第四十三話 平穏の中、彼は次へと覚悟をする。
――ユグドウェル城塞、執務室。
「そんなわけで、生配信イベントを行いたいとのことなのよ」
いつものように執務机に座る俺の前に、今日はアイリーンがいる。
「生配信……。なんともいやな響きだな……」
「なぁんでなのよっ! ただの生配信をいやだなんて言うのは、古今東西どこを探してもニオしゃまくらいのものなのよ!」
「だって、絶対にろくでもないことが起きるに違いないんだ!」
「も~、ニオしゃまがトラウマを抱えてるのはわかるけど、上からのお達しだから社畜としてせいぜい気張るといいのよ~」
「そんな言葉をどこで覚えた……」
「アイリーンはよくできた人工知能なので、このくらいの言い回しを自力で学習するのは朝飯前なのよ。ふっふ~り」
ベルクとツキウミとパーティを組むことになった翌朝、アイリーンが唐突に言い出したのは、≪World Reincarnation≫の開発運営を担う“id Software”が企画する、“各国協賛の生配信レースイベント”について。
ここで言う“各国”というのは、“ユグドウェル輝竜皇国”をはじめとする、“ウォルダーナ森星王国”と“グランデストニア連邦共和国”の公式三ヵ国。
イベントの内容は、“指定ダンジョンの攻略で順位を競おう”というもの。
すべてのプレイヤーが参加でき、もちろん上位入賞者には豪華賞品が用意されて自分もイベント自体はやる気があるけど、上からのお達しが、各国領主パーティはリアルタイムで配信を行うようにとのことなんだ。
つまり、もしもここでいつものこととなってしまえば、より多くの人の目に晒され、今度こそ引きこもらざるをえなくなってしまうかもしれない……。
「やりたくはないけど、個の成長速度だけならずっとログインできるオレにアドバンテージがある。優勝を狙いにいってもいいんだな?」
「いいのよ。上もそのつもりらしいし」
「うん? どういう意味?」
「詳しくは知らないのよ。アイリーンだって、いまのニオしゃまと同じく現実には干渉できないから、運営の考えはいわゆる“天上の意思”なのよ」
「なんか引っかかるけど、どのみち手の出しようがない……」
「それでも、アエカしゃんだけはいつでもニオしゃまの味方なのよ」
「それは……まあ、アエカだからな……」
彼女だけは 何があろうと俺を第一に考えてくれる。
自意識過剰とも思えるけど、不思議とそう信じられるのが、アエカ。
「ところで、イベントはいつから?」
「今週末の日曜なのよ」
「えーと、今日は何曜日?」
「木曜なのよ」
「早すぎない!?」
「内部時間だと二週間はあるから、準備には十分なのよ」
「ああ、現実時間でか……。それでも大した時間はないな……」
「多くのプレイヤーが長期休暇のうちにやりたかったみたいだから、いちおうリリースイベントのひとつとして予定されてたのよ」
こういう話を聞くと、運営されているゲームなんだとは思う。
でもやはり、できすぎた世界というのはそれだけで違和感がある。
砂粒のひとつを指で摘まめ、掃除をしなければ埃が積もり、オブジェクト同士の干渉でさえ浮きも沈みもいっさいがなく完璧に調整された、この世界。
デジタル技術は加速度的に進歩を続けているけど、だからといって自らの五感が現実と誤認をしてしまう仮想世界の構築は、果たして可能なのか。
この中で生きる時間が長くなるほどに、疑念は増すばかりだ。
「ニオしゃま?」
「ん、いや、了解した。ベルクとツキウミがログインしてる間に、一度はパーティの連携を確認しておかないとと思って」
「ここ数日のログイン傾向から判断すると、そろそろ来るのよ」
「そんなこともわかるのか?」
「あくまで傾向だから、普段とは違う行動を取られる場合もあるのよ」
「印象的には、ベルクは社会人、ツキウミは学生っぽいからな」
「こればかりは仕方ないのよ~」
ゲーム内にずっとログインしていられる、なんて状況はまずないから、プレイヤーとパーティを組むとなると俺の待機時間がどうしても長くなる。
この差がアドバンテージではあるものの、手持ち無沙汰な時間はどうしようもないため、そんなときに助かるのがやはりNPCの存在だ。
「と、そろそろかな」
マップを確認すると、青色の光点が城館の廊下を移動している。
この光点はパーティメンバーを示していて、直属とした以上は一日のはじめにまず顔を出すようにと、昨日のうちに伝えておいたんだ。
「ニオさま、来た」
ノックもなく、無遠慮に扉を開けたのはイースラ。
「おはよう、イースラ」
「おはようなのよ、イースラさん」
「ん、おはよう」
≪World Reincarnation≫はNPCともパーティが組める。
そのメリットは、俺にとっては“時間が合う”に尽きるけど、実はレリックを持っていないというだけで、彼女たちにも育成要素があったりするんだ。
それは、まず好感度とステータス上げ。そしてもっとも重要となるのが、ユニークスキルを経験や学習によって発現できるということ。
プレイヤーの場合、ユニークスキルは特殊な条件を満たさないと入手できず、その代わりにレリックスキルの付け替えが可能。
それがNPCとなると、個の能力に見合ったユニークスキルを成長とともに覚えていくから、育成をしていけば特化した人材となるわけだ。
イースラは、偶然にも命を救ったことが好感度の上昇に繋がったから、彼女との縁はいろいろと運がよかった。
「今日は、ベルクとツキウミが来てからパーティで行動しようと考えている。それまではのんびりしていても構わないが、朝食でも食べるか?」
「ん! ティコの料理なら喜んで!」
「せっかくだからムーシカも呼ぶか……」
「ムーシカなら一緒に来た」
「え、どこに?」
「いい匂いに釣られて厨房へ」
「そうか、彼女らしいな」
執務室に引きこもっているうちは穏やかな朝の風景の中、とりあえず朝食ができるのを待ちながら、彼女たちと歓談をして過ごす。
いまばかりは満ち足りた平穏……。
自ら目指さずとも、楽園はすぐそばにあるのかもしれない……。




