第六話 ≪World Reincarnation≫(2)
――ユグドウェル城塞、中庭。
「大きいな……。あれが星霊樹……」
あれから俺たちは、幽霊でも出そうなありさまの城館から表に出た。
思わず呆けて見上げるのは、空を覆い尽くしてしまうほどの巨大な根――
≪星霊樹アルス・パウリナ≫
≪World Reincarnation≫の特徴的な世界の外観は、星ひとつをまるごと根で抱え込む超々巨大樹の様で、すべてを指して≪星霊樹の世界≫とも呼ぶ。
その異様さは惑星規模。空よりもさらに高く、大気で青白く霞む根の裏が一面に張り巡らされ、幹の真下には疑似太陽まで存在している。
昼間は満足に見えないけど、夜に見上げることがあれば、星明かりにも似たきらめく枝葉が根の合間に見えることだろう。
はじめてプレイするゲーム――はじめて降り立つ未知の世界――。
「ふふっ。おじさま、嬉しそうですね」
「また表情に出てた? 新しいゲームをはじめる時はワクワクしないか?」
「はい。残念なことに、今回ばかりは私にその実感はありませんが、代わりにおじさまと過ごせる時間が増えることを嬉しく思っています」
「そういえば、お互いずいぶん長いこと休む暇もなかったから、こうしてふたりでゲームするのも久しぶりだ」
「あの……その節は、おじさまに負担をかけました……」
「ああ、いやっ、いまはのんびり楽しもう!?」
「はっ、はいっ! 目的の城下町は、城門から出て渓谷沿いに下流へと向かい、ほんの十分ほど歩けば到着します!」
アエカはまだ気にしているようで、連想させる発言は気をつけよう……。
そうして城館から離れた俺たちは朽ちた中庭を通り、これまた崩れた城門をくぐり抜け、すぐそばの渓流沿いを下流へと歩きはじめた。
周囲は緑豊かな自然に囲まれ、川のせせらぎや木々のざわめき、耳を澄ませば小鳥たちのさえずりまで聞こえ、どこまでも続く山間の風景はただのどか。
そんな中をピクニック気分で歩いて本当に十分――。
「おじさま、見えましたよ。あれがユグドウェルの城下町です」
アエカの指差す先に、たしかに人の営みが軒を連ねて存在した。
大自然の合間に見えるのは、石材を積み重ねて建てられた灰色の住居が並ぶ、見るからにこじんまりとした町。
壁はなく、中央は水路で分断され、斜面に窮屈そうに立ち並んでいる様は、そのままを一言で言い現わすなら“水路と階段の町”。
上流から見下ろす赤い瓦屋根の数は、見える限りで二十軒ほど。
「パッと見は町のようだけど、あの規模だとまだ村だ」
「住民の数は三十名ほどですが、初動の不足はないと思います」
「そんなもんか。割り当ての確認と、城塞への雇用は……」
「それなら、まず行くべき所は探索者ギルドですね。現状だと町役場の機能も担っているので、散策がてら探してみましょう」
「そうしよう」
俺たちはそのまま坂を下り続け、町の境界へと近づく。
「待て。この辺りじゃ見ない恰好だ、何者だ? どこから来た?」
町の入口で声をかけてきたのは、槍を持っているひとりの青年。
まだプレイヤーはいないから、ノンプレイヤーキャラクターで間違いない。
男性は上は粗末なチュニック、下は革製のズボンを履き、防具は身に着けていないことから、町にまだろくな装備がないことはわかる。
「我々は、上流にある城塞から来たんですが……」
「ニオさま、ここでは多少なりとも威厳を出してもらえますか?」
「あ、そうだった……」
というか、ニオの一人称は“余”だったな……。俺が言うのか……?
「よ、余の名は“ニオ ニム キルルシュテン”。ユグドウェル城塞を拠点とし、この地の新たな領主となった者だ。おまえの名も聞かせてもらえるか?」
こんな感じ……?
「はっ、領主さま!? 失礼しました! 自分は“トーレ”、門番です!」
「トーレか、覚えておこう。よろしく頼む」
「はっ!」
突然やって来たよそ者をすぐに受け入れるのは、システムに“領主”として認定されているからなのは当然として、NPCも思っていた以上に人間味がある。
目の前で慌てふためく様は、とても仮想生命だとは思えない。
「それで、視察に訪れたのだが、探索者ギルドの場所も教えてもらえるか?」
演じるって、どうにもやりにくい……。
「それでしたら、このまま水路沿いをまっすぐ進んでいただいて、南門のすぐそばにある町でもっとも大きな建物がギルドです」
「なるほど、まっすぐなら迷わないな。ありがとう、行ってみるよ」
「はっ! お役に立てて光栄です!」
「うーん、いまいちニオになりきれないな……」
「え?」
「いやっ、なんでもない……。気にするな」
「はっ!」
無駄な緊張から嫌な汗をかいてしまったけど、町にはなんとか入れた。
「少し挙動不審でしたが、いまはまだしかたありません。設定上のニオはもっと堂々としているので、いずれは慣れてくださいね、おじさま」
「が、がんばろう……」
NPCでこれだと、プレイヤーの前ではどうなるのか……。
本気でなりきるしかないけど、いまだって恥ずかしさで顔が熱い……。
「それと」
「まだ何か……?」
「歩き方が大股で、たしかに言動はおじさまのままでいいと言いましたが、もう少し女の子らしく歩くようにしてください」
「うぐっ!? そうは言われても……女の子らしいって、なんだ……?」
「しばらくの間はシステムにアシストさせますね」
「助かる……」
そんなこんなでアシストに体を引っ張られながら、水路沿いを進んでいく。
辺りからは湿気を帯びた生活臭が漂い、土地柄で水気があるのはしかたないとはいえ、少し不快感のある環境かもしれない。
最初は防壁を建造したかったけど、これならまずは区画と水路の整備をして、風通しと水はけを改善するところからはじめるべきだ。
この町を良くしていくのは俺自身、最高の楽園のために腕が鳴る。