第二十五話 GAME START(1)
――ユグドウェル城塞、執務室。
「き、緊張してきた……」
時刻は内部時間で朝の六時、現実時間では二十四時になる頃。
≪World Reincarnation≫は日が変わると同時に正式リリースを迎える。
五年もの開発期間を、そして“ニオ”としての四十日あまりを、この日のためだけに準備をしてきた成果がようやく結実するまで、あと少し――。
「大丈夫ですよ。おじさまがプレイする最新PVは大好評だったので、ニオは好意的に受け止められていますから」
「それ、オレも内部ブラウザで観てテンションが上がったばかりだけど、撮影するなら事前に連絡がほしかったなと……」
「ごめんなさい……。寿崎プロデューサーから黙っているようにと言われていたので……。自然体のままが欲しかったそうです……」
「寿崎さんか……。無茶ぶり好きだもんな……」
リリース前日になって公開されたPVは、本当にいいところばかりを集めたプレイアブル映像にはなっていたけど……あろうことか、ニオの“NG集”までまとめられていたんだ……。あの、舐められているやつを……。
聞くところによると、クライアントの第三次販売分が、この最新PVを公開したあとで一気に上限まで達したとか……。
「代わりといってはなんですが、国家運営のサポートとしてアイリーンをログインさせる許可も下りたので、その点はご期待ください」
「へえ、会うのははじめてだ」
「些末事は私かアイリーンが担当をするので、おじさまはできるだけ人前に出て、≪World Reincarnation≫のアピールをお願いしますね」
「う、結局それ……。せめてこの姿じゃなければ……」
「中身がおじさまだとは公表をしていないので、プレイヤーの皆さんにとってはあくまで“ニオ”でしかありませんよ」
「そうなんだろうけど……気持ち的にね……」
まあ、ここで不満を口にしても仕方ない。
小柄なニオではだいぶ大きい椅子から立ち上がり、すっかり廃墟でなくなった城塞を執務室の窓から眺める。
といっても、まず目に入るのは城壁だから、見張り塔かそれこそ城壁に上らなければ城下町の様子はわからない。
正式リリースまで現実ではあと数分だろうけど、内部時間ではあと三十分はあるから、役割を担うのなら町へ行っておくべきだろう。
「ここにいても仕方ない、出ようか」
「はい、やる気ですね」
「やる気とは違うけど……」
俺たちは揃って執務室をあとにする。
「ニオさま、お気をつけていってらっしゃいませ」
「「「いってらっしゃいませ」」」
見送りはロジェスタたち使用人。以前から追加で三人のメイドを雇ったので、玄関広間ではティコも含む総勢五名が丁寧に送り出してくれる。
城塞はまだまだ無骨な砦といった趣だけど、それでも皆が修復に全力を尽くしてくれたおかげで、リリースまでには間に合った。
ニオとしてすでに四十日を過ごしてしまった、この世界……。
今日、新たな転換点を迎える――。
俺は上着を翻し、すでに幾度となく通った川下への道を歩む。
あれから、間伐を終えたあとは植林もし、建物を最適な配置になるよう整え、防壁はまだ木材なものの町全体を隙間なく取り囲んだ。
農業、畜産といった技術研究も進み、少しずつ豊かになる領地には移住者もやって来るようになり、いまの総人口は百二十三名。
“ユグドウェル輝竜皇国”としてはまだまだはじまったばかりだけど、それも、これから訪れるプレイヤーたちによってすべては加速する。
そうそう、増員した狩人たちには周辺探索の指示を出しておいたから、北へ四十キロメートルほど行った場所に都市国家も見つけたんだ。
NPCが運営する国――といってもまだ村だけど、この“エスタ村”では馬の飼育が盛んなため、貿易協定を結んでいまでは商人が行き来をしている。
いずれは馬も仕入れて騎馬隊を組織し、騎士団の前身としたい。
「ニオさま、おはようございます! 本日は早いおこしで!」
立派な門構えとなった町の北門には、すっかり顔なじみの門番トーレが、いまはもう衛兵らしい皮鎧姿で警備に当たっていた。
「ああ、朝早くからご苦労。本日より、このユグドウェルにも探索者が訪れるため、領主としては寝坊もできないと思うてな」
「探索者が! この町がここまで発展できたのも、すべてはニオさまのおかげです! 本当にありがとうございます!」
「まだまだだ。これからも尽くしてもらうぞ、トーレ」
「はっ! 警備は自分にお任せください!」
トーレは実直なので、いずれは衛兵隊長に抜擢してもいいかもしれない。
「ニオさま、早い」
「イースラも、今日は朝から外回りか?」
俺たちが来たばかりの背後から、今度は赤毛のロングボブを風になびかせてイースラがやって来た。
彼女の姿は、フード付きのマントに皮の軽装鎧、森に溶け込むため配色は緑を基調とした地味なものだけど、肌がむき出しの脚だけは艶めかく、それでいて大腿部にはまだ痛々しい包帯が巻かれている。
あとは、なぜかいまでも≪罪なき囚人の首枷≫を装備したままで、あんな首元で目立つ物を気に入ったんだろうか……。
「朝一で仕掛けを確認してきた。今日はごちそう」
「大物を仕留めたんだな。だが、リハビリ中は無理をするな」
「ん。ニオさまは?」
「余は、間もなく訪れる探索者を迎え入れに来たんだが……イースラもついて来てくれるか?」
「ん。あたしはニオさまに身も心も捧げたから、もっと顎で使うべき」
「うん?」
一緒に狩りをすることはあるけど、そんなものをもらった覚えは……。
その時、ゴーン……ゴーン……と高らかに鳴る重厚な鐘の音が、遥か空の彼方、星霊樹の袂から俺たちのいる地上にまで響き渡った。
「ニオさま、時間です。プレイヤーの、探索者の来訪がはじまります」
「つ、ついにこの時が……」
話をしていて、一度は落ち着いていた体が震えだす。
緊張から腋や背には冷や汗をかき、動悸も激しくなる。
「大丈夫……。余はユグドウェル輝竜皇国、皇姫“ニオ ニム キルルシュテン”、この程度どうということはない……。大丈夫だ……」
そして、町のそこかしこで光柱のエフェクトがきらめいた。
はじまった……。
人々が何年とこの日を待ち続けた、最新フルダイブ型VRMMOの開幕。
その数は何千、何万どころではない。
第一陣で五十万人を優に超え、第二陣、第三陣と数を増して続くことで、やがては一千万人に達するプレイヤーたちが、この瞬間を待ち望んでいた。
本当にはじまるんだ……。
いまから、俺たちの真の冒険が……。




