第六十四話 もうやだ帰る!
“幽霊屋敷”はもとは洋館だったようで、一部は残されているものの、半分近くが倒壊して基礎しか残っていないありさまとなっていた。
木々の合間を抜け、雑草をかき分けて進み、ようやくたどり着いたのは唯一残されている玄関広間とみられる場所で、それも床や壁、天井のいたる所に穴が開いてもはや建物の意味をなしていない。
雰囲気はあるけど、これでは管理をされているといえないだろう……。
「あ、来た来たぁ。おふたりともぉ、こっちですよぉ」
聞きなれた声に視線を向けると、階段の裏から顔を覗かせるヒワがいた。
「ヒワ、ひどいありさまだが本当に記録は残されておるのか?」
「ヒワもぉ、最初はニオさまとおんなじ感想でしたよぉ。でもぉ、来てもらった目的は地下にあるのでぇ、上と比べたらましなんですよぉ」
「地下か……。その、管理人とやらが、ゆゆっ、幽霊だと聞いたのだが?」
「あれあれぇ、ニオさま、ひょっとして幽霊は苦手ですかぁ?」
「そっ、そんなことはないぞっ! ゴーストだって相手にしたではないかっ!」
「その割にぃ、アエカさまのうしろに隠れてますけどぉ?」
「い、いやっ、アエカは何かあってはいけないとっ、万が一に備えた盾となっておるだけだっ! なっ!?」
「はい。お側付きとして、ニオさまの御身をお守りするのは勤めですから」
「ほら、なっ! なっ!?」
「それならいいんですけどぉ、くふふっ♪」
あわわわわっ、たぶんこれ誤魔化せていないっ……!
とても楽しそうな、こちらにとってはいやーな笑みを浮かべたヒワのあとを追い、俺たちは地下へと通じる螺旋階段に踏み入った。
そうして、黙々と螺旋階段を下り続けて十分くらいだろうか、空気の冷たさは下るほどにむき出しの肌を刺すようになり、心もとないランタンの火が揺らめくたびに、俺は恐怖心を煽られ肩でビクリと反応してしまう。
石造りの狭い通路はただただ重苦しく、低い気温のなかでも、すでに脇や背中は冷や汗をかいてびっしょりだ。
「ここですよぉ」
「ひぅっ!?」
そんな恐怖心を煽られながらたどり着いた深部で、ヒワが躊躇なく開けた扉の向こうが目に入った瞬間、俺は思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
「ヒ、ヒィ、ヒワッ、死体がっ……!?」
「あ、これですかぁ? 長いこと監禁してたのでぇ、寝不足でいまは寝てるだけですよぉ。そのうち起きると思いますぅ」
「か、かか、監禁……?」
「ちょっと酷使しすぎましたぁ、てへぺろっ☆」
この娘、人様を監禁して酷使とかやっば……!
一見すると殺人現場のありさまだけど、ヒワが転がった人をつつくと「んがっ」とか「ござるぅ」とか寝言が漏れているので、本当に寝ているようだ。
気を取り直して辺りを見てみると、一言で言い現わすなら“古書店”のような雰囲気の図書館だった。
所狭しと並んだ本棚はもちろんのこと、辺り一面の床にまで本が乱雑に積み重なり、どれも古びれ埃が積もっている物もあるけど、手に取ってみると思っていた以上に状態はいいことがわかる。
ただ、室内が異様に暗い。灯りはアエカとヒワの持つランタンだけで、闇が凝縮したかのようなこの空間は俺にとって天敵そのものだった。
『おぼ……ぼぼ……あぁ……あぼぁ……あぁあ?』
「ひぅっ!? きゃああああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!!?」
そしてそれを目にしてしまったのは、帰りたいと思った瞬間だ。
俺は恥ずかしげもなく大きな悲鳴を上げ、それもシステムアシストがきっちり女の子の悲鳴に変換してくれる。
管理者である、その存在を忘れていたわけではない。
むしろ必要以上に身構えていたというのに、暗闇からにじみ出るそのおぞましい姿を見た瞬間、俺は思わずアエカに抱きついてしまった。
「デュフッ、ニオさまから率先して抱きついてくるなんて、普段は絶対にありえない状況は役得です。ヒワさん、ありがとうございます!」
「あれあれぇ、やっぱニオさまってぇ、怖いの苦手なんだぁ?」
「怖いのがというよりも、幽霊がですね」
「えぇ~、ザッコォ。幽霊といってもぉ、これも作りものだよねぇ」
『おぼぉ……あぁ……ああぁあぁぁぁぁ……』
「え、『私も生きてる』? どう見ても死んでるけどぉ?」
「なんにしても、さすがはヒワさんです。期待をしていただけはあります」
「え~、期待してくれたのぉ? アエカさまとは気が合いそぉ~」
「う、うぐ……。お、おまえら、たばかったな……」
「あれ、意外と正気を取り戻すのが早かったですね」
「は、離せっ、裏切り者ぉっ!」
「裏切っていませんよ。ヒワさんには期待をしていただけで、やり取りなどはしていませんから。なるべくしてなった、というわけです。クンカクンカ」
「匂いを嗅ぐなぁっ! 離せぇっ! ひっ、まだいるっ!?」
状況はしっちゃかめっちゃかだ。
幽霊――いまはおぼろげにヒワのそばにいるけど、その姿は和製ホラーに出てくる白い服を着て髪の長いあの姿のまま、落ちくぼんだ眼孔が底なしの暗闇で、それがまた怖いのなんのいまにも呪い殺されそう。
俺はアエカに抱きつき、当の抱きつかれた本人は嬉しそうに俺をヘッドロックして離さないから、胸に頭部を押しつけられている状態だ。
おまけにクンカクンカされて、そりゃ正気を取り戻さずにはいられない。
し、しかもなんで、ヒワにさらりと秘密を暴露してくれてんの!?
『おぉ……おばぁ、あぁ……おぼぁああぁぁぁぁ……』
「ひっ、やーーーーっ!! 近づくなーっ、離せーっ、帰るーっ!!」
「あ、ああ……ここまで取り乱すニオさまははじめてです! ああっ、生きていてよかったっ! この状態で永久保存ができたらっ! はぁはぁっ!」
「あっはっ♪ ニオさまもぉ、アエカさまもぉ、ほんとおもしろぉ♪ ツキちゃんをパーティに入れてもらって正解でしたぁ♪」
「うぅ、ヒワァッ! 余を辱めることが目的だったのかぁっ!?」
「そんなわけないじゃないですかぁ。私の目的はぁ、あくまで情報屋として優良情報を顧客に提供することですからぁ、ヒワとしてもぉ、ニオさまが取り乱したのは予想外ですよぉ」
「ううぅ、そんなこと言ってっ、そんなこと言ってっ! ほんとは……」
『おぼぉ……?』
「きっ!? きぃやぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!!?」
なんかもう、またしても大惨事である……!!




