第百五十五話 真を知るは何者か
――闇域の古城、冥主の間。
ひと晩を玄関広間で明かした次の日の朝、俺たちは≪冥き根の領域≫への扉がある冥主の間にやって来ていた。
城内には明かりがないからどこも暗く寒々しいものの、構造や雰囲気自体は古びれた西洋の城といった感じで、おどろおどろしい印象はない。
モンスターも城内にはすでにいなくなっていて、だから一夜を安全に明かすことができ、擦り切れたお尻の痛みもいまはなくなっている。
「はわぁ、やっぱり開きません……」
そして、まずは銀華が玉座の背後にある扉を開けようとするもビクともせず、“華麗☆なる”の面々は皆して首を傾げてしまった。
「クエストはどうなっておる?」
「えと、“〇〇〇〇の好感度を上げろ”としか……」
「ぁの、ぁの、その前のクエストがニオさまに謁見する内容だったので、私たちはニオさまの好感度だと思ってて……」
「ふむ……? だが、余はこの古城とは縁もゆかりもないからな……」
それはどう考えても幽霊ちゃん……シルモアのことだろう。
「なんということだっ! 可憐なるお尻を痛めさせてまでっ、このような所へとご足労いただいたにもかかわらず無駄足だったとはっ! このヴァローレンッ、ニオさま御自らの手によって罰を与えられねばっ、気が済まないっ!」
「い、いや、早まるでない……。心当たりはあるゆえ」
俺が当の幽霊ちゃんを見たことで、皆の視線も一様に彼女へと向く。
「幽霊ちゃん……否、シルモアよ、目覚められぬか?」
「シル……? ニオさま、シルモアならここのボスで、もう……」
『残念じゃが、おぬしらが討伐せしめたのはワシの影じゃ。ワシこそが、真の“闇域の冥主 シルモア”じゃぞ』
「なっ……シルモア!? 本物の……!?」
「なん……だとっ……!? あなたのようなっ、花のつぼみか風に舞う妖精かという儚げな少女が真の闇域の冥主とはっ、驚きを隠せまいよっ!」
幽霊ちゃんがシルモアの本性を現したことで、臨戦態勢を取る“華麗☆なる”の面々の反応は当然なものだ。
WoRの、いくつかある≪冥き根の領域≫進入クエストのうちのひとつ≪闇域の冥主≫は、そもそもがシルモアとの敵対だから、やっとのことで倒したエピソードボスが再び目の前に現れたとなると、誰もがこの反応をするだろう。
そしてなにより厄介なのは、真逆に一転して“シルモアの好感度を上げろ”というクエストが続くこと。
敵対存在、倒したにもかかわらず生きている、実は倒したほうは偽物、本物の好感度を上げろ――なんて、ストーリーラインの意地が悪い。
「ニオさまは……ご存じだったのです……か……?」
「勘違いするでない、余はそなたらを陥れようなぞとは考えておらぬ。そうであろう、シルモア?」
『じゃな。ワシは、おぬしらが勇者となった暁に、≪冥き根の領域≫へと続く扉を開ける役割の舞台装置にすぎぬのじゃ。影が元部下であったことはたしかじゃが、あれはよからぬ存在をいまだに信奉する困った者での……』
“舞台装置”か……。やはりシルモアは、実在があったとして、ゲームのNPCに仕立て上げられたことを認識している……。
いや、まだ“実在”か“仮想”かの答えも出ていないけど、とりあえず……。
「シルモア、まず説明をしてはくれぬか? 彼らにとって、“闇域の冥主”とはやはり敵なのだ。この先に何があり、あなたが何を目的としておるのかを」
「私としてもお聞かせ願いたい。私には、パーティ“華麗☆なる”のリーダーとして皆を守る務めがあるがゆえにっ、可憐なる少女であろうと矛を向けなければならないのはっ、どうしたところで忍びないっ!」
『そうじゃなあ、この先には……≪冥き根の領域≫には、おぬしらが言うところの“ワールドボス”となったワシの本来の体があるのじゃよ』
