火砲の生産体制構築も急務ですね」
「どちらにせよ、“経済学”も研究することが生産体制構築の一助となるし、こればかりは優先するべきを断定できない……」
「では、まずは“経済学”にしませんか?」
「そう判断する理由は?」
「ユグドウェルには予想を遥かに超える探索者が集まっています。魔法ビルドであれば最初期の火砲を凌ぐ威力を出せますし、現状で生産可能な大型弩砲でもある程度の防衛線維持は問題ないので、やはり基礎構築ですね」
「なるほど……。たしかに人が多いというのは、その分だけリソースを生み出す以上に通常戦力としても数えられると……」
いまも噴水広場は待ち合わせの人々でごった返し、ニオとして道を行けば時に進めなくなるほど声をかけられるから、数の上では本当に問題ない。
「よし、アエカのアドバイスを受け入れて“経済学”にするよ」
“軍事工学”を研究すれば、マスケット銃をホイールロック式にできたけど、こればかりはまず大きな局面に対することからでないと。
「はい。それと、文明レベルが上がったことで事業枠もひとつ増えましたよね。そちらはもう決めているのですか?」
「……え? ……あ、ほんとだ、枠が増えてる」
「ふふっ、お気づきでなかったのですね」
「別のことに気を取られていたから……。んー、どうしようか……」
これまでの事業枠はふたつ。
ひとつは河川工事で水門などを建設し、起こりうる水害への対処。
もうひとつは、先日のロックベアーの件で訪れた要塞建築と、どちらも想定される災害に対してのもので、領民へは直接的に還元されないものばかり。
娯楽施設なんかは、プレイヤーの個人事業にすべてを投げていたから、このままだと堅苦しい軍事国家まっしぐらになってしまう……。
領民の幸福度上昇も考えていかないと、最悪の場合は反乱が起きる……。
「あ、そういえば、ユグドウェルは地下に源泉があったよな?」
「はい、ギルドに設営したシャワー設備がその恩恵を受けていますね」
シャワー設備はいちおう一般にも開放しているけど、やはり数に限りがあることから、ほとんどプレイヤーしか使っていないとも聞く。
「なら、温泉施設建築を残り一枠としよう」
「衛生環境の改善にも繋がりますから、いい案ですね」
「ああ、楽園をつくり上げるためには、みんなの幸せが大切だ」
「ふふっ、おじさまは本当にいい領主さまです♪」




