第十四話 古ユグドウェル地下水道ダンジョン(1)
――城塞裏手、≪古ユグドウェル地下水道≫ダンジョン入口。
「こんな場所にダンジョンが……」
「ここでも土砂崩れがあったようですね。そのせいで、旧文明の遺構が露出することになったのかと。私も詳細な位置までは知りませんでした」
皆の報告を聞き、早速、俺とアエカは現場までやってきていた。
場所は町とは城塞を挟んで真逆、北側の岩場にぽっかりと開いた入口。
大自然の中、ここだけ切り揃えられた石材が積み重なり、人ふたりが並んで通れるほどの通路ができているから、わかっていればすぐの場所だ。
ムーシカが率先して城塞に来たのも、ロジェスタが始業時刻を繰り上げたのも、内心ではイースラを探したかったからなのかもしれない……。
「入ろう」
俺は、そんな彼らの思いを汲み、捜索に専念することを伝えて出てきた。
「おじさま、このダンジョンは階が下がるごとに難易度が劇的に上がるので、イースラさんが見つからなかったとしても、今回は一層までです」
「一層なら、いまのステータスでも問題ないか?」
「はい。初心者用ともいえるので、あまり無茶をしなければ」
「考えようによっては、イースラも深層には行っていないか……」
「一層は“落とし穴”などのトラップもないので、彼女が極めて無謀でなければ、脚を痛めて行動不能に陥っているなどの可能性が高いですね」
「そうか……。なあ、アエカ」
「はい?」
「ほんの少し、ムーシカやロジェスタたちと話しただけで、オレには彼らが現実の人と何も変わらないと感じられた」
「は、はい、そうですね。“世界”と、“生命体”の定義次第では、彼らは間違いなくこの地に生まれ出でた新たな生命……いえ、疑似生命です」
この世界で、この≪World Reincarnation≫で生きている彼らは、死んでしまえば二度と蘇らない。
この想いは、俺自身の特殊な状況が影響しているのかもしれないし、行きすぎた“キャラクター”に対する依存があるのかもしれない。
それでも、推しはべつに限られたキャラクターだけでなくていい。
「オレは、イースラを助けたい。まだ会ったこともない相手だけど、オレの知る誰かが大切に想う人であるのなら、オレはそのすべてを守りたい」
「おじさま……その考えが危ういとしても?」
「ああ……。オレの……余の目的は、この世界に永世の楽園をつくり上げること。ならば、余の世界にいっさいの哀しみは必要ない」
この時、自然と口をついて出た言葉は誰のものか。
仮想だったはずの、誰かの、ニオの想いが流れ込んでくる。
「ふっ、ふふっ。おじさまは、どんな姿になろうともおじさまなんですね。さすがは私の敬愛するおじさま、ここまでとは思いもよりませんでした」
「うん? アエカ?」
アエカは少し困ったように、それでも表情を緩めて朗らかに笑う。
「いいでしょう、やってやりましょう。たとえ苦難の道のりがこの先に待っていようとも、私はおじさまのアエカとして、この魂がすり減ろうと共に歩みます」
「そんな大それた覚悟は……」
「必要ですよ。私が、私となったあの時から」
「それは、どういう……?」
続く彼女の表情は、いままで見たこともない不思議なものだった。
その様子は、まるで勇敢な戦士のようで――。
その様子は、まるで慈しむ聖者のようで――。
その様子は、まるで悲嘆する人のようで――。
その表情は、これまで俺が知ることのなかった彼女の……。
「それについては、いまは置いておきまして……はい、これをどうぞ」
さらに続けてそうとぼけたアエカは、俺にナイフ?を渡してきた。
「これは?」
「地下水道ダンジョンは狭いですから、森での経験をもとに必要だと判断しました。あくまで通常武器ですが、活用してください」
「あ、ああ! 助かる!」
「私も銃剣を新たに導入したので、多少は近接戦闘にも対応できます」
見ると、アエカが持つ小銃の銃口にはナイフが装着されていた。
俺ももらったナイフをベルトで腰に括り付け、すぐ取り出せるようにする。
「いい感じだ。今度は周囲の状況もよく観察して行動するよ」
「はい、行きましょう。楽園のためには、こうしている時間も惜しいですから」
「う……。あらためて、行こうか……」
思いがけず、アエカに自分の目的を話してしまった。
彼女の表情に先ほどまでの違和感はなく、いまは澄ました様子だ。
気にはなるけど、こういったときははぐらかされるだけなんだよな……。
そうして、俺たちは≪古ユグドウェル地下水道≫ダンジョンへと踏み入る。
内部に入った途端、むせ返るほどの苔むした香りが鼻を突き、あっという間に衣服を湿らせるほどの湿気が肌に水滴を滲ませる。
濡れた石壁にはヒカリゴケが群生しているため内部は明るく、そんな中をほんの二、三分歩いたところで下へと続く階段に行きついた。
「地下水道のモンスターって、あいつか……」
「見たまま、ジャイアントラットですね。あとはバットとスライムくらいですが、後者のほうが相手をしにくいと思います」
「スライム……よく舐められるオレ……うっ、頭が……」
「ふふっ。自らフラグを立てていくんですね」
「よ、よしてくれ……。充分に気をつければ大丈夫、と思いたい……」
自らいらないフラグを立てながら、階段の踊り場から覗き込んだ下方の通路に、そのジャイアントラットはいた。
二足で立ち上がればニオの身長と同じくらいはありそうな、巨大ネズミ。
獰猛な意思を宿す目にむき出しの牙、初心者用のダンジョンとはいえ、あれに噛みつかれたら怪我どころで済まないのは火を見るより明らかだ。
「入ったばかりであまり音を立てたくないから、オレが急襲して倒す」
「はい、弾丸も温存します。おじさま、お気をつけて」
俺はそろりと踊り場に姿を見せ、特大剣の切っ先を階下へと向けた。