第四話 おじさま、女の子になる。(4)
「おじさま、なんともありませんか?」
「何が? この状況以外は特になんとも」
「それなら成功したようですね。よかった……」
「……?」
アエカは胸をなでおろし、本当に安堵しているようだ。
何かあったとするなら、いまのこの姿こそが普段とは違う様子だろう。
そうして改めてニオの体を見下ろすと、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
なんとなく胸元を隠し、スカートの裾も押さえ、椅子のうしろにでも隠れたい。
「どうかしました?」
「いや、この姿を身内に見られるのは……」
特に、大きく開いている背や脇、股下がスースーして落ち着かない。
俺は膝を閉じ、できるだけ露出を減らそうとするも、こんな仕草ですらも自身の羞恥心を余計にくすぐる要因でしかなかった。
早いところ解放してほしいけど……この状況の原因だろう本人は、俺の目の前で満悦と申し訳なさが入り混じった複雑な表情をしている。
「かわいいですよ?」
「それは、そうなんだろうけど……」
「いえ、それどころではないですね……」
「ああ、説明をお願い……」
「はい。おじさま、まずはごめんなさい……」
「うん?」
「転送処理の際、周辺状況をろくに確認しないで事を急いだから、おじさまを危険な目に遭わせてしまいました……」
「ゴブリンのことなら無事にやり過ごせたから、謝られることでは……」
「それだけではないのです。私が、もっとおじさまの体調とスケジュールに気を配れていたら、こんなことには……。本当にごめんなさい……」
アエカはそう哀しげに告げると、両手を揃えて深く頭を下げた。
「どういうことだ……?」
そうして彼女は深く息を吸い、肩を強張らせたまま口を開く。
「おじさまは、私との電話中に倒れたのです……」
「え……」
「覚えていませんか……? 倒れた時に頭を強く打ってしまったようで、私が駆けつけた時には出血多量で意識もなく……」
「は……? オレ……仕事を、終えて……電話……。あの時……」
「すぐ病院に搬送しましたが、そのまま意識は回復することなく……もう四日も、おじさまは眠ったままの状態となっています……」
「そんな……」
驚くどころか血の気が引いてしまった……。
そういえば、ひどい痛みだけは覚えている……。
「でも、いまはこうして意識がある……。オレは……助かった……?」
「いえ……。いまは、≪World Reincarnation≫のメインサーバーに繋がれ、オペレーティングシステムが大脳の機能を代替している状態です……」
「なん……だって……!?」
「最先端のフルダイブ技術が功を奏し、緩やかに脳死へと向かう状態を止めるため、おじさまをこの世界で目覚めさせた……。というのが事の顛末ですね……」
「だから、≪World Reincarnation≫の中で……。オレは……どうなる……?」
「生かします。私が絶対に、どんなカタチでもおじさまを死なせません」
言葉を失った。
もしかしたら、俺は死んでいたのかもしれない。
アエカがそばにいなかったら、誰にも看取られることなく。
だけど、少なくとも意識があるのなら、俺はまだ生きながらえている。
仮想世界で、速鳴る心臓の鼓動が痛いと錯覚してしまうほどに驚いているけど、そ、そうか、そんな大変な事態になっていたのか……。
「た、助かった……。ありがとう……感謝するよ……」
「おじさまが戻られて、本当によかった……」
戻ったといえるのかは疑問だけど、たしかに俺はここにいるんだ。
アエカは強張っていた肩の力を抜き、俺のよく知る柔らかな表情へと戻る。
目尻に浮かべた涙を拭い、少し困り眉ながらも優しく微笑んでくれた。
「……でも、それならなんでニオの中に? プレイヤー用ってもう使えるよな?」
「それについては、会社から提示された保護するための条件ですね」
「それは、どういう……?」
「おじさまには、より人らしい“ニオ ニム キルルシュテン”を演じてもらいます」
「はいっ!?」
つまり、俺がニオの中の人……!?
「ま、待って……。理解はしたけど、少女を演じるなんてことは……」
「本来は人工知能が担う役割だったので、あまり無理は言いません。言動はおじさまのままで構わないので、いまは休暇を与えられたと思ってゲームを楽しんでもらえますか? 私もログインしてサポートをしますから」
「そういうことなら、しかたないか……。選択肢もなさそうだし……」
「本当にごめんなさい。私がもっと、家族の責務として、おじさまの私生活まで深く関わるようにしておけば、こんなことには……」
「いや、もう謝らないで。オレの責任はオレ自身のものだから、気に病まないでほしい。言うとおりにして、いまは≪World Reincarnation≫を楽しませてもらうよ」
「おじさま……」
俺はあらためて、小さくなってしまった自分の体を見下ろす。
本物と見まがうほどに体温を感じられるニオの体、当面の自分の体。
本当は、彼女を彼女として最大限に推したかったのが本音だけど、こうなってしまっては目的をあらためるしかない。
「よし……」
この世界には、ほかにも俺が生み出した“推しキャラ”たちがいる。
ならやることは大して変わりない。彼、彼女らを探し出し、ニオが君主として統治するユグドウェル輝竜皇国に集めて楽園を築くこと。
あとは療養のためにスローライフの維持と、プレイヤーとしても楽しもう。
「そうと決まれば、気持ちを切り替えて早速プレイするかな」
「あ、もうひとつだけ。ゲームの中でも死なないでください、絶対にです」
「それは、オレの症状と何か関係が……?」
「詳しくは言いませんが、次も覚醒させられるかはわからないので……」
「ああ……うん、わかった。ニオを傷つけたくないし、善処する」
俺自身の、ニオの体も含めての楽園ということが第一だ。
「おじさまは、本当にニオのことを大切にしているんですね」
「もちろんだ! 自分が中に入るとは、夢にも思わなかったけど……」
「ふふっ。それでは、少し遅くなりましたが、いまはこの果てなき世界をプレゼントとさせてください。おじさま、お誕生日おめでとうございます!」
「あ、そうか……。ありがとう、アエカ」
「はい! この≪星霊樹の世界≫はあなたを心より歓迎します!」
こうして、俺の≪World Reincarnation≫に引きこもる日々がスタートした。