「――っ!」
「それはっ、いったいっ……!」
ワールドボスが、シルモア絡みであることはなんとなく察していた。
最悪は、幽霊ちゃんがワールドボス化する可能性があるとも。
『枯れ地の瘴気を一身に蓄え続け、正気を失った十二原世竜が一竜の肉体……それがおぬしらが退けなければならぬ相手じゃ。ワシはのう、こうして星幽体になってまでも自らの体を逃れ、ワシを殺してくれる者を待っておったのじゃ』
「それは……」
「承知いたしかねるっ! いかような理由があろうとっ、可憐なる少女を殺すなぞ……この皆の勇者たるヴァローレンの名折れっ!」
『いや、じゃから……殺してもらうのはワシの暴走した肉体であって、ワシ自身ではないのじゃが……?』
「されどっ! そのような寂しげな表情を浮かべられてはっ、何ひとつ心は晴れぬというものっ! 私はっ、皆の勇者としてっ、そんなあなたにも笑顔の花を咲かせてみせるとっ、いまここでお約束しましょうぞっ!」
『なんじゃと……!?』
「ヴァローレン……そなた……」
「ニオ姫さまっ、何か気がかりでもっ!?」
「いや……変な奴とは常々思うておったが、本当に変な奴であるな」
『うぅむ……ニオの言うことは真を射ておるのじゃあ……』
「はわ、私も毎日のようにそう思ってます!」
「ですが、ヴァローレンさまのお志はさすがでございます!」
皆で挑まなければならない、“十二原世竜”がどういった存在かは置いておいて、とりあえずヴァローレンが場の雰囲気をなごませてしまった。
皆は臨戦態勢を解き、肩の力を抜いてシルモアにも声をかける。
「アエカは、知っていたよな?」
そんな、シルモアとヴァローレンを取り巻くなごやかな輪からは外れ、俺はアエカに小声で話しかけた。
「はい」
「シルモアは何者だ? “十二原世竜”とは?」
「ユグドウェル領域におけるワールドボスです。彼らは創世以前からこの星に棲息していた存在で、ある意味ではこの世界にとっての神といえますね」
「それは……プレイヤーが戦って勝てるような相手なのか?」
「彼女が告げたとおりに、いまは肉体が枯れ地の瘴気に侵され、心と魂は“幽霊ちゃん”として剥離しているので、弱体化した状態では問題ありません」
「ふむ……」
以前シルモアから直接聞いた話と齟齬はないけど、俺が聞きたい内容にはやはり踏み込んでこない。
シルモアは、例えば“ワールドボス”などのゲームNPCがまず言わないような、プレイヤー側の単語まで知っていて話に交えてくる。
これがどういうことか……つまり、単純にWoRの縛りの外にいる存在であることを示していて、これをもってして実在証明とできるのではないか。
いやでも、自分自身が突拍子もない想定をしていることもたしかで、冷静に考えれば実在する別世界を用意できるわけでないのもたしか。
本当にアエカは何を隠しているんだろうな……。
「ぁ、ぁのぁの、ニオさま……」
「どうかしたのか?」
皆の様子を遠巻きにしていると、ノフィトリカがやって来て何か言いたげだ。
「でも私たち、幽霊……シルモアさんの好感度なんて上げてません……?」
「おそらくは、探索者全員で共有なのであろう。つまり、シルモアの好感度を上げたのは常に一緒にいた……」
「ぁっ! ヒワさん!」
そう、ヒワもヒワで気になる存在なんだよな……。
今回だって、幽霊ちゃんを連れて行くようにと同行をすすめてきたのは、ほかでもない彼女だし……。
実際にクエストをこなしていたトッププレイヤーが知らなかった情報を、ヒワだけは知っていてそれとなくフォローしてきたということだけど……得体が知れないという意味では、彼女こそがトップだ……。
とにかく、こうして≪冥き根の領域≫への扉は開かれた。