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第百三十四話 キャッキャウフフ(2)

「あはは♪ そ~れ~♪」


「もうっ、ニオさま! お返しです!」


「ボクだってぇ、負けないぞぉっ!」


「うわっぷっ! やるではないかっ、ふたりとも!」


「隙ありぃ♪」


「ひゃあんっ!? ヒワッ、抱きつくのはなしぞっ!」


「え~、隙だらけのニオさまが悪いですよぉ♪ えいえい♪」


「ふぁあんっ! 揉むなぁっ!?」


「ツキウミさん、いまです!」


「え~いっ!」


「わぷっ!」


「いや~ん♪」


「くっ、皆して隙を突くなぞ……!」



 待て、俺はいったい何をしているんだ……!?


 女性陣に交じり、水をかけあってはしゃぐ様は普通の少女のよう……。


 違う、違うんだっ! 自分の意思とは無関係にいつの間にか強いられてっ、システムアシストがっ! システムアシストがーっ!



「俺たちは、なんというてぇてぇ光景を見せられているんだ……」

「ニオさまがあんなにはしゃぐなんて、それだけで来た価値がある……」

「海なんてと思ってたけれど、WoRやっててよかった……」


「「「ミーちゃん、企画グッジョブ!!」」」


「えへへ~、あんな楽しそうなニオさまは思った以上の収穫だよ~。今回得た収入はすべてニオさまのドレスアップに注ぎ込むので、みんないっぱい遊んでいっぱい食べていっぱい楽しんでね~。ふひひ♪」


「「「さっすが!!」」」



 ……砂浜ではミーちゃんがプレイヤーたちから賞賛を受けている。


 彼女は、海水浴イベントを掲示板で告知していたとの話だけど、どうもいつの間にか出ていた屋台なんかも取り仕切っているらしく、代わるがわるひっきりなしに訪れる人へといまも指示を出しているんだ。


 言うなれば、敏腕女社長……!


 あのゆるふわでのんびりした印象の彼女が、こと経営に関してはプロフェッショナルだったとしたら……人とは見かけでわからないものである……。



「ニオさまぁ、急に呆然としてどうしたんですかぁ? あ、ひょっとして女の子の日だったりぃ? 海水浴はダメですよぉ、お腹冷えますからぁ」


「ふぁっ!? おにゃのこのっ!?」


「それはいけませんね。温めますから、すぐに海から上がりましょう」


「ちっ、違うっ! すっ、少し探しものがっ、抱きつくなあっ!!」



 断じて絶対に違う、情緒不安定でもない!

 俺本来の、ホツマの意識が我に返っただけ!



「なんかニオさま慌てはじめたな」

「アエカさまとヒワたそに迫られるとかドリームじゃん」

「おっ、ツキウミくんも行くか!? そこだ行け!」

「やべ……俺ちょっとトイレに……」

「この海域がニオ水によって清められていく……」

「俺らが入ったら確実に浄化されるな……」

「浸かりてえ……でもこの光景を見守っていてえ……」



 また“ニオ水”とな……君たちはアンデットか何かなの……。


 ギャラリーは海にも入らないで砂浜からこちらを遠巻きにし、俺たちの周りだけ踏み入ることもできない神聖な場のような空間が開けられている。


 砂浜でごった返す人々はますます増え、いちおうちらほらと海に入っているプレイヤーもいるけど、もともとがインドア派なゲーマーが多いせいか、仲間内でバーベキューをしながらくつろぐばかりだ。

 当然、あの中には配信を行っている者もいるだろうから、はしゃいでいたニオの姿が全世界に生中継されてしまっているともいえる。


 も、もしも、ケンゴや高屋が観ていたら……。



「うわぁんっ!!」


「ニオさま!? どちらへ!?」


「遠泳! この細っこい体を鍛えるのだ!」


「そんなことをせずとも、ニオさまのお体は至上のものですよ!?」



 俺はいても立ってもいられなくなり、アエカの制止を振り切って沖へと向かって泳ぎはじめた。


 泳ぐ先を見ると大気で霞む島々が見え、島との間には小型の帆船も行き交っていて、あれが貿易港を目指す商人たちの船だろう。

 外洋を航行できるような大型の船舶は見当たらず、目に入る船は商船のほかに沿岸で漁や荷運びを行う小型の物ばかりだ。



「ニオさまーっ! お待ちください、沖へ行くと急に深くなりますから!」


「アエカ! 余は泳げるのだぞ、忘れたのふぎっ!?」



 追いかけて来たアエカへ振り返った瞬間だった。

 右ふくらはぎに感電したかのような激痛が走ったのは。 



「がぼぉっ! あっ、がふっ、いったっ! 脚っ、攣っがぼっ!」


「おじっ、ニオさまっ!!」


「がぼ……ごぼ、ごぼぼ……ぐ……うう……」



 俺は海へと沈み、海中で足先を必死に押さえる。


 そうだ、学生の頃はそれなりに泳ぎが得意だったから自信があったけど、よく考えたらニオの体ではほんの少しも泳いだことがなかったんだ。


 甘く見ていた。ちょっと行ったら戻るつもりで、もう足がつかない。


 見上げると、すでに水面はだいぶ遠ざかってしまっていた。

 手を離すと、ふくらはぎの痛みが体をより硬直させる。


 もがくこともできずに落ちていくのは、暗く深い水底。



「がぼがぼーっ!」



 手を伸ばすアエカが、水中でなんと言ったのかはわからない。


 でもそれは、「ニオさま」か「おじさま」かのどちらかなんだろうとのんきにも考えた瞬間、息を止めるのも限界となり海水を飲み込んでしまった。



 意識が途切れる。



 だけど完全に途切れる前に、俺は空を飛ぶペンギン(・・・・・・・・)を見た。



 ……。



 …………。



 ………………。



「がはぁっ!! がふっ、がふっ、はぁっ!! すぅぅはああぁぁぁぁっ」



 何が起きたのか、気づくと水上に顔を出して水を吐いていた。

 何度も何度も大きく息を吸っては吐き、朧げな意識を無理に覚醒させる。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ、けふっ……はあぁ、死ぬかと思った……」


「死ぬかと思ったではありません! 本当に溺れ死ぬところだったのですよ!」



 脱力する俺を抱きかかえているのは、ほかの誰でもないアエカだ。

 彼女の柔らかい胸に頭を抱き込まれ、激しく鼓動する心臓の音を聞く。



「ごめ……。急に恥ずかしくなって……はぁ、はぁ……」


「もう、おじさまは専心すると猪突猛進になるんですから……」



 アエカは俺の体を支えてより強く抱きしめてくる。


 まだふくらはぎは痛い……。彼女が助けてくれたのか……いや、たしかに水中を空を飛ぶかのように泳ぐペンギンを見た……。あれは……。


 波間に漂いながら、ひとまず俺は安らげる温もりに身を委ねた。

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