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第百五十話 帰郷は羞恥とともに……

「わうーっ! ニオさま会いたかったのだーっ!」


「うわっ、ムーシカ!? やめ、いまはっ!」


「ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ」


「ひゃあっ!? 人がっ、人が見てるからっ、あぅんっ!」



 しまった。母とアンナさんを案内するに、町に来たときのいつものルートを通ってしまったことで、そのまま自然と探索者ギルドにも入ってしまった。


 そこには当然、一ヵ月以上ぶりに会うムーシカがいる。


 彼女は、俺を見るやいなや素早い身のこなしで跳びついてきて、某戦地から帰ってきた主人を迎える愛犬のごとく、体全身で喜びを現していた。


 ギルド内には多くのプレイヤーもいて、彼らにとっては見慣れた光景かもしれないけど、いまここには母とアンナさんまでいるんだ。

 息子が少女の姿で、同じくらいの年頃の少女に顔面を舐めまわされているとか、俺だったら白目になってしまうような事案に違いない。



「ニオさま、相変わらず。おひさ」



 さらにはもうひとり、そばでしゃがみ込んだのはイースラだ。



「イースラ、挨拶の前にたすけっ!」


「ムーシカは喜んでるだけ、止められない」


「そっ、そうなのだがっ!」


「わうーっ、ニオさまーっ! ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ」


「ひゃあんっ! 首筋はダメェッ!」



 大勢の前で、身内の前で強制百合プレイはあかーんっ!



「ニオちゃん、彼女たちは?」



 そう問いかけてきたのは、よそ行きの笑顔で俺を見下ろす母。


 基本的に、母もアンナさんもクソ親父の件があったから、俺がアエカ以外の女性と親しくすることにいい反応を示さないんだ。



「ふ、ふたりは、んっ、ムーシカとイースラという名ではぅっ、んぅ……こ、この町のギルド職員と狩人として働いてあぅんっ、もらっておるのだっ」



 くっ、身内の前で舐められて悶える羽目になるなんて……!



「それにしては、ずいぶんと仲良さそうねえ……」


「まさか、ウチのアエカちゃんを放っておいて、ほかの娘とヨロシクしてるなんてないわヨネ? ホツ……ニオちゃん?」


「なっ、ないっ! このとおりっ、懐かれてるくらいでっ!」


「ふぅん……」


「おふたりとも、少しお話が……」



 すぐアエカがフォローに入ってくれるも、人目をはばからず疑惑の眼差しを向けるふたりがいると、非常にやりにくい。

 来る前にいちおう説明はしたけど、中身が俺だと知っている相手の前でもニオを演じるというのは、本当に羞恥プレイでしかない。


 最近は、他人の前でなら抵抗もなく……それもまずい気がする……。



「ニオさまと一緒にいるの誰だ?」

「アエカさまにそっくりだけど、姉妹とか?」

「あんな美人姉妹が現実にいたらお近づきになりたいわ」

「さすがにスキャンしたままの姿ではないだろ常識的に考えて」

「だよな、俺なんて原型ないくらいカスタマイズしてるし」

「だけどもうひとりはどっかで見た気がするんだよなあ……」



 そ、それは、世間一般で知られるクソ親父こと俳優“皆月(みなづき) 征矢(まさや)”の不倫騒動で、母もちらりとメディアに映されたからだ……!


 俺がムーシカに舐められている間も、遠巻きにするプレイヤーたちの声を潜めた会話は続き、流れからなんとなく観光に誘ったのは俺自身だけど、完全に失敗だったといまさら後悔をしはじめた。



「……というわけで、あくまでゲームキャラクターなんです」


「へぇ~、私たちこういうことには疎いから、てっきりアエカちゃん以外に唾でもつけているのかと……」


「ホツマさんはそんなことしません。ご安心ください」


「でも、アエカちゃんにもいまだ手を出してないわけヨネ? 少しくらいハッチャケてもらわないと、ふたりの今後が心配ヨ」



 いくら声を潜めたところで、人が多い場所でする話ではない……!



「わうぅ、満足したのだぁ……」



 そんなこんなで事態が混迷を極めるなか、ムーシカだけはひとしきり俺の顔を舐めて満足したようだ。

 俺を押し倒していた体勢から体を起こし、この時になってようやく我に返ったといった様子で、目の前で話をするアエカたちにも気づく。



「わぅ? きれいなお姉さんたち、誰なのだ?」


「ムーシカたんナイスゥッ!」

「それが聞きたかった!」

「まさかニオさまのお母上ってことは?」

「ストーリー上だと行方不明だからそれはないんじゃ」


「あら、この娘よく見るとかわいいわね」


「犬の耳がついてるワ。もっとよく見せて」


「わぅ? わうぅぅぅぅぅぅ?」



 だけど、母とアンナさんはムーシカの問いも外野の期待にも応えず、たぶん“きれいなお姉さん”と言われたことが嬉しくて、急に手のひらを返してきた。


 その様はとにかくムーシカの頬を撫でる、頭を撫でる、かわいがる。



「わうぅ、くすぐったいのだぁっ。もっとしてほしいのだぁ」


「あらやだ本当にかわいいわ! ねえアエカちゃん、お持ち帰……」


「ですから、できません」


「それは残念ねぇ……。ムーシカちゃんだっけ、きれいなお姉さんが抱っこしてあげる。ほら、ぎゅー」


「わぅぅ、やわらかくていい匂いがするのだぁ……」


「アナタは、イースラちゃんダッケ?」


「そう、あたしはイースラ。ムーシカの一番の家族」


「ならアナタもいらっしゃいナ。みんなでぎゅーってシマショウ」


「する」



 母とアンナさんは、一転してムーシカとイースラをよほど気に入ったのか、俺を下敷きにしたまま四人で抱き合った。



「あの、余がまだ下におるのだが……」


「いまいいところなの、少しくらいは我慢しなさい。皇姫なんでしょう?」


「あっはい……」



 いや皇姫は関係ない。



「ニオさまが言うこと聞いたぞ……」

「まじで何者だあの人……」

「キャラメイクはいかにもな日本人だが……」

「そんなことより、ムーシカたんがうらやまだ……」

「俺もニオさまに馬乗りになって美女に抱かれたい……」

「おまえ、アエカさまに瞬殺されたいのか……」

「私的には尊い百合が見られるだけで……」

「うん、また寿命が延びるね……」

「ほんと……」


「「「助かる」」」



 母とアンナさんはムーシカとイースラをかわいがり、外野はこの光景を見て神に祈る聖者のような表情で拝んでいる。

 そして、その下敷きにされている俺はというと、唾液まみれの顔を拭うこともできずに、ただ息をひそめて絨毯という役割に徹するだけ。


 もうしわけないけど、母さんたちの観光は早めに切り上げよう。


 このままでは俺の精神が持たないから。母さんたちとプレイヤー、自身のニオという役割にも板挟みとされ、致命的なボロが出てしまう前に……。



 長旅はひとまず終わり、こうして俺は慣れ親しんだ故国へと戻った――。

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