第十九話 澱みの底に潜む者(2)
「古王国時代の宝箱ですね」
裸になったのが恥ずかしくてすぐに座ったから、気づかなかった。
よく見ると宝箱ではあるけど、長椅子に見えないこともないせいだ。
「トラップはないんだっけ?」
「第一層であれば、宝箱には罠自体が仕掛けられていません」
「ミミックだったりは……」
もし遭遇したら絶対に舐められる、というか噛まれる……。
「安心してください。ここはまだ初心者用のダンジョンです」
俺たちはとりあえず乾いた服を着て、あらためて宝箱と向き合う。
おそるおそる開けたところで、入っていたのはなんてことない服だった。
――古ユグドウェル王国騎士団総督用正装上衣 を手に入れた。
――古ユグドウェル王国騎士団総督用正装下衣 を手に入れた。
「へえ、古王国時代の軍装か」
「これは、希少なミスリル銀が織り込まれたエピック装備ですね。宝箱の配置はランダムとはいえ、名前付きの装備類は定められた範囲内で宝箱に入るので、現段階で見つけられたのは運がよかったです」
「なるほど……。ニオの装備が揃ってないから、ちょうど上に羽織るものが欲しいと思ってたんだ。使わせてもらって構わないか?」
「はい。ニオにならよく似合うと思います」
現状でニオの姿は不完全だ。というのも、彼女用の戦鎧や上着がなく、インナーのホルターネックワンピースしか着ていないため、脇から背にかけて大きく肌が露出しているのがどうにもスースーして落ち着かない。
下衣はいま履いているニーハイブーツに干渉するから無理として、ひとまず上衣だけ装備することにして身なりを整える。
とはいえ袖が余ってダボダボなので、肩に羽織るだけ。
うん。開襟型のジャケットは黒の生地に銀糸が織り込まれ、金で彩られた装飾や縁取りもなかなかに豪華で、高貴な面差しのニオにもよく似合う。
「なっ、なんで袖を通さないんですかっ!?」
と、個人的に満足していたら、唐突にアエカがうろたえはじめた。
「うん? どうしたんだ?」
「おじさまは、美少女の余った袖に包まりたいと思ったことはっ!?」
「ないけど……」
「私はありますっ! 期待していたのに、この仕打ちはあんまりですっ!」
「そんなこと言われても、武器を持つのに邪魔だから……」
「うぅ……。浮き出る肩甲骨をうしろから眺めるのも生きがいだったのに……」
「そんなことを生きがいにしてたの!?」
アエカは本当に残念そうに、ぐんにょりと体を揺らして床に寝転がった。
自らの口で「シクシク」と言いながらも、その表情は正真正銘のガン泣き。
推しに対し、理想とする姿を追い求めるのはわからないでもないけど……それにしては、彼女の変質的嗜好は行きすぎているように思うんだ……。
なんにしても、こんな所でこのありさまは困る……。
「アエカ、袖は実用でちょっと邪魔だったし、露出も減ったかもしれないけど、美少女がダボダボの軍装を羽織ってさらに大きな武器を担いでいるのは、なかなかに乙なもんじゃないか? どう思う?」
俺は力強く上着をひるがえし、行く先を指し示すポーズを取った。
むしろ、おかげで“輝竜種の姫”としてはそれらしくなってきたと思う。
外面だけとはいえ……。
肝心のアエカはというと、こちらを見上げてあからさまに目を輝かせる。
「あっ……。見えた……?」
俺は咄嗟にスカートを押さえて彼女の視線から逃れた。
「大満足です」
「鼻血が出てるけど……」
「鼻血ではありません、心のオアシスから流れ出る熱い血潮です」
「それは……まあ、よかった……」
「そうですよね、過度な露出ばかりがものの良し悪しとはならない。チラリと一瞬だけ垣間見える情緒というものは、なによりも人の心を揺り動かします」
「あ、ああ……」
なんか勝手に悟りをえてくれたようだ……。
「ここしばらく、おじさまがあまりにもかわいいもので、私としたことがわがままになってしまっていたようです。よきものは何をもってしてもよき……おじさまが教えたかったことはたしかにこの胸に刻みました。さすがはおじさまです!」
「うん、んー? ま、まあそういうこと……」
「というわけで、少しだけ二人羽織をさせてくださいっ!!」
「なんでぇっ!?」
意味不明な思考展開に思わず大声を上げてしまった。
耳がいいモンスターがいれば集まってきてしまうダンジョン内において、その驚きの声はあっという間に監獄の奥深くまで響き渡っていく。
返ってくるのはモンスターたちのざわめきと、何かを叩きつける金属音。
「まっ、待てっ! この音はなんだ!?」
跳びかかる勢いのアエカを制し、扉にはまった格子から耳を澄ますと、たしかにどこからか檻を叩くかのような人工的な音が聞こえてくる。
「いまの声がイースラに聞こえたのかも」
「そう遠くはないようですね。すぐに向かいましょう」
やがて金属音は聞こえなくなり、俺たちは手早く野営地を片づけ、音が聞こえたと思われるさらなる奥地へと向かう。
進む途中も、モンスターには何度か遠巻きにされたものの、なぜかそのまま暗闇へと消えていき襲いかかってくることはなかった。
この監獄区画という場所は、地下水路よりも空気が澱んで重い……。
「まずいですね」
「まずい? 何が?」
「私たちは、すでにボスエリアに踏み込んでいるようです」
「なんだって!? それだと、イースラもボスに遭遇した可能性が……」
「そのせいで、帰還できなくなっていたのかもしれません……」
「なんてこった……。まずは音の出どころを探すのが先、たぶんこの近辺だろうから、現在の状況をできるだけ正確に把握する」
「はい、急ぎましょう」
俺たちは小走りに、一つひとつの牢を覗き込む。
陰鬱な雰囲気はより陰鬱に、それなりに清らかだった水の匂いは鼻を突く腐臭に、あきらかに周囲の空気がここに来て様変わりをはじめた。
通路の奥から漂ってくる血なまぐささは、おそらくボスの餌場があるせい。
イースラは本当にこんな場所にいるのか……。
最悪の想定が脳裏を過ぎる……。




