第五話 ≪World Reincarnation≫(1)
「それで、オレはどこからはじめればいい?」
新世代VRMMO≪World Reincarnation≫――。
このゲームは一般的なVRMMOでありながら、ストラテジーの一面もある。
文明のシミュレート。つまり、プレイヤーは自分たちの手で国を興し、内政や外交、他国との貿易や戦争まで自らコントロールすることができるんだ。
そして、予定されていた本来の“ニオ”は、人工知能国家としてプレイヤーたちの礎となり先導する役割を担っていた。
だから、「どこから」の内容によって俺の役割はだいぶ変わってくる。
「具体的には、“ニオ ニム キルルシュテン”として、彼女の統治する“ユグドウェル輝竜皇国”を興すところからはじめてもらいます」
“ユグドウェル輝竜皇国”――ニオを頂点とし、竜人種、獣人種などの戦闘に秀でた種が多く集う、山間部に強固な城塞都市を築き上げた多民族国家。
俺にとっては、楽園を築くための願ってもない理想的な環境だ。
「了解したけど、ほぼ最初からだとリリースまで間に合うか……」
「正式リリースまで、現実時間で残すところは十日です。現実での六時間が、こちらの世界での一日になるので、時間はまだ十分にあります」
「あと四十日か……」
「はい。最低限の基盤となる城下町は整っているので、まずはこの城塞を解放し、プレイヤーを迎え入れる“はじまりの町”の整備からお願いしますね」
「わかった。オレの手に余る部分はサポートに頼るから、これからよろしくな」
「はい! 私が責任を持っておじさまのチュートリアルを担当します!」
アエカは急に声を荒げ、どうも別のやる気があるような気がしてならない。
「お手柔らかに……」
「ではおじさま、玉座に座ってもらえますか?」
「うん?」
「城塞を解放します」
「ああ、はい」
俺は案内されるまま、もともと座っていた玉座に再び腰をかけた。
「あ、おじさま、いまは女の子なんですから、膝は閉じて座ってください」
「うぐっ!? そ、それはそう、なんだけど……あらためて“女の子”なんて言われると、こう、羞恥心が刺激されるというか、なんというか……」
「おっ、おじさまが……かわいい……デュフ」
「頼むから、襲わないでくれよ……?」
「頭をなでなでするくらいはいいですよねっ! 少しだけっ!」
「やめろ! 角を掴むな! いまはそれどころじゃない!」
「おじさまのいじわるっ!」
このザマで一見はしとやかな女性なんだからどうしたものか。
俺はなんとかアエカを制し、今度はきっちりと膝を閉じて座った。
意識しないとチラ見せ大盤振る舞いになるのは、自分としても困る。
ニオを、おっさんが少女を演じるとか、安請け合いだったか……。
『拠点を解放し、管理下に置きますか?』
俺の葛藤をよそに、どこからともなくアナウンスが聞こえてきた。
同時に出てくる選択肢は、「はい」か「いいえ」といたってシンプルだ。
「もちろん、はい」
『“ユグドウェル城塞廃墟”は“ニオ ニム キルルシュテン”により解放されました。周辺地域の統治権は“ニオ ニム キルルシュテン”に移譲します』
「できた。というか廃墟か……」
「おじさま、おめでとうございます。いまはまだ廃墟ですが、いずれは皇城にまで発展させてもらいたいので、一緒にがんばりましょう」
「そうだな。それなら、ストラテジーのセオリーはリソースの確保から。まずは城下町や周辺地理の確認からはじめて、最初は人的資源を確保したい」
「さすがはおじさま、慣れていますね」
「歳を取ると反射神経が鈍るから、むしろストラテジーなんかはよくやるんだ」
文明ストラテジーというと、先立つものにまず人的資源がある。
さらに言うなら、金銭、資材、時間もだけど、限られたリソースの中でどうやり繰りするかが、序盤の発展速度を決定づけるプレイヤーの手腕となるんだ。
とりあえず、今回は競う必要がないとはいえモンスターがいるので、戦略は経済と軍事をほどほどに両立する、内政寄りの防衛重視でいくつもり。
「じゃあ、まずは城下町に行ってみよう」
「はい」
俺は玉座から立ち上がり、あらためて自分のレリックを肩に担いだ。
「ところで、アエカのことはゲーム内でなんと呼べばいい?」
「私はそのままで構いませんよ。おじさまには、私を私のままで認めてもらいたいので。おじさまのことは、さすがに人前では“ニオさま”と呼びますね」
「うん? アエカがいいならそのまま呼ぶけど……」
ただゲーム内でのプレイヤー名を聞いただけなのに、妙な物言いだ。
もともと、アエカはどこか浮世離れしていて、接する人すべてに驚愕を与えるような存在だったから、うかがい知れない理由があるのかもしれない。
俺自身が、ひとつ間違えれば……という状況に陥っていたこともあり、必ずしも楽しめるばかりではないということもわかっている。
不安がないといったら嘘になるけど、優秀な彼女を信頼していることはたしかだから、いまはただ任せられた役割をまっとうするしかないんだ。
この、≪World Reincarnation≫の世界で――。
「何か気になることでもありますか?」
「よく見てるな、表情に出てたか?」
「おじさまのことなら、誰よりもよく見ていますから」
「そうだな……さっきの、ゴブリンに舐められた臭いが残ってて……」
「あれは私にとっても一生の不覚でした……。おじさまに対するあのような凌辱的な行為、次に見つけたら徹底的に汚物として消毒してみせます……」
「ゴブリン逃げてー---っ!!」
「美少女を舐めていいのは私だけです!」
「やめろ!?」
とりあえず顔を洗うことにした。