第八話 はじめてのクエスト。(2)
来た道を引き返すことになったものの、途中でトーレに案内を頼み、いまは件のゴブリンに荒らされているという畑に向かっている。
「ムーシカがそんなことに……。ここしばらく、普段から彼女と交流のあるイースラの姿を見ないので、気づけなかったのかと……」
トーレにムーシカのことを話すと、彼もいまはじめて知ったようだ。
「人間関係に問題があるわけではないんだな?」
「はっ! それほどに食料が行きわたらない状況で、ほかに同じ状態の者がいないとも限らないので、このあとは各家を回ってみることにします」
「こちらでも支援を行うから、町を頼む。イースラというのは?」
「外回りをしている狩人です。出たきり、もう一週間は姿を見ていません」
「何かあったのか……。気に留めておく」
「はっ! ありがとうございます!」
最初からこうもイベント目白押しとは。
≪World Reincarnation≫は流動的に事態が変遷していく仕様なので、プレイヤーがいない状態でもイベントが発生してしまっていたらしい。
全体のことは外の開発メンバーに任せるとして、俺はプレイヤーとして手が届く範囲で起こっている出来事の解決に集中するつもりだ。
それにしても、サバイバル能力のある狩人が行方不明というのは……。
「ニオさま、ここが畑です。ゴブリンは奥の森から来ているようで、最初は追い返していたのですが、警備の目を盗むようになりまして……」
「人手が足りないか……」
案内されて着いた場所には、規模の小さな段畑があった。
見るからに荒らされていて、町の食糧事情に影響するのは無理もない。
「アエカ、≪生命探知≫に反応は?」
「いまはありません。足跡は残っているようですね」
ゴブリン討伐クエということもあり、アエカもいまはレリックを装備している。
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アエカ
種族:魔人種
腕力:15(+10)
体力:15(+10)
敏捷:20(+10)
知能:20(+10)
原理:30
物理攻撃力:190
属性攻撃力:50
物理防御力:90
属性防御力:65
レリックスキル
≪射手の心得≫:レベル3 ≪鷹の目≫:レベル1 ≪生命探知≫:レベル1
ユニークスキル
≪親愛の加護≫:レベル10 ≪料理≫:レベル10
レリック
≪秀真≫ 形状:小銃
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事前に確認した彼女のステータスはこう。
(+10)の補正値は、俺が領主になったことで獲得したユニークスキル≪率いる者≫の効果で、パーティメンバーの基礎値を上げる常時発動型スキルだ。
レリックは“小銃”。外見はレバーアクション式ライフルで、これは特殊なカスタマイズ武器種のため、一般プレイヤーはスタート時に選択できない。
≪秀真≫という命名は俺の名前なので変えてほしい……。
それにしても、比べるとニオの“原理:300”は桁がひとつ多い。
そもそも、見慣れない“原理”とはいったい何を現すステータスなのか。
何はともあれ、俺が前衛、アエカが後衛のパーティだ。
「足跡を見る限り、数は三、四体か……」
「確実にその倍はいると考えるべきですが、レリックを持った探索者がふたりもいれば、十分に掃討可能な程度だと思います」
ゴブリンらしき足跡は、痕跡を消すこともなく森の中へと続いている。
「よし。トーレ、余とアエカはこのままゴブリンを追跡する。おまえは町に戻り、別に起こりうる万が一に備えよ。あとのことは我らがなんとかする」
「はっ! ニオさま、アエカさま、なにとぞお気をつけください!」
まだいまいちニオになりきれていないけど、最初よりはましか……。
そうして、俺たちはトーレと別れて森へと踏み入った。
内部は暗く、幹の細い木々がかなりの密度で立ち並び、この暗さのせいで下層植生が壊滅し、身を隠す藪すらないのは狩りをしにくいだろう。
さらに言うなら、降水を貯留する水源かん養機能も弱くなるため、大雨でも降れば土砂災害が起こると、できるだけ早く対策を取らなければならない。
こんなところまで現実世界準拠、最初から問題は山積みだ。
「これが終わったら間伐の指示も出さないと……」
「お気づきですか。まだ大丈夫かと思いますが、たしかに放置すればいずれは災害を引き起こす要因となってしまいますね」
「ストラテジーにつきものとはいえ、実際に自分で対策するのは大変だな」
「対策を考えるなら、いまの私たちとこの環境の相性からでしょうか」
アエカの視線の先は俺が担ぐ特大剣を見ている。
「ああ、この場所だと特大剣は大きく振れず、アエカの銃も射線が通らないか……。最悪は特大剣を盾代わりにして、その銃で接射はできるか?」
「得意ではないですが、できなくもないといったところです」
アエカの銃は見るからに銃身長が長く、そもそもが遠射用。
木々の密度が高いこの環境では、俺の特大剣は大振りできなければ威力が削がれ、銃も射線が通らなければ近中距離戦を余儀なくされる。
それがわかったところで、いまは代わりになる武器もないけど……。
「まあ、ゴブリン相手なら油断しなければなんとかなるか」
「それがフラグでなければいいのですが」
「う……」
「私もゴブリンには思うところがあるので、手は抜きません」
「舐められたしね。オレが」
「次までに銃剣を用意してめった裂きにしてやります!」
「う、うん……。人には向けないようにな?」
「時と場合と相手にもよります!」
「これもフラグに思える……」
俺たちはますます深くなる森の奥へと踏み入っていく。
何度も往復しただろう足跡は明確な痕跡を残していて、幸いにも途切れることはないものの、奥へ行くにつれて暗さも増しているようだ。
思えば、最初に出会ったゴブリンは斥候だったのかもしれない。
とすると、それ自体がフラグ……。
薄い本みたいな事態にならなけらばいいけど……。