第十八話 澱みの底に潜む者(1)
俺たちはまず安全が確保できる場所を探すことにした。
滝の広間を探索すること十分、奥へと続く通路を発見し、その先が監獄区画となっていたため看守部屋を休憩場所にしたんだ。
居心地は微妙だけど、頑丈な扉があるのでモンスターは入れない。
陰鬱な雰囲気、水気の多い空間、並んだ牢はその内部に罪人の屍を連想させ、あまり長居したいと思えないのはたしか。
ただ、イースラも多くの個室で区切られたここに避難しているとも考えられるため、服を乾かしたあとは周辺を捜索してみるつもりだ。
「その、変なことは考えるなよ?」
「何もしません。おじさまの身が第一です」
「うん。いまは充分に暖かいから、もう大丈夫」
濡れた服は、持ち込んだキャンプキットに入っていたロープで即席の物干しを作り、そこに絞ったあとでかけてある。
焚火もキャンプキットで。室内の水気は、俺が特大剣で“光焔”属性をふかせたら多少は飛んだので、そのままよりは幾分かましだ。
それはそうと、レリックの属性付与は任意でオンオフができるようで、付与している際は秒間いくつで原理を消耗することがわかった。
俺の場合、原理の数値が規格外なため属性付与だけなら回復が早いけど、この“原理を消耗するほど性能も低下する”仕様は、特に対人戦の場合、相手のスキルによる一方的な攻撃から反撃の余地が生まれる。
つまり、スキルの使用タイミングと戦術に応じた組み合わせが重要なんだ。
「何か考えごとですか?」
アエカがすぐそばでこちらの顔を覗き込む。
こちらをまっすぐに見つめる眼差しと触れた地肌は、ただただ熱い。
それでいて、しっとりと艶めく頬は赤く色づき、間近で聞こえる息づかいからも色気を感じてしまうのは、間違いなくいまのこの状態のせい。
そう、ふたりとも服を乾かすために脱いでいる……。
水路に落ちて冷えた体を温めるため一緒の毛布に包まり、当然その下はあられもない下着姿……。だったらまだよかったんだけど……。
辛うじて下着姿のアエカはともかく、ニオの上下一体型の衣装は脱ぐと全裸になってしまうのが、いま一番の大問題なんだ……!
「えっと……少し、スキルのことを……」
とりあえずとぼけたけど……推しの姿で真っ裸だけにとどまらず、隣には下着姿の美人が肩を寄せているこの状況、なんとも度し難い……。
六畳ほどの暗い密室……一枚しかない毛布……逃げられない……。
「先ほど入手したシードクリスタルですね」
「あ、そうそう。いまのうちに装着しようかと思って」
そういえば、スライムがシードクリスタルをドロップしたんだ。
早速、俺はUIを操作してレリックカスタマイズウィンドウを表示する。
「これ、≪鑑定≫のシードクリスタルだ。アイテムランクは“レア”、シードクリスタルは最低でも“レア”からなんだっけ」
レアリティは、下からノーマル、レア、エピック、レジェンド、ユニーク。
「はい。最低でも“レア”ランクの品がドロップし、それ以上を狙うのなら、やはりボスやネームドを狩るのが一般的でしょうか」
「どのみち運が関わってくるから、のんびりとやるさ」
「はい、お手伝いしますね。適度な休憩を大事にしましょう」
「それはそう。もう倒れたくない」
話しながら、≪鑑定≫のシードクリスタルをレリックに装着する。
シードクリスタルは、レリックの空きスロット分だけ組み込むことができ、スロット数はレリックを使い込むほどに増えていく仕様だ。
そんなわけで、新たなスキルを組み込んだレリックはこんな感じとなった。
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≪星宿の炉皇≫
形状:特大剣
属性:光焔
物理攻撃力:160
属性攻撃力:30
重さ:8
シードクリスタル スロット数:2/3
≪生命の杯≫:レベル1 スキル:≪創世の灰≫ 光焔属性:30
思い描くことで任意の現象を創造する。
≪鑑定≫:レベル1 スキル:≪鑑定≫
レアランクまでのアイテムを鑑定することができる。
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いつの間にかスロット数が増えているので、もうひとつ組み込める。
次は攻撃スキルが欲しいけど、万が一を考えて防御を優先するべきか。
なんにしても、ものをいうのはやはり“リアルラック”。
あとは物理攻撃力も上がっているし、プレイヤーとともに成長し、カスタマイズできる武器は、個性を重視したい育成好きには本当にたまらない。
「おじさま、捜索に戻る前に腹ごしらえをしませんか?」
「いいね。朝は皆に話を聞いてすぐ出てきたから、お腹ぺこぺこだ」
「私も食材を確保できなかったので、今回は出来合いのものですが」
アエカはそう言うと、茶色い棒のようなものを渡してきた。
「これは……」
「穀物とドライフルーツを固めた携帯食ですね。道具屋で一般的に売られているものなので、ムーシカさんの非常食にとギルドにも置いてきました」
「それはムーシカも喜ぶな。ありがとう」
笑顔で応えるアエカを横目に、俺は早速シリアルバーをかじる。
「あむ……。結構かったいなあ……」
「大した味つけもされていませんから、出先の栄養補給が目的ですね」
「でも、ドライフルーツの甘さはある。余計なものがない感じ」
「私もいただきます。はむ……本当に硬いです」
いまのアエカは、仕草までいつもより色っぽいのはなんでだろう……。
吊り橋効果というやつか、生存本能が訴えかけているのかもしれない……。
そうして、なんとなくいたたまれなくなって身をよじったところで、何も身に着けていないお尻が硬い何かに触れた。
「いってっ!?」
途端に駆け巡った激痛に、毛布がずり落ちるのも構わず勢いよく立ち上がってしまう。当然、晒されるのはあられもないニオの裸身。
「おじさま!?」
「いたぁ……。なんか踏んだ……」
視線が落ちた先は、いままでなんともなしに座っていた長椅子?だけど……どうやら、金具を踏みつけたことでお尻の肉を挟んでしまったらしい……。
俺は小振りなお尻をさすりながら、晒された裸身の股間だけは手で隠す。
「これ、椅子じゃない……?」