第二話 おじさま、女の子になる。(2)
……。
…………。
………………。
う……ううぅ……ん……?
いま、何時……何時間……寝てた……?
一瞬の暗転のあと、俺は妙な感覚に意識を取り戻した。
開けにくいまぶたを擦り、まだおぼろげな意識の中で、どうにも重い体に違和感を覚えながらゆるゆると頭を上げていく。
どうやらベッドに向かう気力もなかったらしく、椅子に座ったままの姿勢なのは、デスクワークのあとで寝落ちしてしまったんだろう。
俺はさらにまぶたを擦り、滲む涙で潤しながらもなんとか目を開く。
「よく寝た……。ふあぁぁああぁ……あ?」
なんかいま、聞き覚えのないやたらとかわいらしいあくびが聞こえた。
「誰かいる……? は……?」
そして、焦点が定まるとともに視界に飛び込んできた――それ。
「おっ、おっぱいがある!?!!?」
それは、自らの見下ろした“おっぱい”だった。
男のものとは違う、お椀状に膨らんだふたつのもの。
一般的な日本人男性の自分には確実にないはずのもの。
「な、なんで……。オレのは……ない!?!!?」
条件反射で下も確認すると、あるはずのものは逆になかった。
それどころか、触れてしまったふとももはむっちりぷにぷにと柔らかく、スカートとニーハイブーツが形づくる絶対領域はこれ以上にない絶景。
「ど、どういうことだ……? こ、これ……オレの、体……?」
思わずふとももに力を入れると、だらしなく開いていた脚が閉じる。
少なくとも、この明らかに俺のものでない少女?の体は、自らの意思で動くいまの自分自身の体で間違いないようだ。
まだ夢でも見ているのか、それにしてはやけにリアルな……。
「いったい何が……。それにしても、この服……」
事態に混乱しながら、それでも着ている服には見覚えがあった。
「これ、ニオのためにデザインした……」
確認するために、いま試せることはひとつしかない。
ユーザーインターフェースにアクセスする所作は、思考認識とジェスチャー。
俺は“UIを開く”と意識しながら、手を視界の端から引き出すように動かし、VRゲームではスタンダードな“ステータスウィンドウ”を宙に展開させる。
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ニオ ニム キルルシュテン
種族:輝竜種
腕力:30
体力:15
敏捷:10
知能:25
原理:300
物理攻撃力:60
属性攻撃力:50
物理防御力:180
属性防御力:340
レリックスキル
なし
ユニークスキル
≪皇姫への敬愛≫:レベル1 継続時間:10秒
スキル所持者を視認したプレイヤーに≪英雄≫効果を付与する。
≪英雄≫効果中のすべてのプレイヤーは1.1倍の攻撃力補正を得る。
スキル所持者を視認することで≪英雄≫効果の更新、再所得が可能。
≪英雄≫ 士気向上:レベル1 クリティカル率向上:レベル1
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ウィンドウに表示されているのは、名前、ステータス、そしてその姿――。
「やはり……」
長く背を覆う陽光にきらめく紫銀色の髪、頭部には一対の竜角、臀部からは鱗に覆われた竜尾が生え、ウィンドウ越しに俺を見つめる勝気な瞳は黄金。
それでいて、小柄な体にまとう白地のホルターネックワンピースには細やかな装飾が施され、その光輝あふれるやんごとなき様は、多様に用意された種族の中でも特に希少な“輝竜種の姫”という唯一無二の存在だから。
「間違いない……。彼女こそが、ずっと夢に焦がれてきた……」
ユグドウェル輝竜皇国、皇姫――“ニオ ニム キルルシュテン”。
「やっと、やっと念願が叶った……! これで……いやでも、この状態――」
「ギィッ!? ギャハーー--ッ!」
「――っ!?」
状況がわからないまでも、ようやくいまの状態を認識しはじめた時、唐突に耳障りな奇声が聞こえてきた。
慌てて顔を上げると、どこともわからない石造りの広間の入口に、こちらを見て舌なめずりをする醜い小男がいる。
痩せこけた緑色の肌に腰布一枚だけの姿――“ゴブリン”だ。
「ギギャッ! ギョペジウナンギャッ!」
「なんだって!?」
「ギャッ、イキェペーー--ッ!!」
「うわっ!?」
こちらが身構える間もない一瞬のことだった。
ゴブリンが何事かを叫びながら、勢いよく跳びかかってきたんだ。
俺は肩を強く押され、椅子に座ったまま組み敷かれてしまう。
「ギャギュウニカッ、ウピョッ! レロレロレロレロレロレロ」
「ひっ、ぎゃあっ!? やっ、やめっ、ばっ、舐めるなっ!!」
伸しかかるゴブリンは、その長い舌であろうことか俺の頬を舐めまわす。
必死に剥がそうとするも、痩身のわりに力が強く満足に押し返せない。
それどころか、ゴブリンはやる気充分と言わんばかりに腰を振る。
ま、まさか……。
「くっ、くそがー-----っ!!」
「ギョペーーーーーーッ!?」
だから俺は、必死にやられまいと火事場の馬鹿力を振り絞った。
膝を折って互いの体の合間に脚を滑り込ませ、思いきり蹴とばしたんだ。
「はぁ、はぁ、はあぁぁ……。うぇ、べとべと……」
押し返せずともさすがに蹴りは有効だったようで、数メートル分の距離が空く。
俺の顔は粘り気のある唾液に侵され、よろよろと立ち上がりながら拭うも、残された臭気は吐き気を催してしまうほどにひどい。
すぐにでも状況を確認したいところだけど、いまはまずあのゴブリンをどうにかしないことには、なによりも大切なニオの貞操が危ない。
「このまま犯させるものか……!」