第十七話 古ユグドウェル地下水道ダンジョン(4)
「お、おいっ……下は、ダメっ……んんっ!? やめっ!!」
もはや、自分自身の力ではどうすることもできない。
スライムは大腿の付け根にまで及び、上体は完全に固定されてしまった。
スカートの下にも潜り込まれ、アエカの言う“最悪の事態”が目前に迫る。
まさか、いきなりの“初見殺し”――。
本来なら、ここでリスポーンとなっても次の遭遇に備えればいいけど、俺には再び目覚められるかわからないという万が一があるんだ。
「んはっ!? それ……以上はっ……んっ……んっ……も、もう……」
限界だった。服のありとあらゆる隙間から潜り込まれ、肌を這いまわられる感覚はただただ気持ち悪くおぞましく、大きな舌で舐められているかのよう。
スライムに意思があるのなら、美少女をなぶる趣味でもあるに違いない。
こんなところで、俺の楽園への夢を挫かれるわけには……。
「やむをえません……!」
感覚の奔流に脱力しそうになった時、アエカが俺を脇に抱え込んだ。
「んあっ!? アエカ!?」
アエカは走り出し、わき目も振らずに広間の奥へと向かう。
スライムの侵蝕は彼女にも及ぶけど、そんなことはお構いなしに。
「息を止めてくださいっ!」
「――っ!?」
そうして、アエカは走る勢いのまま滝に突っ込んだ。
かなりの水量に押され、急に下方へのベクトルが加わった俺たちは、吹き飛ばされる勢いであっという間に水底へと沈められる。
だけど、それも一瞬。
これまでの水路よりも深いとはいえ、アエカはすぐ水底に足がついたようで、俺を抱えたまま再び水上へと跳びあがった。
「剣身に炎を纏わせるイメージで、いまですっ!!」
通路に戻った俺たち、俺たちを追って水面から跳びあがるスライム。
アエカが指し示した奴に向かい、俺は間髪入れず特大剣を打ち上げる。
「おまえ、よくもっ……!!」
片手で打ち上げた特大剣を背に回し、さらに左手も添えて横薙ぎの追撃。
計二連の特大剣“光焔”属性攻撃が、スライムを十文字に斬りひらく。
そうして、スライムは四つに分割されて水路に落下した。
「はぁ……はぁ……やった……か……」
水底で霧散したのを確認したから、べつにフラグではない。
「おじさまっ、純潔は無事ですかっ!? 処女のままですかっ!?」
「しょっ!? もももっ、もう少し発言には気を配ってもらえないかな!?」
「気をつけますっ! 気をつけますからっ、いまは確認させてくださいっ!」
「やめろっ、スカートを引っ張るなっ! ギリギリセーフだからっ!!」
実際、その……奪われるのか? どうかは置いておいて、体内にまで侵入されていないだろうことは、感覚的になんとなく大丈夫だとは思う。
あくまで服の下まで。そのせいで、粘液まみれのグッチョグチョでひどいありさまだけど……アエカの機転で危機的状況は乗り越えられた。
スライムがあんなに強敵だとは、一匹でパーティが全滅しかねない……。
「むぅ……。そんなに嫌がらなくてもいいではないですか……」
「いや、普通に嫌がるだろう?」
「むむぅ……」
アエカは不服そうだけど、常識的に考えて誰でも嫌がると思う。
「それよりまた助けられた、ありがとう。頼りなくてごめん……」
「いえ、普通に接敵していればああはならなかったので、私こそこの場所ではすぐに≪生命探知≫を使うべきでした……。タイミングも悪かったですね」
「捜索目的の、イレギュラーな事態では仕方ない。それにしても、初心者ダンジョンで遭遇するモンスターにしては強敵じゃないか?」
「≪古ユグドウェル地下水道≫ダンジョンは、スライムの対処法を知らないとクリアもできないので、浅層のうちに学ぶレベルデザインになっています」
「ああ、トライ&エラーのできないオレとは相性が悪いってことか……」
ボスがたしか、ジャイアントラットとスライムの融合体だっけ。
デザイン画なら見たことはあるけど、詳しい仕様までは知らない。
「ごめんなさい。私が教えてしまっては、という葛藤が判断を遅らせました」
「うん。結局、属性攻撃が効くのは想像すればわかることだけど、重要なのは張りつかれた際の対処法だよな。水に入る……?」
「はい。スライムは見たとおりの軟性体なので、属性付与以外では触れることすら難しいです。そのため張りつかれると非常に厄介ですが、その性質上、水に入ると液化して体を維持できないので、個を守るために自ら固化します」
「だから剥がれて……。ひょっとして、滝に跳び込んだ時点で……」
「場合によっては、強い水流だけでも倒せますね」
「なるほど……」
レリックには、属性攻撃を主体とする開発チームが“魔法使いビルド”と呼ぶカスタマイズもあるから、俺が感じた強敵感は本来ないのかもしれない。
ただ、楽に進んでしまうといざ張りつかれたときの対処法に困る事態もあるとはいえ、そこは攻略サイトが充実すれば情報も共有されるだろうし、ソロで行き詰ればパーティを組むことができるのもオンラインゲームの利点だ。
俺は開発に携わっていたけど、プレイヤーとしてもネタバレが少ない状態で楽しみたかったから、こういった情報に関しては疎い。
いまは、アエカが一緒にプレイしてくれてよかったと思う。
「ふぁっ、くちゅんっ!」
あらためて感謝をしていたら、なんかかわいらしいくしゃみが出た。
「いけない。ずぶ濡れでは風邪を引いてしまうかもしれませんね……」
「風邪……。デバフにでもかかるのか……?」
“デバフ”とは、マイナスを及ぼす敵対スキルやアイテム効果のこと。
プラスとなる場合は“バフ”と呼び、支援を専門にする役割などもある。
「全ステータスが減少するのと、視覚、体幹異常、さらには感染リスクまであるので、ダンジョン内や戦闘に際しては非常に危険なデバフとなります」
「対処法は……」
「服を脱いでください! 私が責任をもって温めます!」
「ええっ!? そっ、それは……」
「この世界に風邪薬はありませんから、躊躇わないでください!」
「うっ……」
アエカはあくまでも真剣に、いつもの本能だだ漏れの様子はない。
服を乾かす必要はあるけど……やむをえない……のか……。