第三十八話 人生においてこれほどの危機があっただろうか、いやない。
「ひゃうっ!?」
反撃だと意気込んだものの、足元から体を撫で上げるおぞましい感触に、俺は再びかわいらしい悲鳴を上げてしまった。
肉壁に埋もれて下方は見えないため、その正体まではわからない。
「ん……。やめっ……はんっ!? またっ、そんなとこっ……」
その何かは脚を伝い、スカートをまくり上げながら服の中にまで侵入し、おぞましい感触と同時にビリビリとした快感まで肌に残していく。
「ん、ん、んはっ……。こんな……こと……ばかり……。んああっ!?」
不幸中の幸いは、この状態が誰にも見られていないこと。
とはいえ、もしもこのまま助け出されてしまえば、息も絶え絶えになったあられもない姿が多くの衆目に晒されるのは確実だ。
「くっ、くっ……。このままっ、いいようにされるかっ……んぅっ!?」
なんとか反撃に転じようと身じろぐも、その瞬間、胸元から細い管のようなものがにょろりと生えてきた。
これはワームの触腕か、いや舌か、とにかくたくさんの細い肉の管が、服の隙間という隙間から這い上がってくる。
例えるなら、巨大イソギンチャクに放り込まれた美少女!
「あばばばばっ!? あ、あ、あ、アエカ助けっうぶぅっ!?」
地獄のような状況に、当然外からの反応はなく、口腔に突きこまれた肉管によって声を上げることすら許されなくされてしまった。
だけど、むしろ気持ちよくさえ感じるようになっている自分がいる。
粘液自体に快楽物質でも含まれているのか、それとも体を這いまわる肉管の刺激によるものか、意識は蕩け、もうどうでもよく……。
「らめあっ!(ダメだっ!) れいこうすういしひをうはっへっ(抵抗する意識を奪ってっ)、しょうはするひあっ!(消化する気だっ!)」
口を塞がれたまま、精一杯に声を上げて強力な催淫効果に抗う。
「ふーっ、ふーっ、ひもちよくなんあっ(気持ちよくなんかっ)、ないんらかあっ!!(ないんだからっ!!) あーっ、あーっ、あぅぅっ……あやくぅ(早くぅ)……あっ、あやくぅぅぅぅっ!!(はっ、早くぅぅぅぅっ!!)」
『原理充填率100%、≪創世の灰≫アクティベーションレディ』
「キアーーーーーーーーーーッ!!(キターーーーーーーーーーッ!!)」
もう四の五のは言っていられない、創り出す形はなんでもいい。
それも、こんな危険な奴は跡形もなく燃やし尽くせるくらいの……そう、ニオの光焔属性をそのまま増幅させて、もういっそ天を衝くサテライトレーザー……それ! サテライトレーザーがいい! ぶっ放せっ!
口腔を犯す肉管を無理やり噛みちぎり、金光が充満する中で、俺は真上を、その先にあるだろう空と星霊樹を仰いだ。
「あはははっ! 撃てええええええええええええええええええっ!!」
視界が黄金色の閃光に包まれる。
そのただ中にいて、何が起きているのかはわからない。
ただ金光は俺に影響を与えることなく、体を包み込んだ肉壁や肉管だけを、黒い粒子に変えていくから、スキルクリエイションは成功したんだろう。
“骸渡りのトリストロイ”を討伐して以来、いくら試してみても成功しなかったにもかかわらず、つまりは必死になれということか……。
「ニオさま!!」
「ニオ姫さま!!」
金光が収まると、目の前……というかクレーターができているから、その縁から覗き込んでこちらを見るアエカとベルクがいた。
だけど、彼女たちが駆け寄るのを待つことなく、俺はその場に倒れる。
仰ぎ見た空には金光の粒子が舞っていて、きれいだとは思うものの、遥か彼方に存在する星霊樹の根には大穴まで空いているから、これはさすがにまずいことをしでかしたとも自覚する……。
地形を変えてしまうほどのスキル行使……始末書ものだ……。
「ニオさまっ、ご無事でよかった……!」
クレーターを滑り降りてきたアエカに抱きしめられた。
体に力が入らないので人形のようだけど、彼女が支えてくれる。
ついでに、まくれ上がったスカートや崩れた衣服を整えてくれるので、そういった男の俺にはない女性ならではの気づかいはありがたい。
「ニオ姫さま! 御身をお守りできず、このベルク一生の不覚……! この失態は腹をかっさばいでも責任を取る所存……!」
「……必要ない。作戦会議の最中に襲撃を仕掛けるとは、冥獣は機を狙うておったのであろうな……。奴が一枚上手であった……」
「ぬぅ……」
「それもまずは頭を、余を狙うとは見事ではないか」
「敵ながらあっぱれ。まさにニオ姫さまのおっしゃるとおり……」
「だが飲み込んだ相手がまずかった、というだけのことよ」
「はっ! さすがは我が主と仰ぎ見たお方、感服つかまつった!」
「ベルク、精進せよ。そなたもこれからよ」
「御意!」
跪くベルクに対し、遠回しに「せっ、切腹なんかしなくていいから!」というやり取りをするけど、俺の姿はねっちょねちょのぐっちょぐちょだ。
集まってくるプレイヤーたちも、そんなニオの姿を見て最初は驚くものの、そのうち「さすがはニオたん、期待を裏切らない」とか言いはじめるので、今回もいつものこととなってしまったのである。
おっさんの反射神経では咄嗟に反応ができなかったんだよ……。
「アエカも、心配をかけた」
「はい……本当に……」
アエカは目尻に涙を溜め、演技にしては迫真。
やはり、“ゲームの中でも死んでしまえば次は目覚めないかもしれない”ということ自体が、何かを巧妙に演出されたやさしい嘘に思えてくる。
「それで、あれは余がやったのよな? 怪我人は……」
見上げるのは、根に空いた例の大穴だ。
「はい、大丈夫です。ニオさまが飲み込まれてから、ベルクさんが指揮を執って“冥獣ニェニェヤクトリェ”を包囲しました」
「うむ……。アエカ殿も、皆も、必死にニオ姫さまをお救いいたそうと励みはしたものの、彼奴めの表皮は柔らかく、それでいて硬く、誠に無念……」
「ですが、あわや全滅も免れないというところで、星霊樹の根に穴を開けるほどの閃光ですから、私たちはニオさまに救われたのです」
周りのプレイヤーたちも、「助かった」「ニオさまのおかげ」「やっぱニオさましか勝たん」と、俺の状態はともかく賞賛の声を上げてくれる。
それでも、自分の状態を見ると素直に喜べなかったりはするけど……。
「そうか……それでも礼を言わせてくれ。皆の者、功労に感謝する!」
「「「ははぁっ! ありがたき幸せ!」」」
結局、俺が飲み込まれてしまったことでネームド討伐は台無しになってしまったけど、それでも皆の顔はどこか晴れやかなものだった。
理由はよくわから……
「それにしても、ニオさまが強すぎな件」
「それな。根の領域に近いから不安だったが、安心したわ」
「期待どおりの姿も撮れたし、やっぱついてきて正解」
「僕なんか、新たな性癖に目覚めそうで……」
「自分は、一生をニオさまに付き従うことを宣誓するであります!」
「もー、これだから男どもはー。みんなちょっとあっち向いてて!」
「ニオさま、私のハンカチを使ってください。そのまま返してくださいね」
「わあ、ニオさまのほっぺもちもちしてる。うらやましー」
「ふふっ。ニオさま、大人気ですね」
「う……。それよりも早く風呂に入りたい……」
たぶん、≪皇姫への敬愛≫がこんなところでも威力を発揮していた……。




