第五十二話 匠は足元から。
俺たちは邪教神殿をさらに奥へと進む。
白い石材の廊下はもとが神聖な様相であろうと、いまはそこかしこが黒く汚され、おそらくは血しぶきなんだろう、どこも凄惨なばかりだ。
十字構造物と思われる場所に入ってからは、途中に部屋もないこの廊下をひたすら行けるところまで進んでいる。
幾度となく曲がり、幾度となく階段を上り下りし、複雑に入り組んだ構造は目印となるわかりやすいランドマークもなく、これこそ“迷宮”と呼んでもいい。
幸い、通路自体は大柄なベルクが十分に立ち回れるほどの広さがあるため、遭遇するモンスターを相手に後れを取ることはいまのところない。
ここで厄介なのは、やはり地形を無視して強襲するゴースト。
「うぅ、原理が三分の一を切りましたぁ」
「それはまずいな。ほかの者は?」
「私は半分ほどです」
「それがしは残り二割もなく」
「あたしも半分」
「どこかで休憩を取らねばならぬか……」
邪教神殿に入ってから一時間は経過しただろうか。
隠し通路を発見するのが早かったため、順位を考えればそう悪くない位置にはいると思うけど、原理が低下している状態では強行もできない。
ダンジョンには、各階層に必ずひとつはセーフティエリアが用意されているはずだから、特に通路だらけのこの場所はあればすぐにわかるはずだ。
「しばらくは余力を残した余が先導しよう。まずはセーフティエリアを探す、ベルクとツキウミはしばし原理の回復に務めよ」
「承知!」
「わかりましたぁ」
そんなわけで隊列を入れ替え、ベルクが殿、俺がひとりの前衛。
それにしても、属性付与をしながらの戦闘はやはり原理の消耗が激しい。
これまでは高数値のニオだからこそ実感はなかったけど、一般プレイヤーに関しては長丁場でのリソース管理を考えないと底をつきかねない。
「とはいえ、このまま闇雲に進んでいるだけで目的地にたどり着けるのか」
「一度、野営をしますか? 二、三十分休むだけでも違うと思いますが」
「その辺の通路でだろう? パーティの安全を第一にするのなら、まずはセーフティエリアを見つけたいところだが……」
「では、探索をする残り時間を定めませんか?」
「ふむ、その案を受け入れよう。十五分でどうだ?」
「かしこまりました、カウントします。十五分探索してセーフティエリアにたどり着けなかった場合は、強制的に休憩とさせていただきます」
「うむ」
切りを設けるのは悪くない。
現実でも、熱中すると食事や休憩をおざなりにして絵描きに没頭してしまう俺に、アエカがよく提案してくれたことだっけ。
すでに懐かしいとさえ思ってしまうそんなやり取りに、どこか無理強いをしようとしていた俺の心が解きほぐされたのを感じる。
最近では、現実の体がいまも治療中ということをよく忘れてしまうんだ。
すでに馴染みすぎているニオの体……。いずれは現実に復帰する時が来るのだから、あまりのめり込むわけにはいかない……。
「引き続きゴーストの襲撃には十分な警戒を。憑依でもされてしまえば全滅もありうるからな。特に床下からのひゃあんっ! 冷たっ!?」
「ニオさま!?」
「ニオ姫さま!?」
そうして指針を定めた時、唐突に感じた下腹部の冷たさに視線を下ろすと、足元に床をすり抜けたゴーストの存在を視認できた。
『……!?』
『…………っ!!』
『『『キターーーーーーーーーーーーーーーーッ!!』』』
『ゴーストさん、ナイスゥッ!!』
『これは匠の仕業、やりますねぇ……』
『ありがとうございます! ありがとうございます!』
『ああーっ! これで寿命が五十年は伸びるってもんです!』
『さすがニオさま! 神速のフラグ回収を平然とやってのける!』
『『『そこにシビれる! あこがれるゥ!』』』
「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
俺は左手でスカートを押さえ、右手でゴーストに特大剣を突きこんだ。
剣身は床下へと完全に埋まり、そしてへたり込んだ俺。
だだってあの野郎、パパパンツを下ろしてくれやがったんだもにょっ!?
配信コメント欄は、唐突に晒されることとなったニオのパンツに荒ぶり、年に一度の祭かのような大騒ぎとなっている。
俺の体は意識せずにぷるぷると震え、ずり下ろされたパンツを足首に引っ掛けたまま、だからと立ち上がって直すこともできずに涙目だ。
み、みみっ、みぇっ、見えていない……よね……?
「いっ、一度カメラを止めてください! さすがにやりすぎです!」
そうして、アエカのひと声によってカメラは止められた……。
***
「う、うぐぅ……また、あんな辱めを……」
「確認しましたが、偶然の産物らしいです……」
「あんな偶然があってたまるかっ……!!」
カメラを止められたあと、自分の意思とは無関係に泣きじゃくるニオをアエカが介抱してくれて、ついでに落ちたパンツも直してくれた。
さらに彼女の指示でイースラを偵察に出し、セーフティエリアまで発見したあとで移動し、いまは抱きしめられ慰められているような状態だ。
アエカの肩に頬を寄せ、頭を優しく撫でられている状況は、もうどちらが本来の保護者かわからない……。
「おなごの下着を下ろすなぞ言語道断、騎士の風上にもおけぬ輩よ」
「ベルクさん、ゴーストは騎士じゃありませんよぉ……」
「そ、そうか……。先の出来事はそれがしも動揺せざるをえなかった……」
「余は、こうしてなぜかひどい目に遭うてばかり……。このような無様な姿を見せられ、幻滅したか……?」
「否! なればと、それがしはさらに自らを鍛え、いかような事態からもニオ姫さまをお守りする覚悟を定め申した!」
「そうか……。そなたでよかった、ベルク」
「もったいなきお言葉!」
「ボクは自分でなくてよかったぁ、と少し安心しちゃいましたぁ……。ニオさま、ごめんなさいぃ」
「よい。ツキウミも難儀な様であるからな……」
「ううぅ……」
セーフティエリアは部屋というより、周囲の壁が崩壊した広間だ。
焚火を囲んで皆で腰を下ろし、いちおうは落ち着いているものの、ハプニングがあったばかりの心境はとても穏やかにはなれなかった。
ハラスメント対策で本来は他人の服を脱がすことはできないけど、モンスターが相手ではそれも効果なくこのざま、とは……。
イベントは続き、どんな顔で配信に復帰すればいいのか……。
はぁああぁぁぁぁ………。
大きな溜め息が心の内で反響していった……。




