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第五十四話 混沌の御使い(1)

 イースラの言ったとおり、扉は長い螺旋階段を下りた先にあった。


 UIのマップには歩いた箇所しか記されないため、邪教神殿跡は外周と十字構造部の一部しか表示されていない。

 踏破率は二割にも満たず、まだまだ探索の余地があるとはいえ目的はボス討伐だから、初見の不安はありつつも潔く前へと進むべきだ。


 探索も満足にできないのは、よく考えたら“縛りプレイ”のような状況だけど、だからこそ盛り上がるというのはあるのだろう。



「皆、準備はよいか? 不足があれば遠慮なく申せ」


「ニオさまの安全を考えるのなら、まずは強行偵察隊を送り込み、敵性を明るみにすることが筋だとは思うのですが……」


「仕方あるまい。余が先陣を務め、民に示さねばならぬときもある」


「それでこそニオ姫さまであられますな! なに、アエカ殿、それがしがこの鋼鉄の竜鎧をもってお守りいたすがゆえ、心配はご無用!」


「それならいいのですが、何か胸騒ぎがします……」



 ボスかもしれない、という時にアエカは怖いことを言う……。

 彼女の直感はよく当たるから、ろくでもないことが起きる前触れだ……。



「えとぉ、それじゃあボクはニオさまの指示があるまでぇ、≪光癒(lux)≫優先で原理を温存すればいいんですねぇ」


「ああ、内部では何があるか、攻撃パターンを見極めるまでは防御重視の戦術で挑む。(かなめ)はベルクとツキウミ、ふたりとも頼むぞ」


「しかと心得ましたぞ!」


「怖いのじゃないことを願いますけどぉ、がんばりますぅ」


「アエカとイースラは最大射程を維持し、何があってもすぐフォローに入れる立ち位置を心がけるように。そなたらは攻撃の(かなめ)だ」


「はい」


「ん、上手くやる」



 役割を確認した俺たちは両開きの鉄扉へと向かう。


 大きな鉄扉には十字と円のレリーフが刻まれているため、この奥がボス部屋かどうかはともかく、邪教神殿の中心部には続いているのだろう。


 区画が変わるだけなら拍子抜けだけど、個人的にはそのほうが助かる。



「ベルク」


「御意!」



 ベルクが鉄扉に手をかけ、重そうな響きを立てながら押し開けていく。



「よし、突入!」



 そうして、皆で一斉になだれ込んだ内部は異質な広間だった。


 四方に同じ鉄扉がほかにも三つ存在し、十字構造部の中心であることは確認できたけど、壁や天井の所々が崩れて内外問わずいくつもの滝が流れ落ちているから、これまでよりも空気が幾分か湿り気を帯びている。


 さらには、そこかしこに青く光る葉を茂らせた植物が枝や根を這わせていて、地下とは思えないほどの濃い緑の匂いが鼻を突く。


 装飾された白い石材――。


 青々とした実り豊かな植物――。


 水しぶきを上げ流れ落ちる滝――。


 そのすべてが“幻想”を演出するも、ここにあってはやはり異質(・・)

 邪教神殿というよりは、むしろ“地下庭園”と呼んだほうがいいくらいだ。


 だけど、問題は……。



『え、ボス部屋?』

『ボスなんていなくね?』

『きれいだけど、なんでか寒気がする?』

『俺も、なんか怖い?』

『わかる、逃げ出したい。なんでだ?』



 画面越しの配信コメント欄でも困惑の声が上がっている。


 正体の知れない異質さ、出どころの知れない寒気、これはいったい。

 “ここにいてはいけない”、そんな怖気が心の底から湧き上がってくる。


 心穏やかにしてくれそうな“地下庭園”という光景で、なぜ……。



「ぬぅ……。この尋常ならざる気配……ただごとにあらず……」


「警戒を緩めるな! 臆せば待つのは敗北ぞ!」


「然り!」


「うそ……。いけ……ない……」


「アエカ……? どうし……」



【マまマエ……待テ……カワ、カわかあクァわわワッ……オマ、おまエンッ、待てタッ……オデ、デでデッ……おでノッ、イトし、おま、マママっ……】



「――っ!?」



 それは意味の伝わらない、まるで地獄から響くかのような異音だった。

 どこからか唐突に響き渡り、臓腑にまで闇を落とすかのような声音だった。



「ひぅっ!? なにぃっ!?」


くさい(・・・)……」



 ツキウミは(おのの)き、イースラは臭いと言う。



【おで、デで、オマ、おまアっ、おまえ、エエえっ、待つテタっ、ここオッ】



 だけど、よくよく耳を傾けるとそれはたしかな意味を持っている。



「『おまえを待ってた』……?」


【アッ、あアッ、いトッ、トトッ、いとシッ、おマままエッ、おでっ、待てタッ】



 ――『愛しのおまえを待ってた』。


 理解はしたくないけど、正体不明の声音は間違いなくそう告げている。



「誰を……余を、か……?」


【アッ、あアッ、おマッ、ままっ、オまえっ、イトとシッ、オマ、ままマッ】



 ゾッとした。


 背に氷柱を当てられたかのように、首元に鋭利な刃物を突きつけられたかのように、その闇深き()は、たしかに俺に向かって意思を向けているんだ。


 汗が流れ落ちる。頬だけでなく、脇も背も大腿部もにじみ出た冷や汗で濡れ、すぐに湿った服が一瞬で体温を奪っていくようにも感じる。


 声の主はいったい何者か……こんなの、聞いていない……。



「出てこい……。いますぐに……余の前に姿を現せ……!!」


【あ、ああア、オデ、ここ、オま、まま、オマえのォ、ままマえンッ、ここォ】


「――っ!?!!?」



 声がそう告げると、樹木としか認識できなかった物体が蠢いた。


 それは広間の中央に鎮座していた、木の根が絡み合ったひと塊の異形(・・)

 蠢き、徐々にほぐれていく様は醜く、ヘドロが寄り集まったようにも見える。


 濃い緑の匂いの中に腐敗臭が漂いはじめ、それがまた吐き気も刺激する。



「うそ……だろ……」



 誰もが口を噤む中で、俺はようやくそれだけを絞り出した。



【オッ、おでッ、ヒオッ、人、なタッ、おま、マえとっ、まぐわワウッ、たたンメッ、おでデ、オでトッ、おまえ、子ヲッ、あたえエエッられェンッ】



 こいつ(・・・)が、“人”であるはずはなかった。


 こんな歪な姿で、“人”を名乗っていいはずはなかった。


 どうやら、地下水道で交戦した時に見初められた(・・・・・・)らしいけど、一体全体、何がどうなればその姿になってしまうのか、俺はこいつを知っている。



「冗談はよしてくれ……。きさまか……」



 その姿は骸を渡った結果だとしても、あまりにも異質(・・)だった。



「“骸渡りのトリストロイ”……!!」

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