第二十七話 GAME START(3)
「うぅ、おっさんの鈍った反射神経を舐めんなよぉ……」
そのせいで頭からいったわけだけど、いまは噴水の縁に座らせられ、アエカが濡らしたハンカチで額を冷やしてくれている。
多くのプレイヤーたちの目の前で、とんだ大失態をしたもんだ……。
「でも、皆さんには好評だったようですよ」
「なんでだ……」
意味がわからなかったけど、たしかに自分の推しキャラなら、普段はまず見られない姿というのはご褒美になるかもしれない……。
「あたしもかわいいと思った。ニオさまはかわいい」
「私もかわいいと思っていますから、恥ずかしがることはないのです」
「かわいいかわいいと連呼しないでくれ……! 余計に恥ずかしい……!」
もうすっかり膝を揃えて座るようになってしまった俺に、まだ男としての尊厳は残っているのだろうか。
ニオとして長い時間を過ごすことになれば、心まで女の子になってしまうのではないか、という言い知れない不安まで胸をよぎるようになっている。
それに、俺は本当に現実で生きていた人間なのか……。
実は、アエカが創り出した疑似生命だったなんてことは……。
「ニオ姫さま……!」
そんなふうに俺が悶々としていると、頭上から声が聞こえてきた。
同時に日を遮ったのは、身長が三メートルはあるような巨漢の“竜人種”。
横幅も相応に広く、竜人種は人と竜の間でどちら寄りにもできるアバターカスタマイズの中で、極めて竜に近しい姿形のプレイヤーだ。
ニオの姿で見上げると優に倍以上の身長差が、そのあまりにも大きい黒鋼の竜鎧に覆われた巨体が、次の瞬間には眼前で跪いた。
といっても、跪いた彼の頭部の位置は座る俺よりも高い……。
「まずはこのような無礼をお許しくだされ! それがしは、“ベルク”と申す竜が騎士を志す者! まさか、初日よりニオ姫さまに拝謁を賜れるとは、このベルク、無礼を承知でそれでも礼賛がため御前に参った次第!」
「え、あ……?」
その“ベルク”と名乗った竜人種の勢いに、俺は圧倒される。
遠巻きにするプレイヤーたちの視線も勇者を見るかのようで、聞こえてくる声も「まじか……」「あいつ、やりやがった……」などと、ニオに近づいた最初のプレイヤーとしての賞賛が大部分を占めていた。
「それがしはまだ若輩なれど、いずれはニオ姫さまの盾となるべく修練を積み、必ずや御身のもとに馳せ参ずる所存! なれば、このベルクをニオ姫さまの騎士として、どうかおそばに置いてはいただけぬだろうか! それがし一世一代のわがまま、無礼を承知で願い申し上げたい!」
この場にいる誰もが、呆気に取られた表情で様子を伺っている。
ロールプレイも極まると、本当にこういう人がいるのではないかと……。
ひとりのプレイヤーが、公式の、それも設定上はおいそれと近づけない相手に対し、どれほどの勇気を奮い立たせて一歩を踏み出したのかと……。
勢いには若干引きつつも、正直なところ、俺としても、本来のニオの性格的にも、こういう手合いの実直な人には弱いんだ……。
俺はその場で立ち上がり、彼を真正面から見下ろ……見上げる。
「ベルク、と言ったな……。その意気に免じ無礼は許そう……」
「は、ははっ!」
「だが、余も立場がある。我が騎士として相応しいか否か、まずは己自身の活躍をもって、このユグドウェルの地に勇名を轟かせてみせよ」
「ニオ……姫さま……」
「皆にも告げよう! 余はなにより、義の道を尊ぶ勇敢なる者を求める! なればこそ、余は報いるためにそなたらの願いを聞き届けよう!」
「ははーっ! ありがたき幸せ!」
「精進いたせ」
どうだ、なかなかに格好がついただろう!
……い、いや、転んだあとではむしろ格好がつかない。
俺は途端に恥ずかしくなり、思わず腕を抱いて身を縮こませてしまったけど、跪く竜騎士は頭を垂れるばかりでいまはこちらを見ていなかった。
「面を上げよ」
「はっ!」
「もう行け。修練を積むのであれば、頭を垂れている暇はないぞ。そなたが、我が騎士に相応しい御仁となる日を楽しみに待とうではないか」
「お心づかいかたじけなく。不肖ベルク、推して参る!」
そうして、どこかへと怒涛の勢いで走り去っていく彼を心の中で見送ったあとでも、やはり俺は恥ずかしさのあまり顔に熱がこもっていた。
なんか外野からは拍手をされているし……。
「堂に入った対応はすばらしいものでした。さすがはニオさまです」
「やめてくれ……。顔から火を噴きそうだ……」
アエカは本心から言っていそうだけど、かえっていたたまれない。
「かっこよかった。ニオさまは、かわいいもかっこいいも魅力」
「そ、そうか……」
噴水広場には、録画や配信までしているプレイヤーが大勢いるようで、ニオに関して言えば、ゲーム内で撮られた映像の共有をプロモーションの一環として認められているため、こちらからは拒否もできない……。
転んでからの一幕も、すぐにSNSで拡散されるんだろうな……。
なんにしても、いずれパーティは組みたいと考えていたから、近いうちに“ベルク”のような一般プレイヤーにも力を借りることにはなる。
その布石と考えれば、いまの対応は悪くない。
「アエカ、額はもう大丈夫。予定通りにギルドへと向かう」
「はい。まだ赤いですが、たんこぶができてしまっては……」
「ここから早く離れたいんだ……。頼む……」
「あっ、はいっ」
あくまで傷の手当てを優先しようとするアエカに対し、俺は耳打ちをして彼女にだけ本心を伝える。
普段は察しがいいにもかかわらず、俺に対する過保護な面が出ると周りが見えなくなるから、そのときは要望を素直に伝えたほうがいい。
なんにしても、予期しない事態になってしまったものの、俺たちはさらに町を縦断してますます混雑するだろう探索者ギルドを目指す。
これ以上は何も起こりませんようにと、切に願いながら……。




