外伝 id Software
――≪World Reincarnation≫、開発室。
一般プレイヤー“プロトン”による“ニオ”の拉致事件から、現実世界での二日後、id Softwareの会議室では緊急報告会が開かれていた。
集まっているのは、各セクションのリーダーが十数名。その中には当然プロデューサーの寿崎と、“てっちゃん”こと“飯間 哲士”もいる。
「てっちゃん、今回はずいぶん早かったじゃない? いや事態が事態だから仕方ないんだけどさあ、法務部まで動いてたって話で大丈夫だった?」
挨拶もそこそこに、寿崎が事の次第について早速口を開いた。
「っす、その辺は大丈夫だったっす。えっと、今回集まってもらったのは先日の“P事案”について、早期に解決できたんで第一にその報告っす」
「冗談でしょ? 事と次第によっちゃプロジェクト凍結どころか、国の監査まで入るかもしれないって事態だよ? ほんとに解決できたの?」
てっちゃんの報告に対する寿崎の言い分ももっともで、にわかに慌ただしくなった会議室では疑問の声ばかりが上がる。
「自分もびっくりなんすけどね、なんのお咎めもなしで万事解決っす」
「ん~? 詳しく?」
寿崎と同様に、いまこの場に集まっているすべての者が首を傾げた。
それというのも、“P事案”――つまりプロトンの件について、彼がゲームの影響を受けて人格を変容させられた、というのは下手をすると重大ニュースとして全世界を駆け巡ってしまうほどの一大事件だったため。
行くところまで行ってしまえば、≪World Reincarnation≫のプロジェクト凍結はまだいいほうで、id Softwareの解散までありうる事態だったのだ。
社員たちにとっては青天の霹靂だっただろう。
自分たちが満を持して送り出したゲームが、まったく想定していなかったエラーばかりを吐き出しているのは、頭痛の種、胃痛の原因でしかない。
「それが、こっちから調査するまでもなく、相手方から連絡があったんすよ」
「どういうこと……?」
「件のプレイヤー“プロトン”っすけど、本名を“楯無 優”、まあ“タテナシ エレクトロニクス”の御曹司ってやつっすね。次男坊っすけど」
「……まじ?」
「まじまじ、正真正銘のまじっす」
「……筆頭株主の?」
「そうっす」
「終わった……」
「終わってないっす! その楯無からはむしろ謝意を頂いて、お咎めもなく内々で処理できる案件に落ち着いてしまったんす!」
「そんなことってある~っ!?」
一般的にはまずない。
提供するコンテンツの不具合で済むならまだしも、利用する人にまで影響を与えるとなると、寿崎の言うとおり確実に国の監査が入るため。
「≪World Reincarnation≫は金の生る木だ。楯無にとっても、これからさらに成長するだろう甘い実を早期に摘み取るつもりはない、ってとこか?」
寿崎に代わって口を開いたのは、室内にいる者の中ではもっとも大柄な体格の男、モンスターデザインチームのリーダー“矢田 剣吾”。
「いやあそれが、優くんは馬鹿息子ってやつだったみたいなんすよね」
「はあ?」
「勘当同然でも、庇護下に置かれた状態で好き放題やってたみたいっすから、それが唐突に真人間に生まれ変わったんす。なんか、“楯無の面汚し”とまで言われてて、続いて“優良物件になった”とかそんな扱いっすよ」
「そいつは反吐が出る話だ。つまり、表沙汰にされても困る、これまで持て余していた息子がまともになったんだからそれでいい、ってことだな」
「そういうことっすね」
「まあそれについては、僕らの口出しできる問題じゃないからどうしようもないんだけどさ、サービスが継続できるのはよかったよ」
結局のところ、何が起きようと結果さえよければ問題はなしとされてしまうのが、いつの時代も変わらない摂理ともいえる現象である。
そんな人知れず行われる不義理に、内情を知ってしまう者たちの積もり積もった不平不満もまた、やがて向かうべきところに向かうのも道理。
誰だろうと、起こりうるインシデントは避けたいものなのだ。
「三条さんに対して詰問の場を設けられないのでしょうか?」
「システムに対してワンマンがすぎるのは、これまでも問題に上がってた」
「勇波の件についても勝手にシステムを使用されて、どうなってるんです?」
「仲間を悪く言いたくはないですけど、たしかにやりすぎかなって……」
「せめて管理チームの権限を増やせませんか? いまのままでは……」
「まあまあ、それについてはまず社長を通さないとだからさ、僕もこのままでいいとは思ってないから、みんな落ち着いて」
「そ、そうっす! その件についてはまた場を設けるっす!」
皆から次々と上がる不平不満に押され、寿崎もてっちゃんも若干気が引けてしまうものの、聞きわけのない子どもでもないことから、すぐになだめてなんとか場を落ち着かせることには成功した。
ただ、システムに干渉できる存在が“三条 アエカ”ただひとりのみというのは、たしかにサービスが続く限りは問題となる疑念だろう。
どうしてそんなことになっているのかは、実際のところ誰も知らない。
システム開発者だからと、この規模のものをひとりで開発するにも限度があるため、そもそもの彼女を含めたあらゆることが謎だらけなのだ。
「とりあえず、ゲーム内の勇波のそばに監査を置きたいんだけどさ、誰か手の空いてる人いないかな? 君たちの中からでもいいよ?」
「はいはい! それでしたらうちが行きます!」
寿崎はひとまずの対応として、勇波――“ニオ”の周囲にゲームマスターを配置することとし、それに真っ先に反応した者がいた。
彼女は、勇波 秀真の後輩でありながら、彼のすすめでキャラクターデザインチームのリーダーに就任した、“高屋 ミミ”という名の小柄な女性。
「いやいや、高屋くんはエスティリア嬢じゃない? 無理でしょ?」
そう、彼女こそがウォルダーナ森星王国王女、“エスティリア レ ルメディア アーカナ”の中の人、役割がある以上は当然無理がある。
ちなみに、勇波の友人である矢田 剣吾もまた、グランデストニア連邦共和国統括議長、“グレン ルド ロスヴァニア”の中の人。
「ええー! 久しぶりに先輩とお話したかったのに……」
「ま、まあそのうち会う機会もあるでしょ……」
まさにいま、勇波 秀真は新たな旅へ出ようとしている。
まずはウォルダーナへと、ニオの姿で旧友との再会を覚悟して。
会議は続く、彼らの道行きがどこへと繋がるのかも知らないまま……。
――この世界の秘密は誰ぞ知る。
――今日もまた、≪星霊樹の世界≫は星海のきらめきに満ちていた。




