第七十八話 両者の恩恵。
「やれやれ……。ほんの少し前まで、僕はニオさんになぜあれほど執着をしていたのか、いまとなってはよくわからなくなってしまいました」
プロトンが自らの仮面を押さえてそんなことを言った。
その様子は、もはや中身が入れ替わったといえるほどの変容。先ほどまでとは打って変わり、異常なまでの欲求が薄れ、それでもやはり異常なまでの理性で人らしさを覆い隠された様は、どうしたところで異常でしかない。
“冥白化現象”とは、単純に≪冥い根の領域≫の環境に適応するだけでなく、根本から本質を変えてしまうほどの何かがあるのではないか……。
それが何か……。
闇域の冥主にすぐ話を聴けなかったことが悔やまれる……。
「プロトン、いま一度問う。きさまに何があった?」
「ふぅむ? 僕に何があったかと? 正しく説明はできませんが、ひとつだけ言えることがあるとすれば、僕は選ばれたのです」
「誰に? 何に?」
「“神性世界の意思”に」
「それは……なんだ……!?」
「わかりませんか?」
「はじめて聞いた、わかるはずがない……!」
「では、残念です。ニオさんは、いえ、人こそが世界の膿ならば、僕は彼の御方より賜りし神理の剣をもって障害を排除しなければなりません」
「……っ!?」
「ニオさま、お慕いいたしておりました。ただ、それも過去」
「プロトン、おまえ……!?」
「お覚悟を」
プロトンは言い終えると同時に、瞬きの一瞬で眼前に詰め寄った。
四メートルの距離は彼にとってゼロ距離に等しく、構えていたからこそ迎撃は間に合ったものの、相手の斬光がまさかの俺の目を眩ませる。
「げふっ……!?」
そうして白んだ視界のなか、浴びせられたのは横合いからの衝撃だ。
続いて、鉄同士を打ち鳴らす金属音が甲高く鳴り響き、衝撃で吹き飛ばされた俺は床で一回転してそれでもすぐに立ち上がった。
「いっつ……」
「すまん! どいてもらった!」
弁解の主はディー。
すぐに回復した視界で状況を確認すると、プロトンがいつの間にか左手にも短剣を装備していて、それをディーが鉄爪ではじいたということらしい。
俺は最初のレリックによる攻撃で隙が生まれていたため、ディーが咄嗟に蹴り飛ばしてくれなかったら、いまの一合で確実にやられていた。
ライゼも言っていた、プロトンは“双剣”だと。
「けふっ……大丈夫だ。それにしても光るとは妙なスキルを使う……。“神理の剣”というわりに大道芸がすぎるのではないか、プロトン?」
一瞬で殺されかけたのに、これでは強がりもいいところ。
「そうですね。おもちゃと勘違いされても仕方ありません」
くっ、いまのプロトンには拙い煽りは一蹴されるか……。
少し前の直情的な彼なら、これでペースを乱せただろうに……。
「ですが、僕が賜りし御業は、原罪をも断ち斬る覆滅の神剣。ひとたび刃が触れることあれば、あなた方もすべてを理解することとなります」
「えっ……!?」
な、なにそれ……。
効果はよくわからないけど、確実に斬られたらまずい……。
“すべてを理解する”というのなら、斬られることでこうなっている原因を突き止めることができるかもしれないけど、自分が自分でなくなるのはいやだ。
斬られるわけにはいかない。だけどすでに、特大剣では防戦一方になることは少し前に証明されてしまっている……どうすれば……。
「なんだかわからんが、まずいことだけはわかる。どうする?」
「……」
「おい、姫さん! 呆けるな!」
「い、いや、呆けていたわけでは……」
くそっ、本当にわけがわからない……!
いまの状況がゲームの演出だというのなら、それはそれで本当に脅威を感じてしまうほど見事なものだけど、そのためにプレイヤーを使うというのは、開発的にも運営上からも本来はありえない事態だ。
何度となく自問自答を続け、この世界の真実を見極めようとし、それでも……と確たる証拠を得られないで来たけど、今回ばかりは……。
もう、覚悟を……決めるしかない……!
≪星霊樹の世界≫を現実のものとし、事態に抗う覚悟を……!
「考えごとは済みましたか? 少し前の僕がそうであったように、やはり一方的にというのはよくない。新たな位階へと上がるためには、理解をしたうえで自らのたしかな意思をもって、というほうが正しい摂理だと思うのです」
「きさまの言うておることはよくわからぬ」
「では、わからせて差し上げましょう。全こそが尊きものと」
「――っ!!」
プロトンが、俺に向かって再び踏み出した。
「システムオーバーコントロール! ≪思考加速≫!!」
だから、俺は覚悟を決めて咄嗟に使った。
管理用の特殊コードを。
リミッターがかけられた普段のシステムアシストとは違う、それよりも数段上の禁じ手、その効果は一般的な人の思考速度の十二倍。
これを使ったことで、ただでさえ病床に伏せっている自分自身の脳にどんな影響が出るかはわからない。
無事に済んだところで、確実にアエカには怒られるし、会社だってクビになってしまうかもしれない、そんな最後の手段だ。
それでも、抗おうとするのなら、すべてを覆してでも進むのみだろうが。
「あがっ!? へげぇっ!?!!?」
いまの状況を見ていた者がいれば、ニオはまったく動かなかったにもかかわらず、プロトンが自ら真横へと跳んで壁に激突したように見えただろう。
「いま……何が……」
いや、ディーが見ていたな。
俺がやったことは、通常のシステムアシストよりもさらに引き延ばされた体感時間のなかで、迫るプロトンを勢いよく特大剣の腹でぶっ叩いただけ。
結果として、彼は真横に等速度運動で吹っ飛んでいったわけだけど、これこそがマザーオペレーティングシステム“アイリーン”による絶対恩恵だ。
「立つがよい。きさまが頭を垂れるべきは、どこぞの馬の骨でなく、燼滅無双の理を持つ“輝竜種の姫”たる余であるぞ」




