外伝 id Software
――≪World Reincarnation≫、開発室。
「いやはや困ったね……。予想外の挙動ばかりでおじさんお手上げ……」
西暦2000年代の初頭、突如としてもたらされた技術的特異点により、新興でありながらも躍進を遂げたゲームメーカー。
それが、“id Software”。
現在は、≪World Reincarnation≫の開発と運営をメインプロジェクトとし、今日もその開発室ではひとりの男が頭を悩ませていた。
男の名は“寿崎 一真”。知る人ぞ知るエグゼクティブプロデューサーではあるが、彼をもってしてもゲーム内のトラブルを解決する糸口はない。
それというのも、プロジェクトの中核を担う独自技術を用いて築かれたメインシステムは、主となる構成要素はもちろんのこと単純な入力装置にいたるまで、そのすべてがブラックボックスの塊であるため。
管理権限を持つはずの寿崎に許されているのは、人格を持つオペレーティングシステムにお願いができる程度。
権限に意味はなく、その理由は彼でさえ知らされていない。
「お疲れーっす。寿崎さん、難しい顔してどうしたんすか?」
「お、てっちゃん、やっと来た。いや大丈夫よ」
「っす。頼まれてたことまとまったんで、報告に来たっす」
「いやいや、ほんと待ってたよ~」
彼らのいるサーバールームは基本的に薄暗い。
部屋の中央に大きな黒い鉄の箱が設置され、ディスプレイや計器類の数々が唯一の光源となる、昔ながらの集中管理型システムの様相だ。
そんな場所に、廊下からの明かりを背負ってやって来たのは、タブレットを手に持つ軽薄そうな雰囲気をまとった青年。
彼のパンクファッションは見た目どおりにチャラいが、見た目とは裏腹に根は真面目という評価の、寿崎を補佐するアシスタントプロデューサー。
「それで……って、結構な件を矢継ぎ早に頼んじゃったけどさあ、ひとりでなんとかなった? 大変だったでしょ?」
「それは大丈夫っす」
「大丈夫なの?」
「っす。というのも、本を正せば原因はひとつだったんすよ」
「んん? とりあえず順に報告もらおうか?」
「っす。えっと、最初はなんでしたっけ?」
「星霊樹の根に空いた穴の調査とその後の対応についてかな?」
「あーっと、そっすね。勇波さんやってくれたなー! ってガチ笑ったやつ」
「それで、確認してきてどうだった? 地上に崩落とかの危険ない?」
「問題ないっす。現地の高等光翼種にもコンタクトを取ったんすけど、あの大穴は橋をかけて補強するみたいなんで、事後処理は必要ないっす」
「へえ~、それはありがたい。お礼を言っといてね」
「っす。頭を下げるのは得意っすから、ははっ」
彼らが話しているのは、一歩間違えれば問題行動ともなっていた、ニオこと勇波 秀真による“星霊樹の根に大穴を開けちゃった事件”について。
その後は、オペレーティングシステム“アイリーン”からも音沙汰がなく、秀真に対しても特にお咎めなく、ただ事後調査のみが続いていた。
動的に変化を続ける世界で、最悪の事態だけは避けるために。
「っと、笑えるのはここまでで、問題はこのあとなんすよ」
「え、このあとってなに、イベントの件だっけ?」
「えっと、わかりやすく説明するのは難しいんすけど、実は、根に穴が開いた件と、イベントでニトグアって奴が復活しかけた件が繋がってたんす」
「詳しく?」
「ニオが放ったあのぶっといレーザー、根に穴を開けただけじゃなく、星霊樹の結界までぶっ壊してたんすよね。マジ笑った」
「いやいや!? 寝耳に水だよ!? どういうこと!?」
「どうもこうもまんまっす。星霊樹の世界を守る空の上の結界までぶっ壊して、そっから混沌の尖兵が侵入。んで、そいつらが封印されてたニトグアを復活させようとした、ってところっすかね」
「ええーっ! まずいんじゃない!? 混沌の尖兵なんて、メインシナリオの最終段階で相手するようなモンスターだよ!? 普通にまずいよ!?」
「ははっ、大丈夫っすよ。尖兵はアイリーンが出張ってなんとかして、結界もすぐ修復したって話なんで、とりあえず元通りなんじゃないっすか?」
「てっちゃんさあ、そう軽く言うけどおじさん心臓が止まっちゃうよ」
「いやあ、自分も聞いた時はビビったっすよ。勇波さんまじぱねえって」
「勇波、ほんとやってくれたなあ……」
「まっ、その辺は三条さんが責任を持つって話っすからね。いまも上に報告しに行ってるっすけど、あの人には誰もなんも言えないっすよ」
「三条ね……。結局は、僕らも彼女の手のひらの上ってことなのかもね」
「ははっ、美女に手綱を握られるのは悪くないっすけど」
「てっちゃんは気楽でいいよねえ」
三条――“三条 アエカ”。
≪World Reincarnation≫を構築するための核心技術をどこからか持ち寄り、いまもゲーム世界を管理する事実上の“創世の女神”たる存在。
勇波 秀真にとって、誰よりも近しい幼馴染であることはたしかだが、彼とて浮世離れした彼女のすべてを知るわけではない。
「んで、ウォルダーナとグランデストニアについては、この件のとばっちりみたいなもんなんで、あとの細かいのは添付ファイルに目を通してくださいっす」
「そっかあ……とりあえずお疲れさん。今晩の夕食は僕が奢るよ」
「うぇーいっ! 寿崎さん、ごちっすっ!!」
「勇波のことだからまたなんかやらかすだろうけど、その時も頼むよ」
「っす! 自分としては、笑えることなら大歓迎っすよ!」
「笑えるうちはね?」
彼らは揃ってサーバールームを退出する。
あとに残るのは、まるで監視をするかのように浮き出たホログラム。
三条 アエカの似姿――マザーオペレーティングシステム、“アイリーン”。
その憂いを帯びた表情は何も語らない。
ここではないどこか遠くを見やり、案ずるは自らの生みの親。
――“三条 アエカ”。
彼女が何をなそうとしているのか、誰も知らない。
誰にも何も告げず、ただひとり孤独の標を目指して歩む者。
思い煩うも粛々と、その先に何があろうとただ大切な彼がために。
アエカはひとり何も語らずに歩んでいく。
――≪星霊樹の世界≫は今日も星海のきらめきに満ちていた




