第百三十三話 キャッキャウフフ(1)
「はぁはぁっ! もう辛抱たまりません! かわいいかわいいニオさまの水着姿に、私はのぼせ上って大海のすべてを沸騰させることができそうです!」
「うぐぅっ……!」
「はぁはぁっ! ですよね~! 普段は男らしいっていうか~かっこいいところもあるのに~、結局最後はいろいろあって涙目になっちゃうところとか~、すっごくおいしそうで涎が垂れてきちゃいますよ~!」
「むぎゅぅっ……!」
マリンブルーの大海原を望める白い砂浜で、最終的に限界突破したアエカとミーちゃんが俺をサンドイッチしてきた。
真夏というほどには暑くないけど、疑似太陽の浮かぶ北半球にだいぶ踏み入ったことで、こうしてもみくちゃにされると汗ばむくらいには暖かい。
ふたりに挟まれ、柔らかいナニカに全身を包まれている感触は悪くないように思えて、ここまでされると逆に窒息してしまいそうだ。
「コッ、コッコたそっ、助けっ……!」
「コケェッ、大丈夫ですぞ!」
なにが……!
コッコたそはニワトリ頭をこちらに向けてサムズアップするだけ。
こういう状況から守ってくれるのが彼女の役目ではなかったのか。
「はいは~い、ふたりとも落ち着いてぇ。ニオさま苦しそうですよぉ」
そんなときに助け舟を出してくれたのはヒワ。
ヒワたそまじ天使……!?
彼女は「どうどう」と、暴れ馬をなだめるかのようにアエカとミーちゃんを落ち着かせ、ツキウミと共に拘束から引っ張りだしてくれた。
だけど、今度はヒワとツキウミが俺の両腕をしっかりと抱え込み、しっとりとした肌と水着の感触に「アーッ!」というような気持ちになってしまう。
本来ならハーレム状態ではあるけど、複雑な心境だ。
「あそこの空間に混ざりてえ……」
「それは重い罪だぞ、死ぬ気か……?」
「人生の最後に、と行きたいところだが穢す気はねぇわ……」
「賢明な判断だ、一番いい肉をくれてやるよ……」
「サンキュー。百合に乾杯」
「「「かんぱーい」」」
砂浜には、すでに数百人を超えるプレイヤーが集まり、思い思いにバーベキューをしながら海水浴や日光浴を楽しむようになっている。
こういうときの統率というか連携はゲーマーならではだよなあ。
そして、そんななかで俺たちも場所を取って準備運動をはじめたんだけど……まずアエカが、「ニオさまの艶めく肢体がたまりませんー! はぁはぁっ!」といつもの暴走をはじめてしまったというわけだ……。
「ヒワツキ姉弟に挟まれてるニオさまもいいな」
「アエカさまとミーちゃんでは嬲られてる感」
「ニオさまとツキウミくんの水着がお揃いなのもいい」
「ツキウミくんがかわいすぎて生きてるのが辛い」
「まじかわいいよね、ツキウミくん……」
「男だろうとこの際どうでもいい」
「恥ずかしがってる姿もかわいいなあもう」
おおう……。ギャラリーの話題がツキウミにも言及されはじめると、彼は真っ赤になってぷるぷると震えながら俯いてしまった……。
気持ちはわかるけど、俺は中身がバレていないからまだマシか……。
「ニオさまぁ、せっかくだから海にも入りましょうよぉ」
「え、この状況で海に入るの……か……?」
「海水浴なんだから当然ですよぉ?」
「それはそうなのだが……」
鉄の心を持つのはやはりヒワか。彼女は周りなんてお構いなしに、胸とお腹をニオの腕に押しつけ、ぐいぐいと引っ張って海へと誘おうとする。
一瞬、そんな彼女ムーブにほだされそうになるも、相手はヒワだから決して油断してはならない。まず海に何かあると考えるべき。
そうだな……やはり警戒するべきは、タコやイカといった拘束されるとやばいことになりかねないモンスターだろう。
俺だって、散々ひどい目に遭ってきた経験を活かして考えるようになっているから、あとはいかにトラブルを避けるかが重要だ。
この場合は、海に入らないことがベストな選択だけど……。
「絶対に気持ちいいですよぉ、ねぇ行きましょうよぉ」
ヒワはやけに推奨してくるね……?
「ふぅ、そうですね……。私たちも、ほてった体の熱を冷ましたほうがいいですから、ヒワさんのお誘いに乗りましょうか」
アエカは暑いと手で扇いで妙に艶めかしいから、なんかエッチだ……。
そんな彼女をまじまじと多くに見られるのもあれなので、海に……。
いやいやっ、騙されてはならないっ……! これは罠だっ……!
「ニオさまぁ、海に入れば少しは水着も隠れますよねぇ。このまま晒し者はいやなのでぇ、ボクも早く海に入っちゃいたいですぅ」
「ふむ、その思いは無下にはできぬ。皆で入ろうぞ」
ああーーーーーーーーっ!?
ツキウミの上目遣いが破壊力抜群すぎてつい!!
この子、本当に男の子なの!? くっ!!
「くふふぅ♪ それじゃ遠慮なくぅ♪」
「えへへ、海水浴なんて久しぶりかもぉ♪」
そんなこんなで、ヒワとツキウミに引っ張られて海へと誘引されるも、俺にはもうひとつ気がかりなことがあった。
それは、このグランエモルデには俺がキャラクターデザインを務めたキャラクター――“名無しのネム”が配されているはずだから。
彼は、十二歳の男の子なんだけど――海を越えた西方大陸より奴隷船で連れてこられた孤児で、近海で船が難破しグランエモルデに流れ着いてストリートチルドレンになってしまったという経緯があり、すぐに保護したいんだ。
昼間の時間なら、この砂浜でおみやげ用の貝殻を拾い集め、その日暮らしの賃金を得ているはずだけど……。
ダメか……。砂浜はプレイヤーだらけで視線が通らなくなっていて、一ヵ所から見回すくらいでは見つかりそうにない……。
まあ、すぐにどうにかなることもないだろうから、海水浴イベントが落ち着いたあとにでもあらためて探しに来てみよう。
「あはっ、つめたぁい♪ ニオさまぁ、ほら気持ちいいですよぉ♪」
「うっ……。たしかに、ほてった体には心地よいな……」
いまのはヒワではありません、ツキウミです。
嬉しそうに微笑んだ表情は天使、これで男の子ってまじ? まじです。
波打ち際まで運ばれた俺を置いて、ヒワとツキウミは海へと駆け込んで水のかけ合いをはじめ、この光景だけなら仲のいい美少女がふたりだ。
ま、まあ俺自身もいまは美少女だけど……中の人のメンタル的に、ここに混ざってキャッキャウフフとはしゃぐことはできないだろう……。
そもそもが海とか十数年振りですっごく眩しい……。