第七話 はじめてのクエスト。(1)
≪探索者≫――要するにプレイヤーのことで、この世界では冒険から開拓、ときに狩人の役割もこなし、彼らを一元管理するのが≪探索者ギルド≫。
そして、いままさに俺たちが踏み入ったのがそのギルドなわけだけど……。
「し、死んでる……?」
門番のトーレに教えられたとおり、ギルドの建物はすぐに見つかった。
剣と杖に星霊樹が交わるレリーフが掲げられ、町の中でもっとも大きい建物は間違えようがなく、俺たちは警戒することもなく中に入ったんだ。
「い、いえ、私の≪生命探知≫スキルにはまだ反応が……」
内部は驚くほどのひどいありさまだった。
教室ほどの広さの室内は蜘蛛の巣や埃まみれで、人っ子ひとりいないと思ったものの、実際にはカウンターの裏に倒れていたのが、このご遺体……。
辺りにはうっすらと獣臭が漂い、これをやったのが獣の仕業だとするなら、なすすべがなかったとはいえ、俺が、領主が民を守れなかったことになる……。
もう少し早くはじめられていれば……こんなことには……。
「……え、いまなんて?」
「倒れているだけのようですが……」
「え?」
俺はおそるおそる倒れた人?に近づく。
ボロボロでわからなかったけど、どうやらギルド職員の制服を着ているようで、その様子からここの管理NPCだろうということはわかった。
「お、おい……君、だいじょ……」
「わぅ……のだ……」
「本当に生きてる……。何があった!?」
「わぅぅ……お腹すいたのだぁ……」
「なんだって!?」
虚ろな目をこちらに向ける少女は、たしかに「お腹すいた」と言った。
「アエカ、何か食べ物を持ってないか?」
「はい、携帯用の干し肉なら……」
「それでいい、この子に」
「こちらです。手を加えないと硬いですが……」
「わうぅっ!」
力なく横たわっていたはずの少女は、干し肉に跳びついてきた。
よほど、というか倒れるほどにお腹がすいていたんだろう、アエカに渡された干し肉を俺が手に持ったまま、ガツガツと勢いよく噛みちぎっている。
その勢いはまるで猛獣のごとし。
結局、俺は力いっぱいに押し倒され、最終的に馬乗りされた状態でお行儀の悪い食事は進……すっ……すすっ!? ちょっ、なにっ!?
「おい、やめっ!? オレは干し肉じゃない! ああっ、アエカたすけっ!」
「はぁ、はぁ……美少女同士でっ、くんずほぐれつぺろぺろ舐めまわされているのはぁっ、眼福ですぅっ!! はあぁっ、助かるぅっ!!」
「おおおおいっ!? 相手が美少女なら舐められていいのか!?」
「わうぅっ、命の恩人っ! ボクは一生ご主人さまについていくのだぁっ!」
「ちょっ、もうやめっ……なっ、舐めるなー-----っ!?」
なんだかよくわからないけど懐かれた。
***
そんなわけで、ひとしきり舐められたあとで俺は解放された。
「うぅ、顔を洗ったばかりで……」
ギルド職員の少女は、少しお腹が満たされたことでようやく落ち着いたようで、いまはギルド内の机で向かい合って座っている。
アエカは俺の背後に立ったまま、いまだ頬を赤らめ眼福とやらの余韻に浸っているので、しばらくはまともな反応を期待できないかもしれない。
「それで、君は? どうして倒れてたんだ?」
「わぅっ、ボクは“ムーシカ”。ギルドの受付をしてるのだ」
「え……」
この娘、俺がデザインした推しキャラのひとり、“ムーシカ”だ……。
わからなかったのは無理もない……。その姿があまりに薄汚れてボロボロで、頬はこけて痩せ細り、髪にしても真っ黒でゴワゴワだったから……。
本来の彼女は、ふわっふわの柔らかい小豆色の髪をふたつ結びにして、暗褐色の瞳に犬耳と尻尾はいまも同じだけど、もっと健康優良児のはず……。
年の頃は十五歳。プレイヤーがよく顔を合わせることになる獣人種の受付嬢で、愛嬌があって人懐っこく、こんな枯れ柳の様では絶対にないんだ……。
そんな彼女にいったい何があったというのか……。
「倒れたのは、ゴブリンのせいなのだ!」
「ゴブ!? 何があった?」
「北の森に棲みついたゴブリンが畑を荒らすのだ! そのせいで食べ物が行きわたらなくて、特に仕事がないボクはずっと後回しだったのだぁっ!」
ムーシカは目に大粒の涙を溜めて訴えかけてくる。
プレイヤーがいなければギルドに手数料は入らず、結果として生きるためには町に頼るしかなく、それも全体の食料が足りない状況となれば……。
「アエカ」
「盲点でした。サーバーを早期に稼働させてしまったせいで、プレイヤーありきの組織が割を食っているみたいですね……。あっ、おじさまのせいではありません! その前からすでに動かしはじめていたので、そのせいで……」
「うん、いちおう各地のチェックをしてもらえる? ユグドウェルに関してはオレが直接ゴブリン討伐に出るのと、可能なら物資支援も領主の名目で行いたい」
「はい、承りました。今回はこちらの落ち度なので、特別措置で行います」
「わぅ? ご主人さまは領主さまなのだ?」
ムーシカが首を傾げてかわいい仕草をしている。
「まだ名乗っていなかったな。余は“ニオ ニム キルルシュテン”、この地の領主となった者だ。支援が遅れた、いまから最善を尽くそう」
「わうぅっ! 星霊樹に毎日お祈りしてた願いが叶ったのだぁっ!」
表情をきらめかせ、机越しに跳びついてくるムーシカを俺は抱きとめた。
役得とも思えるけど、どうやら先ほどからの薄い獣臭は彼女からだ……。
この様子だと、なぜか満足に体も洗えていないのかもしれない……。
取り急ぎ問題を解決して、あとで湯でも沸かしてあげよう……。
「ムーシカ、クエストの発行を。手数料が入れば君の助けにもなるだろう」
「わっ、わうぅぅっ! 領主さまに一生ついていくのだぁっ!」
「余のことは、せめて“ニオさま”でいい」
「わうっ! ニオさまぁっ!」
そんな場合ではないんだろうけど、なんかほっこりする……。